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「それで、龍が自ら俺の相手をしてくれるってのか」
男の言葉におっとと辰美は声をもらした。 辰美の瞳が濃い赤へと一瞬のうちに変わると男の手から逃れて、一歩だけ下がる。
「なるほど、勘は鋭いわけか」
辰美はそれだけをこぼすと、辺りを見渡した。
まだ生徒たちがちらほらといるのを確認すると、辰美はため息をこぼす。 己の右腕を空にかざすと二人の姿は校門とは別の場所に飛ばされていた。
なにもない真っ白の世界。 意味がわからない男は辺りを見渡すもただ白いだけ。
木も電柱も、かといって家もなにもない。 本当になにもない場所。
「ごめんね、聞かれたくないことだからここに来てもらった」
ようこそと辰美は両手を広げた。
「ここはね、俺の作った世界。 すぐになくす予定だからなにも置いていないけど」
ほら、と辰美が声をだすとすぐに世界がぱきんと音をたてた。
その姿を見て目を細めた男を気にすることなく続ける。
「他の人に知られたくなかったんだ、俺が龍だってこと」
「なぜ神と同意義で語られている龍がわざわざ学校なんかに通っているんだ」
「そりゃあ、世界を知るにはその世界でその世界に生きている者たちと同じように生活して、同じものを食べて、同じように生きるのがいいに決まっているからさ」
辰美はもう一度、ほらと声をだして世界にひびを入れた。 ぱきんぱきんと音をたてて壊れていく世界の音を聞きながら、辰美は話を続ける。
「なんでお前はあの人の体温を戻すことができた? 俺はなかなか溶かさないように奥の奥に押しこんでいたのに」
男はカラオケの店で由希に深く口づけたとき、あるものを流しこんでいた。
それは男の力で作った固く、とても冷たい氷。 男の正体は母親に雪女をもつ、雪男。 母親ほど力はなくとも、氷を生みだすほどの力はあった。
己から生みだした氷は己が消さない限り、たとえ火で燃やしても消えることはない。 それをいともたやすく消してしまった目の前に立つ龍である少年。
男の問いに最もだと辰美は一人でうなずくと、真っ白の世界は一瞬にして真っ赤な世界へと変わった。
ペンキで赤く塗ったのではない。 まるで燃え盛る炎で舐めるように世界を赤く染めているのだ。
辰美の肌も夕日のように赤くなり、ところどころから湯気のようなものが男の目に映った。
「なるほど、お前は火龍というわけか…… そりゃ負けるよな」
「由希は人だからさ、あんなことされると困るわけだ」
「なぜあの人間のそばにいるんだ? 」
男の問いに辰美はだってと声をもらした。
もらしたと同時に男の体が一気に燃え上がった。 男がもらす悲鳴は、ただごうごうと声をあげる炎に飲まれていく。
「簡単だよ、由希だけだったんだ。 俺を龍としてではなく神としてでもなく、俺自身として見てくれた。 そばにいてくれた。 理由なんてそれだけだよ」
そして。
辰美は燃え盛る炎を見つめた。
「その由希に手をだそうだなんて、俺が絶対に許さない」
辰美が右手を閉じると世界はぱきんと音をたてて、今度は本当に世界が壊れてしまった。
※※※
「由希、これはどう? 」
大之助の家にたどり着いた由希はというと、さっそくとばかりに大之助に捕まり味見というなのセクハラを受けていた。
己のあぐらをかいた上に由希を座らせて、その口へとお菓子を放りこんでいく。
「ちょ、間隔をあけてくださいよ。 そんなに一気に食べられないから」
仕方がないと一旦、由希の口にお菓子をつめこむのを止めた大之助は由希の頭をなでながらそばに置いていたお菓子を整理していく。
にゃあと鳴く黒猫が由希の足の上に乗ると、なでてほしいと由希の手のひらに頭をぐりぐりと押しつける。
頭を撫でて、首元を撫でると黒猫はうれしそうににゃあと甘い声をもらした。
そんな姿に三つカラスはかあと鳴いて、人型へ姿を変えた。 黒猫の体をなでる由希の腕をつかみ、強く引き寄せた。
締めつけられた腕の痛みに目を細めた由希の唇を強引に開かせて、食らいついた。 顔を上にあげられ、下げることも許されないまま口づけられる。
息苦しさに三つカラスの肩を叩くも、三つカラスは黒猫を愛でる由希に激しく嫉妬しており、なかなか解放しようとしない。
にゃあと黒猫が鳴く。 その声を耳に聞いた三つカラスは由希から唇を離して由希を大之助のあぐらの上に戻した。
「かあ」
大和が三つカラスを呼んだ。
呼応してかあと鳴いた三つカラスは黒猫を腕に抱えて、大和の元へと戻っていく。 黒猫は撫でてくれればいいのか、頭を撫でる三つカラスに対してにゃあと鳴いた。
「カラス、そこまで嫉妬するな。 由希は黒猫を盗ろうだなんて思わないだろ」
「…… かあ」
三つカラスは不服だといわんばかりにかあと鳴いたが、手元に黒猫がいることに満足して店から出ていってしまった。
「悪かったな、由希。 お前に盗られるかもしれないと焦っているだけだから」
「それで襲われたらたまらないんですけど」
苦しかったとこぼした由希は己の首元を撫でた。
「そういえば、由希用に新しい服ができたんだ。 これがやっぱり、一番似合うと思う」
思い出したように大之助が取りだしたのは、神社などで着られている巫女の服。 しかも赤い袴で、思わず由希は顔をしかめた。
「サイズもちゃんと合わせたからさ、着てみよう」
「なんで僕のサイズを大之助さんが知っているんですか」
内緒という大之助の指はすでに由希の制服を脱がす準備が始まっていた。 きれいに首元まで止まっていたボタンが手早く外されていく。
「ちょ、嫌です」
「絶対に似合うから、ほら、下も脱いでよ」
着ていた上着を遠くに放られ、下のズボンのボタンまで指が触れられた。
「そんなの着たくないです」
大之助の頭を叩くのと、すみませんという声が聞こえたのは同時だった。
訪れたお客の姿にいらっしゃいませと普通にいう大和をよそに、ほぼ裸に近い恰好をしていた由希はひっと声をもらして大之助をにらみつけた。
「大之助さんのばか!! 」
由希の声とともに、由希の右手が大之助の頬を叩いた。