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 教室に戻ってきた由希の姿にさきほど声をかけた少年はにたりと笑った。 一、二、三限と帰ってこず、四限になっても帰ってこない由希となぜか教室に戻らなかった辰美の姿に二人で楽しんだのではないかと疑っているのだ。


「二人でなにしてきたんだよ」

「関係ないだろ」


 先ほどまで寒いとこぼしていた由希がなにごともなかったように厚手の上着もマフラーも外しているので、やはりと笑った。


「おおかた、楽しんできたんだろ二人で」


 少年は由希の机までやってくるとその右腕をとった。 先ほどのひんやりとした由希の手ではなく、それは熱をもった人の腕。


「辰美だけってずるいだろ、俺にも楽しませろよ。 少しぐらい楽しんだって罰は当たらないだろ。 楽しませるからさ」


 いいじゃないかと由希の耳元でささやきながら、由希の腰に腕を回して引き寄せた。 しつこく迫ってくる少年に由希はうっとうしくなり少年を振り払う。 

 口づけようとしてきた少年の体を押して、由希は辰美の後ろに隠れた。 


「嫌がっているから、やめて」

「また邪魔をするのかよ、辰美。 お前だってさっきまで由希と楽しんでいたんだろ。 ナニ、していたんだよ」


 強調して二人がなにをしていたのかを問う。

 ばからしくなり、由希の手を引いた辰美は持ってきていたパンと由希の弁当をひっつかんで教室から出ていく。 その姿に舌を打つ、少年を気にしないと辰美は屋上へと由希は連れていく


※※※


「今日はここで食べよう」


 屋上のフェンスの近くに腰を下ろした辰美につられて、その隣に由希も腰を下ろした。

 墨の手作りである弁当を開いた由希に美味しそうだと辰美が覗きこむ。 

 墨が弁当を作るとき、必ず由希が好きな食べ物を入れる。 ハンバーグや卵焼きといった定番のもの。 それが大好物で由希はいつもお昼の時間を楽しみにしていた。


「墨さんって、本当に料理がうまいよな。 うらやましい」

「なんでか知らないけど、料理を作るのが好きらしいよ。 趣味は仕事とご飯を作ることだって言ってた。 そんで僕と一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったりとかも好きって言ってたけど」

「本当に、由希が大好きなんだ」

「親代わりだからね、小さい頃からずっと一緒にいて育ててもらったし」


 ハンバーグを口に入れた由希は美味しいとこぼす。

 美味しいと笑顔をこぼす由希にずるいと辰美は持っていた己のパンを由希に押しつけて、弁当を奪い取った。

 中にあった卵焼きに食らいついた辰美にもうと由希は不満をもらしつつ、辰美から受け取ったパンに食らいつく。

 ウィンナーが挟まれたパンに美味しいとこぼすも、目の前でお気に入りの墨の弁当が食べられるのが気に食わないと由希は辰美の頭を叩いた。


「そういえば、なんで今日はあんなに寒いと感じたんだろ」


 学校の終わり、荷物を整理しながらふと由希は思った。 

 凍えそうなほど冷えていた体も辰美と口づけてからは嘘のように体が温かい。 なにをしたと辰美に問うても笑うだけで答えようとはしない。


「辰美のけちんぼ。 教えてくれたっていいじゃんか」


 ぽつりとつぶやいた由希の言葉が聞こえたのか辰美がだってと言いながら、机にやってくる。 


「いずれわかるよ、おおかた外で待ち伏せしているだろうし」

「待ち伏せ? 」


 辰美の言葉の真意がわからず、由希は目を細めた。 そんな由希をよそに鼻歌を歌う辰美は早くと由希の腕を撫でる。

 くすぐったいと振り払うも辰美は面白いというように何度も由希の腕をなでる。


「由希はいるか」


 いつものように大和が迎えにくる。 

 二人でじゃれている姿にどうしたと言いつつも、教室へと入ってきた大和は由希がまとめていた荷物を抱えた。


「持ちます」

「いいから、今日は兄上が新作を作るから早く来いって言っていたからすぐにでも連れていく」


 大之助の新作と聞いて思わず胸が高鳴った。

 今日はなにを作っているのだろうか、と心を弾ませる。 気がつくと勝手に動きだした足は校門の前へと続いた。

 校門をくぐり抜けたところで、ある人物と遭遇して由希は身を凍らせた。


「由希、あんまりスキップしながらいくと危ないって」


 あとから来た辰美も、校門の前にいた男の姿にやっぱりと声にださずに思った。 一歩、後ろに下がった由希の背中は辰美の胸にぶつかった。


「ここだったんだな」


 男は笑う。

 そこに立っていたのは、先日カラオケに行ったときに襲ってきたあの店員だった。 辰美の背に隠れようとしたが店員に腕をひかれてそれは叶わなかった。

 つかまれた腕からは店員の冷えた体温が伝わってくる。 冷たいとこぼすも、店員は気にしていないのかもう片方の手で由希の頬を撫でた。


「あれ、冷たくないな」


 おかしいと店員は由希の頬に触れ、腕に触れ、首元に触れて首をかしげた。 冷たさに身を震わせる由希におかまいなしというように。


「原因は取り除いたから、由希の体温は温かいよ」


 身を振って嫌がる由希を引き寄せた辰美は目の前にいる男に告げた。 

 意味を理解していない由希を後からきた大和へと押しつけた。 必然的に大和の胸に飛びこむ形となり、由希は思わず大和の背中に腕を回す。

 急に渡された由希になんだと大和は思うも、すぐに由希を抱えた。


「じゃあ、由希のことよろしくお願いします」

「なに話を進めてんだ。 まだ終わっていない」


 早くと口を動かした辰美を確認して、大和は己の翼を広げた。

 あっと男が声をもらす前に飛び立っていった二人。 姿が見えなくなったとき、男はやっと舌を打つ動作を行った。


「楽しみを奪いやがって」

「そうかな? せっかく俺がお相手しようと残っているのに」

「人だから、楽しみたかったんだ」

「そう悲観しないで」


 辰美は面白くないとぼやく男の目の前までやってくると、まずは男の右手をとった。 手のひらをひっくり返した辰美はそこに口づけを一つ。

 目を細めた男の視線をよそに、にっと口角をあげてもう一度。 それを何度も繰り返しては辰美はにっこりと笑った。 


「なんだ、そっちの趣味でもあるのか」


 辰美は笑うだけで答えようとはしない。 

 ただ、口づけるだけ。

 最初は手のひら、次は手の甲、手首、そして指の先。 なにを答えるでもなく、触れるように口づけたあと、辰美は男の手を解放した。


 解放された手のひらを撫でた男はその手で辰美の頬を撫でた。 触れると辰美は答えるように自ら頬を押しつける。 その姿に笑った男は右手の親指を辰美の唇に重ねた。

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