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ようこそ、夢の世界

「やめて、大和さん」


 由希の目の前にいるのは大之助の実の弟である、大和。

 なにを言うでもなく、大和は由希をじっと見下ろしていた。ただ見ているのではない。 なにかを考えて見ているのでもない。

 いつもと様子のおかしい大和に手を伸ばした由希の腕を大和は振り払った。 なんで、とこぼした由希の足を大和は払う。 

 バランスを崩した由希の体はベッドに倒された。


「由希」


 大和はやっと声を発した。

 それだけを言うと再び声を発しなくなり、乱暴に由希の上着を引き裂いた。

 思わず由希は息を飲んだ。 いやだと由希は大和から逃れようとするも、それを目の前の男が許すはずがない。


「由希、由希、由希」


 大和はただ由希の名を呼ぶ。 呼ぶだけにとどまらず、嫌だとひっかいた大和の頬に傷がつく。 それに痛いとも、むかつくとも言わない。

 いまやろうとしていることを完遂させようと大和は由希の首に顔を埋めた。 右手は由希のズボンを脱がそうとしている。


「いやだ、大和さん、いやだって」


 服をすべて奪われて、なにも身にまとわない姿にさらされて由希は身を震わせた。 大和は剥きだしになった由希の胸元に触れて、そこに存在している突起に触れて口に含む。

 吸って、舐めて、弄んで。 

 いやだいやだと由希が声をあげても、聞こえていないというように大和はやめようとはしない。 

 大和の手は熱を求めて、下がっていく。 由希の足を強引に開かせて、その間に体を押しこんだ。 


「由希」


 大和は由希の名を呼んだ。


※※※


「由希、どうしたんだ」

 由希は目を覚ました。

 額からは大粒の汗が溢れて、由希の頭を濡らしていく。 しっとりとした髪の毛を撫でながら隣で寝ていた墨が心配そうに覗きこんでいた。

 体を起こした由希は、さきほどまで大和から受けていた行為はすべて夢だったと知る。 やけに現実味の帯びていた夢に由希は思わず唇に触れた。

 由希と呼ぶ熱を帯びた声、肌をなでる男の手のひらの熱さ、耳に聞こえる息遣い。 すべてを夢と決めつけてしまうのは、あまりにも気持ちが悪かった。


「お前、ずっとうなされていたぞ。 なにか悪い夢でも見たんじゃないか」

「うん、ねえ墨。 ぎゅってしてよ」


 額の汗を拭い、墨の懐にもぐりこんだ。

 いつもと様子のおかしい由希の姿に墨は頭を撫でたが、あえて理由を聞かずに小刻みに震える由希を抱きしめた。

 それに安堵の息をもらした由希からはすぐに寝息が聞こえてくる。


「なんの夢を見たんだろうか」


 しっとりと濡れた髪の毛を撫でながら、そばに置いていたタオルで由希の顔を拭いた。

 顔、首、額と拭いてもう一度抱きしめる。


「おやすみ、いい夢を」


 由希の額に墨は口づけた。


「じゃあ、行ってきます」


 あれからぐっすりと眠れた由希は意気揚々と家を後にした。

 なにかあったら連絡をよこせと、額に口づけた墨にうなずいて学校へと足を向けた。


「由希、おはよう」


 歩いていた由希の後ろから、声が聞こえた。

 ばさりと音をたてて現れた大和は広げていた翼を背中に折りたたむ。 驚きに口を開いたままの由希にどうしたと問いつつ、体を叩く。


「大和さん」


 夢で見た大和を思い出し、由希は口に手をあてた。

 いつもと態度の違う由希にどうしたと肩に触れそうになると、由希は無意識のうちに大和から離れるように身を引く。


「由希、どうした。 体調でも悪いのか? 」


 心配する大和にいいえと由希は首を横に振って、先を歩いていく。

 明らかに、避けられていると感じた大和は歩いていく由希の隣に並んだ。 並んだと同時にびくりと体を震わせた由希に目を細めて。


「俺がなにかしたか? 」


 怒りというよりも哀愁の混じった声で問う大和に由希は胸が痛んだ。 ずきずきと痛み始めた胸を握りしめた由希。


「胸が痛いのか」


 由希の肩をつかんだ大和の手にいや、と由希がはっきりと拒絶の言葉を叫ぶと同時に大和の手を振り払ってしまった。


「すみません、いまは触らないで…… 怖い」


 怖いとつぶやいた由希の頬に一滴、ぽつりと涙が伝った。 ぽつりぽつりと涙を落とす由希の姿に大和はどうすることもできない。

 なにより、由希に怖いと言われて大和は唇を噛みしめて由希に背を向けた。


「悪かったな、しばらくは送迎をしないようにするから」

「…… すみません」


 由希の言葉を聞いて、大和は飛び立ってしまった。


 夢のせいなのに、大和はなにひとつ悪いことはしていないのに。 大和に謝らなければいけないと言い聞かせても、いまは大和と対峙することが由希にとってはなによりも怖かった。

 夢のようなひどいことを大和がするはずはない、とわかっていても。


「大和さん」


 胸が苦しいと手で触れたとき、始業を始めるチャイムが町中に響いた。

 なんとか涙をぬぐうも次から次へと溢れてくる涙にどうすることもできず、その場にうずくまった。


 学校が始まった、行かなければいけないのに。


「由希」


 己を呼ぶ声が聞こえたとともに、体はゆっくりと倒れていく。

 目の前がうっすらと、だが少しずつ暗闇へと変わったと同時にその体は誰かに抱きすくめられていた。



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