※
「実はここにこんな衣装があったりする」
大之助の手には闇とも墨とも言えるほど、漆黒の衣装。
よく見るとそれは着物で、背中には黒い作り物の翼がついていた。
「れっつ、三つカラスのコスプレ衣装」
「是非とも着せましょう」
これを着せたくはないか?
大之助がその言葉を告げる前に、大和は即答した。 大和の答えに目を細めた由希をよそにその着物を受け取った大和は黒猫のコスプレをする由希へと向き直る。
「由希、ほら脱いでこれを着てくれ。 そして写真を撮る」
その言葉と共に迫ってくる大和に由希はひっと声をもらした。
いつもと瞳が違う大和に思わず大之助の腕をつかむ。 大之助はというと、由希にとりつけたカバーを片手で器用に外していた。
「ちょ、もういいでしょ。 さっきからだいぶ着替えたんだから」
「今日の一日は好きにしていいと由希が言ったんでしょ、新作のお菓子をおじゃんにしたんだから」
大之助の言葉に由希はぐっと声を飲みこんだ。
ひるんだ由希をよそにすべてのカバーを外し、耳を外した由希を大之助は大和に手渡す。
「大和さんのばか」
「なんで俺だけばかなんだよ」
その場に立たせた由希の腕に袖を通した。 いつの間にサイズを測り、作っていたのかという由希の思いとは裏腹にそれはぴったりだった。
丈の長さもちょうどよく、衣装を着てから動き回るとまた動きやすさになんでと由希は思う。
「かぁ」
衣装を着終えた由希を確認して大和は鳴いた。
「かぁ」
それに呼応して鳴いた三つカラスは姿をもう一度、人の姿に変えた。
由希を三つカラスのそばに寄せて、カメラを構える。 まっ黒だとつぶやく由希の腰を抱いた三つカラスは由希の額に口づけ一つ。
カメラに何度もその姿をおさめている大和をよそに、三つカラスは額、首、手の甲など好きなように口づけては満足というようにかぁと鳴く。
「カラス、もっと顔を近づけてくれ」
大和は指示をだす。
それに答えて三つカラスは由希の頬に己の頬を合わせて大和へと視線を送った。
「うん、かわいい」
「も、もういいでしょ! 」
三つカラスから離れようとする由希を離したくないといわんばかりに三つカラスは由希を胸に収めた。 ぎゅっという音が聞こえそうなほど強く抱きしめた三つカラスはかぁと鳴く。
「あぁ、満足」
大和がつぶやいたと同時にカメラを大之助に手渡した。
「すぐに現像するから」
いそいそとカメラを持って家の中へと入っていった大之助の背中を見送って、三つカラスをどうにかせねばと考えていたとき
「すみません」
誰かの声が聞こえた。
「お客さん、来たから、離れて! 」
三つカラスの背中を何度も叩くと、三つカラスは寂しそうにかぁと鳴いて由希を解放した。
やっと、と安堵の息をもらした由希はすぐにお客の元へと向かう。 もちろん、着替える暇などなかったためにそのままで。
「ずいぶん、かわいらしい恰好をしていますね」
両手にお菓子を持ったお客は由希の姿にほうと声をもらした。
なんのことだろうか、己の姿をちらりと見て由希はあっと声をこぼしつつ頬を赤く染めた。 心の中で二人のばかと思っていると左手を撫でられた。
「とてもいい、漆黒の衣服から伸びたこの白い腕もまた……。 なめらかで気持ちがいい」
両手に持っていたお菓子をそばに下ろしたお客は興味があると由希の頬に触れた。
ひんやりとしたお客の手にぶるりと身を震わせた由希の表情を覗きこみつつ、もう片方の手は少年の腰を抱く。
「とても柔らかい」
額、頬、首、と撫でながら少年の反応を楽しむ。
由希の額に口づけ、何度も頭を撫でる。 恥ずかしさに頬を夕日のように染めた少年をよそにかわいいとつぶやきながら、由希の首をなぞっていく。
触れるたびに身を何度も震わせる少年の姿にお客はぞくりと心が震えた。
「あなたのようなお方がここにいらっしゃるのであれば、私は毎日でもここに通うのに」
由希の腰に触れられていたお客の腕がゆっくりと下へと下がっていく。
今度はどこに触れられる。
ぎゅっと音がしそうなほど由希が目をつぶったとき、後ろへと体を引かれた。
引かれたと同時に由希に触れていたお客の体は派手な音をたてて店の外へと吹き飛び、由希の体はなにかに守られていた。
「かぁ」
そう鳴いた、人の姿に化けた三つカラス。
由希の肩を抱き、お客を外へと追い出した張本人は由希の頭を撫でた。
「お客様に対して乱暴すぎではありませんか? 」
「悪いが、店の従業員に手をだそうとする奴をお客だなんて思う気はない」
あとから出てきた大和の言葉に仕方がないとお客は明らかなため息をこぼして、店から去っていった。
「ありがとうございます」
「お礼は三つカラスに。 由希が危ないって一番にでていったんだから」
由希の頭に己の頬を擦りつけてかぁと鳴いた。
ありがとうと感謝の言葉を告げるともう一度だけかぁと鳴いてカラスの姿に戻ると、いつもの定位置である大和の肩に腰を下ろした。
三つカラスの顎を撫でると気持ちよさそうにかぁと鳴いて大和に体を擦りよせる。 その姿がかわいいなと思っていると、由希と名を呼ばれて返事を返した。
「由希、今度はこの衣装を着てよ。 発掘したらいいのがでてきたからさ」
何事もなかったように衣装をだしてきた大之助は由希の目の前に一枚の衣装を見せてきた。
「大之助さんのばか」
ばかともう一度つぶやいた由希になんでと首をかしげた大之助に知らないと由希はそっぽ向いて、店の奥へと戻ってしまった。
「俺、なにか悪いことしたっけ」
「少なくとも、危ないところだった由希を放っておいてこれに着替えてはだめだったと思います」
「あれ、由希、危なかったの? 」
知らなかったと、本当に気がついていなかったのか首をかしげる大之助の姿に大和はため息をこぼしつつ店の奥に戻っていく。
一人だけわかっていない大之助は教えてと二人の後についていった。