寒い一日
「寒い」
あまりの寒さに由希は目を覚ました。
カーテンの隙間から見える暗闇の世界に、起きたのが夜中だということを知る。 時間を確認すると夜中の二時だった。
めくれかけていた布団を頭からかぶるも、一向に温まる気配がなく、しまいには歯がかちかちと音を奏で始める始末。
隣ではぐーすかといびきをかいて、由希の事情など知る由もない墨の姿がある。 眠る付喪神の懐に体を潜りこませて目を閉じる。
それでも、体は冷えるばかりで一向に温まらなかった。
「寒い、寒い」
由希はそれだけを口からこぼしていた。 墨のぬくもりを少しだけでも奪おうとしたが、しがみついても一向に温まらず、朝が来てしまった。
「由希、大丈夫か」
あまりに寒いと体を震わせる由希の姿に墨が心配そうに顔を覗きこんできた。 大丈夫じゃないと首を振るも、学校に行かなければと由希は荷物を抱える。
「マフラーとなにか上着も羽織っていけ」
墨の言われた通りに厚手の上着とマフラーをつけて、学校へと向かった。 途中で出会った大和にはたいそう驚かれた。 なぜそんなにも暑そうな恰好をしているのかと。
無理もない。 ついこないだ夏が終わり、まだ残暑が完全には抜けていないという頃なのにもう真冬のような恰好を由希がしているからだ。
「なんか、今日はやけに寒くて」
そう答えてすぐにくしゃみを一つ。 大丈夫かと背中をなでる大和の手のひらでさえ、氷のように冷たく感じて手を振り払ってしまった。
「すみません、大和さんの手でさえ冷たく感じてしまって」
「なにか温かいものでも買ってやるから」
学校に行く途中で、大和の気づかいにより温かい飲み物を買ってもらった。 缶から伝わるじんわりとしたぬくもりに温かいとこぼしつつ、口に含む。
のどを通っていく飲み物に、由希は息を吐きだした。
「由希」
もう一口と缶に唇を当てたとき、後ろから聞こえた声の主に背中から抱きしめられた。 思わず手を離してしまった缶は宙を舞う。
あっと声をもらした由希だったが、宙を舞った缶は声の主の手元に落ちていた。
「驚かせるなよ、辰美。 あやうく落とすところだった」
「ごめん、キャッチしたから許して。 おはよう」
辰美は由希の缶を一口だけ飲むと、すぐに返した。
それを飲む由希を一度だけ見て、大和に挨拶をした辰美。 厚着をした由希に辰美は首をかしげつつ、マフラーをほどいた。
「今日ってそんなに寒いっけ」
「うん、すっごい寒い。 体が震えそうだもん」
だから返せと辰美の腕からマフラーを奪い返すと、首を絞めるように巻きつけた。 途中、強く巻きつけすぎて咳きこんだ由希の姿に大和が笑った。
「なんでかな」
体を震わせる由希の姿に辰美はうんと声をあげてから、由希をもう一度背中から抱きしめた。
「温めてやろうか」
由希をしめつけないように抱きしめていた辰美の腕から逃れようとした由希だったが、辰美の触れている背中からじんわりとくるぬくもりに温かいとこぼす。
「前からがいい」
一度、辰美から離れた由希は正面から辰美に抱きついた。 触れている場所から徐々に温かくなっていく体に由希はほうと息をつく。
「辰美ってこんなに温かかったんだ」
「由希が冷たすぎるだけだろ」
頭を撫でる辰美の手のひらでさえ、温かく感じて、離れようとする手をつかんだ。
その姿をそばで見ていた大和は己の右手を一度だけ見つめて、由希の頬に触れる。 触れた瞬間、由希が悲鳴に近い声をもらして辰美を強く抱きしめた。
「俺の手、そんなに冷たくはないと思うが」
「なんか氷みたいに冷たく感じます。 いやもう、本当に冷たい」
意味が分からない大和は由希を抱きしめる辰美の頬に触れた。
「冷たいか? 」
「いいえ、むしろ熱いくらいです」
意味がわからないと大和が首をかしげたと同時に町に響き渡ったチャイムの音に三人はあっと声をもらした。
***
「ぎりぎりだな」
担任が時計を確認しながらいうと由希と辰美はほっと息を吐きだした。 なんとか校門に駆けこんで間に合った二人は己の席に座った。
途中で別れた大和もたぶん間に合っただろうと一人で納得させた由希はマフラーを握りしめる。
「それにしても由希、お前はなんでそんな暑苦しい恰好をしているんだ」
担任の言葉にクラスメートの視線が由希に集まった。
残暑も残る世界に抗うかのように厚手の恰好をした由希がおかしいと担任は告げるも、寒いからとだけ由希は返す。
「なんか、今日はすごく寒く感じて。 お願いだから、今日だけ許して先生」
寒いと身を震わせた由希に担任は首をかしげるも許可をだして、朝礼を始めた。
自分でもおかしいと思っていた。
ほんの少し前までは暑いとぼやいていたのに、昨日の夜から体の芯が凍えてしまいそうなほど寒い。 どれだけ厚着をしても、寒いしか口からこぼれない。
学校の中だというのにはぁと息を噴きだすと真冬の世界のように白濁のにごった息が見えるのだ。
「以上だ。 由希は早く体が温まるようにしておけよ」
それだけを言うと担任は教室からでていく。
その姿を見送って頬を机に乗せたとき、あまりの冷たさに声をもらした。 なんでこんなにも冷えているように感じてしまうのか。