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「なあ、由希」


 寒さに身を縮こませて丸くなっていた由希にクラスメートは声をかけた。 両腕に大量の目をもったその少年は寒さに震える由希の首元に触れる。

 ひぇっと情けない声をもらした由希が面白いのか身を震わせた由希の手を握る。 そこから感じた相手の体温の低さに由希はいやと首を振って離れようとするも少年は離そうとしない。


「寒いって」

「なあ、由希。 そんなに寒いなら、俺が温めてやろうか」


 意味がわからない由希の頬に触れる。 冷たいと胸を押しても、少年はびくりともしない。

 いよいよ唇の震えだした由希の姿に背筋がぞくりとしびれた少年はちらりと舌を見せる。 


「そこまで、な」


 少年が由希を抱きしめようとしたとき、そんな声が二人に降り注いだ。 嫌がる由希から離すようにその手をつかんだのは、由希もよく知るあの少年。

 震える由希の姿を見るに見かねて、もう一度そばに戻ってきたのだ。


「それ以上すると、由希が凍えて死んでしまうから。 いい加減にしろって」


 辰美はそう言いながら、少年の手を離した。

 唯一、触れても温かみを感じる辰美の登場に安堵した由希は辰美と呼んでその体にしがみついた。

 温かいとこぼす由希は離したくないというように辰美の胸に顔を押しつける。 じんわりと冷えた体を温めてくれる辰美に由希はほうと声をもらした。

 さきほどまで震えていた由希が辰美に抱き着いて安堵している姿が気に食わない少年は後からきた辰美をにらみつけた。


「なんだよ、辰美。 由希が俺に盗られるからってわざわざきやがって。 なら、お前も一緒に楽しむか? 」

「おあいにく、俺は由希が嫌がるようなことはしたくないんだ」


 そんなやりとりをしていることなど、耳に入っていない由希はただ辰美から離れないようにしがみついた。

 背中をなでる辰美の手にあたたかいと由希がこぼすと少年は舌を打ち、自分の席へと戻っていく。 その姿を見送った辰美だったが、少年の視線が由希から外れていないことに気がついた。

 さて、どこで襲ってやろうか。

 瞳をぎらつかせ、舌を何度も上下させて獲物を狙う肉食獣のように見えて辰美は舌を打った。 それもその少年だけではない、クラス中からその視線を感じるのだ。 


 いまは己が由希のそばにいるが、離れたらなにをするのかわからない。 ただでさえクラスメートにとって唯一の人間という由希の存在は異質なのだ。 

いま由希が寒さであまり抵抗できないところを襲いでもしたら? 

 己以外の者が触れると冷たいとこぼす由希に乱暴をすれば人間である由希は耐えられるのか。

 思わず考えついた己の想像に辰美はぞっとした。

 由希に視線を戻すと、震えは止まっていたもののすがりついてくる手は氷のように冷たかった。 


「由希、ちょっといい? 」


 仕方がない。

 辰美はしがみついたままの由希をその場に立たせた。 離れようとする辰美になんでと目を細めた由希にいいからと手を引いていく。


「ちょっと付き合って」


 由希の手を引いていく辰美。


「なんだよ辰美、一人で楽しもうってのか」


 教室から出ていこうとする二人の背中を見て、少年がぼやいた。 


「ずるいよな、親友ってだけで貴重な人間と楽しめるんだから」


 あほらしい、と言葉にする気も失せた辰美は教室の扉を開いた。 由希を先に教室からだすとその背中を辰美は押す。 


「気にするな、由希。 とりあえず、その冷えをなんとかするからちょっと二人になれるところにいこう」

「なにするんだ」


 始業を始める鐘が二人の歩く廊下に響いた。 先ほどまでにぎやかだった生徒たちの声は瞬く間に消え失せ、二人の歩く足音だけが世界を支配していた。


※※※


「ここでいいか」


 目の前に建つ小さな小屋の前でうんと辰美はうなずいた。


 教室からでて靴に履き替えた二人は校舎とは少し離れた運動場の片隅に置かれた古びた小屋の前にいた。

 ここは数百年前に建てられたと伝えられており、記念としていまでも運動所の片隅にひっそりと建っている。 これがなんのために作られたのかわからないが、学校ができる前から存在していたという。


 扉を引くと、ぎいというにぶい音と一気に宙を舞う埃たちに由希は顔をしかめた。


 由希が小屋の中に入ったのを確認して扉を閉めた辰美は由希をその場に座らせた。 もはやなにも置かれていない小屋の中はうっそうとしており、なにが得体のしれないものがでてきてもおかしくないと由希は思う。


「由希、目を閉じてから口を開けて」


 辰美に言われた通りに目を閉じた由希はうっすらと口を開ける。 辰美がその場に腰を下ろす音が聞こえた。

 頬に手が触れ、温かいとこぼしそうになったとき口を塞がれた。 手、ではなく同じもので。 思わず開きそうになったまぶたを塞がれて、深く口づけてくる。


「辰美」


 息をつくために開いた口から、辰美の名をこぼす。 

 由希のまぶたを手で塞いだまま、背中から由希を倒した辰美はその上に覆いかぶさる。 


「由希、もっと大きく口を開いて。 寒さから逃れたいだろ」


 悪魔のようなささやきを耳元で聞いた由希は思わず唾を飲みこんだ。 


 操られたかのように大きく口を開いた人の姿を確認して、辰美は両頬をつかみ由希に唇を重ねた。 口を離して、もう一度重ねて、それを何度も繰り返した辰美は最後にと深く口づける。

 由希の喉がこくりと動いたのを確認した辰美は由希を解放した。 気がつくと瞳を閉じて寝息をたてる由希の姿があり、辰美はくすりと笑った。


※※※


「由希、由希ってば」


 遠くから名を呼ばれた由希は、閉じていたまぶたをあげた。


「やっと目覚めたな、もう昼だから。 そろそろ起きたら? 」


 呼ばれた先には由希を心配して覗きこんできた辰美の姿があった。 由希は小屋ではなく、白に囲まれた保健室のベッドに寝かされていた.


「ごめん、すっかり寝てしまっていた」


 ベッドから体を起こした由希は、先ほどまで冷えていた体がなぜか温かいことに気がつく。 手を何度も開いては閉じて、を繰り返して確認するも、今朝よりも体が温かいことにどうしてだと辰美に視線を送ると辰美はただにっこりと笑う。


「温かくなったでしょ」

「お前、なにをしたんだ」

「内緒。 とりあえずはあったかくなったんだからいいでしょ」


 辰美の言葉が腑に落ちないと目を細めるも辰美はそれに笑い声をもらして、由希の額に口づけた。

 その行動で由希は辰美と口づけたことを思い出して頬を夕日のように真っ赤に染めた。 恥ずかしさに体を丸めた由希の姿に辰美は笑う。


「そんなに恥ずかしがるなって、一緒に風呂に入った仲だろう」

「子どものころの話だろ、いまはそんなことしないし」

「えー、俺はいつでも由希と一緒に風呂に入りたいし仲良くしたいんだけど」


 由希の頭を撫でた辰美にやめろと手を振り払った。 

 ベットからでて保健室からでた由希の背中を辰美が追う。 ついてくる辰美に由希はにらみつけるも気にしていないのか笑顔のままついてきた。



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