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「苺がいっぱい! とても美味しそう」
思わずのどが鳴った由希の姿に大之助はくすくすと笑う。 だってと口をとがらせる由希の口に風呂敷の中にあった苺を放りこむ。
「いい苺が入荷したって聞いて買ってきたの。 そしたら時間もちょうど由希の学校が終わる時間だったから迎えに来た」
「甘酸っぱくて美味しい」
頬に手を触れながら、大之助の仕入れてきた苺の味を堪能する。 おもわず顔をほころばせる由希に大之助は表情を眺めつつ、由希に鋭く視線を向けてくる者と目が合う。
大和でも辰美でもない、由希と同じ格好をした少年。
「しつこい視線だこと」
大之助は風呂敷を包みなおすと由希の腕を引いた。
視線に気がついていない由希の背中を強引に押して、先を歩かせる。
「大之助さん、どうかしたんですか」
「なんでもない。 早く家に戻ろうよ、新作のお菓子を作るから」
頭に疑問符を浮かべながらも歩いていく由希を横目に見て、視線を向けていた少年へと戻した.
だが少年の姿なかった。
※※※
「由希」
名を呼ばれた。
目を覚ました由希の目の前にはなぜか衣服を身にまとっていない男の姿があった。
頭から黒い耳を、尾てい骨から黒い尾を生やした大之助の姿。 大之助の尾は意思をもったように由希の頬を撫でる。
由希の顎に指をそえて顔をあげさせる。 驚きにうっすらと口を開いた由希に大之助は食らいついた。
がちりと歯があたり、顔をしかめた由希の口に指を侵入させるともっとと口を大きく開かせる。 限界まで口を開かせると、もう一度。
大之助の舌がのどの奥まで侵入してくる。 息苦しさに大之助の肩を叩く由希をよそに大之助の尾は少年の衣服の中へともぐりこんでいく。
口を離したとき、強引に入りこんできた酸素に由希は咳きこんだ。 のどに触れて咳きこむ由希をよそに大之助は由希の上着を左右に切り開いた。
「由希」
大之助は名を呼ぶ。
ただ、名前を呼ぶだけ。 あとはなにも発しない。
「由希、由希、由希」
怖い。
由希は心の底から思った。 まるでこの前の大和のようだ。 なにを言っても名前しか呼んでくれなくて、嫌だと否定の言葉を吐きだしても聞いてくれない。
由希の首に大之助の指が絡まる。 苦しいと目を細めた由希をよそに大之助は口の奥に隠していた刃をちらりとのぞかせた。
いまにもそれで由希ののどを切り裂くといわんばかりに尖らせたその刃を大之助は舐めた。
「由希」
もう一度、名前を呼ぶ。
「どいつだったら、お前は喜ぶんだろうな」
そのときに初めて大之助は声を発した。 だがそれは大之助の声でないと由希は感じた。 毎日のように聞いているのだ、間違えるはずがない。
「誰…… 」
問う由希の口を大之助のそれで塞がれたとき、由希は目を覚ました。
「辰美」
あまり眠れなかった由希は心配する墨に大丈夫だとなだめすかして学校まで来ていた。
大和は学校に行くときに出会わなかった。 由希に気をつかって大和が会わないようにしているのだろうか。
「どうした、由希」
ん、と由希は両手を広げた。
意味がわからず両手を広げた辰美の腕にもぐりこんだ由希はほうと息を吐きだす。 安堵の息をもらす由希の背中を撫でる辰美。
「やっぱり、辰美が癒される」
「じゃあもっとくっつくか」
ぎゅっと音がするほど抱きしめられて由希は辰美に頭を押しつける。
「お前ら、やるなら二人のところでやれ。 いまから授業だぞ」
そんな二人のやりとりに担任は呆れたように告げた。 場所は教室だというのに二人して周りを気にせずいちゃついているとため息をこぼした担任にすみませんと二人はそれぞれの机に戻った。
「じゃあ昨日の続きからやるぞ」
そんな担任の言葉と共に、教室には教科書を開く無機質な音が響いた。
どうしてあんな夢ばかりを見るのだろうか。 担任の言葉を耳に留めながら由希はノートを開く。
かちかちとシャーペンの芯をだして黒板に書かれたことを記していく。 前は大和、今日は大之助。 次は一体、と心配してしまう。
次は辰美がでてくるのではないだろうかと。 そして、辰美が出てきた場合どうすればいいのか。
由希にはわからなかった。
「なあ、由希」
教科書をまとめていた由希に一人の少年が声をかける。 由希が雪男のせいで体が凍えていたときにちょっかいをかけてきた少年だ。
由希の頬に触れてきた少年はまぶたに触れて、鼻に触れて、唇に触れるとすぐにその手を離してしまった。
「なんか、きつそうな顔をしているけど大丈夫か」
普段ではかけないような、由希を心配する言葉を吐きだした少年に由希は目を細めた。 明らかに警戒をしている由希の姿を悟ったのか少年はため息をこぼす。
「そんなに警戒すんなよ。 ただつらそうにしていたから声をかけただけだけど」
「うん、ごめん。 大丈夫だから」
由希の頭をなでて去っていった少年の背中を見送ったと同時に、入れ替わりで辰美がやってくる。 由希と少年が珍しく話していたことが気になっているのか、辰美の視線は去っていく少年の背中へと向けられていた。
「珍しい、あいつと話しているなんて」
「きつそうな顔をしているって言われたんだ。 最近は夢の現実味がありすぎて、起きたときに疲れているもん」
疲れたと辰美によりかかった由希の頭を辰美は撫でる。 由希の分まで荷物を抱えた辰美は帰ろうかと由希の背中を押した。
「帰って寝たら、また夢をみるもん。 今度は誰に…… 」
そこまでつぶやいたところで、由希の体は膝から崩れた。
「由希! 」
由希が倒れないように抱えた辰美が目にしたのは寝息をこぼす少年の姿だった。
「なんで急に寝るんだ」
意味が分からない辰美はため息をこぼしつつ、由希を肩に抱え上げた。 規則正しい寝息をこぼす少年に全くと思いつつ、由希の荷物をもう片方の肩にひっかける。
「さて、そろそろ動くか」
少年はぽつりとつぶやいた。