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「初めて、人を見た」


 個室の壁に押しつけられて、店員の腕が由希の服の中へと滑りこまれた。 肌の感触をたしかめるように撫でながら、もう片方の手は由希のあごをつかむ。


「離してください」

「そう邪険にしないでくれ。 さっき一緒に来た男にも触れさせているのだろう」


 辰美と由希ができていると勘違いしているのか店員は手を止めようとはせず、由希の上着を捲し上げた。

 剥きだしになった由希の上半身に触れて、食らいつく。 店員のざらついた舌が氷のように冷たいことに気がついた。 声をあげた由希に店員は気分を良くしたのか、背中へと手を回して体を密着させる。

 嫌だ。 とっさに由希は店員の頭を叩いた。 


 痛みに店員が顔を歪めたのはほんの一瞬だけ。 にらみつけるように由希の瞳を覗きこんだ店員は地に足がつく由希を持ち上げて己の足を由希の股に押しこんだ。

 つま先がつくかつかないかという高さまで持ち上げられた由希は暴れようとするも店員に腕をつかまれてそれは叶わなかった。


「あの男にはどこを触れさせているんだ。 頬か、唇か、胸か、それとも」


 店員の腕は言葉の発する場所をなぞりながら、下へと滑り落ちていく。 びくりと体を震わせる由希の反応を楽しみつつ、由希の中心に触れて、尻に触れて、冷えた舌を右の耳へと這わせた。


「あいつは関係ない」

「じゃあ、別の奴だ。 男か、女か、妖怪か、付喪神か、妖か、それとも人か」


 どいつだと問われても、由希には全く心当たりがない。 そんなことを許そうと思った相手すら出会ったことがない。

 店員の手が由希の制服のベルトに触れた。 最初はなぞっていたその手は慣れたようにベルトをほどいていく。


「人の体はなぜこんなにも気持ちがいいのだろうか。 柔らかくて、すべすべとしていて」


 下着ごとひきずりおろされたズボンは由希の右足首で止まった。 由希を右ひざの上に再度乗せて制服の前を開いていく。

 早すぎる店員の行動にいや、と声を上げる前に塞がれた。


「聞こえるぞ」


 店員の言葉と共に男子トイレの扉が開かれた。 個室の前を通り過ぎて用を足す音が聞こえる。

 突然の来訪に体を震わせた由希を見て、店員は剥きだしにしたままだった由希の中心に触れた。


「なんだ、興奮するのか? ばれるかもしれないってことに」


 由希の耳元でささやきながら由希の中心を握る手は次第に動き始める。 体を駆け巡る快楽に涙を浮かべた由希をよそに店員は止めようとはしない。


「いいぞ、このまま果ててみろ」


 どんなものか見てやる、そんな言葉を耳元でささやかれ由希は身を震わせた。 


「あぁ、やんなっちゃう」


 男子トイレに来ていた男の用が終わったのか手を洗う音と共にそんな声が聞こえた。 


 その声には聞き覚えがあった。

 由希は口を塞ぐ店員の手に牙を食いこませた。 痛みに由希から手を離した店員を見計らって由希は男の名を呼ぶ。


「大之助さん! 」


 助けを求めて声をあげた。

 店員にもう一度、口を塞がれるもばきりという音と共に扉の外へと引きずりだされたので意味をなさず由希の体は外の男の腕の中に納まる形となった。

 名を呼ばれた大之助は震える由希の頭を撫でつつ、由希を閉じこめた張本人である店員をにらみつける。


「由希になにをしてんの」


 ほぼなにも身にまとっていない由希の姿を一度だけ見て、すぐに己の上着をかぶせた。 下着を上げようとする由希の指先が小刻みに震えており、大之助は舌を打つ。 


「ちょっと楽しもうとしただけ、そっちこそ邪魔をするな」


 にらみ合いを始めた二人にどうしようと由希が考えていると、すみませんという声と店員を呼ぶ鐘の音が鳴り響いた。 その音に店員は舌を打ちつつ、仕方がないというように吐きだすようなため息をこぼす。


「邪魔をしやがって」


 店員はそれだけつぶやくも、大之助の腕の中で震える由希を見下ろす。 なんとか下着をあげた由希の髪の毛をつかむと己のほうへ向かせた。

 髪を引き抜かれるのではないかと顔をしかめた少年のうっすらと開いた唇に食らいつく。


 突然のことに目を見開いた由希をよそに店員は深く、口づける。 そのとき、なにかを口内の奥深くに押しこまれてそのなにかを飲みこんでしまった。


「やめろ」


 店員を振り払おうと手をだした大之助の腕から逃れて、店員は入り口まで軽い足どりで歩いていく。


「じゃあ、またな」


 扉はあとで直すと告げてはーいとお客のところへ駆けていった。 

 なにを飲みこんだと己の喉元をなでる由希に大之助はため息を吐きだしつつ、その頭を撫でる。


「ありがとう、ございます」

「いいよ。 まさかここに由希がいるとは思わなかった」


 大之助は由希を立たせると、服をはたいた。 


「そういえば、大之助さんはなんでここに? 」


 由希にとって大之助がカラオケにいることがなぜかおかしく感じた。 カラオケというよりも縁側で寝ているところしか想像できない、と由希の思っていることが理解できたのか大之助は実はとトイレから先に出ていく。


 大之助についていくとある扉の前にたどり着いた。 その部屋の中から扉があるにも関わらず外まで響く声があった。

 お世辞にも上手いとは言えない。 由希は大之助に視線を送るも、大之助はただため息をこぼすだけ。


「隙間から見てみたら、わかるから」


 扉をちょっとだけ開いて中を覗く。 覗いた直後、声が廊下まで響き渡った。 あまりの声量の大きさに顔をしかめた由希に早くと大之助は促す。

 歌っている本人を見つけたとき、えっと由希は声をもらした。 


「大和、あいつはすごい音痴なのにカラオケが大好きで。 前はクラスメートとかと行っていたけど次第に行く奴がいなくなっていまでは俺を巻き込んでいくんだ。 一人で行けって言ってんだけど恥ずかしいって」


「まさか大和さんが音痴とは思わなかったです」


 中に入ってと背中を押す大之助にどうしようかと考えていると二人の後ろから由希を呼ぶ声が聞こえた。


「なかなか帰ってこないからどうしたかと思った」


 帰ってこない由希を心配してか辰美が駆けてきた。 由希の姿を確認して安堵した辰美は由希の頭を撫でる。


「無事ならよかった」

「撫でるなって。 ごめん、心配かけた」


 由希のそばにいた大之助に頭を下げると、辰美は由希の腕を引いていく。 


「由希、明日はくる? 」


 大之助の問いにうなずいた由希を確認して、また大音量の世界へと渋々戻っていく。

 扉が閉まると、先ほどよりも一気に静まり返った廊下。 息を吐きだした由希に辰美は首をかしげた。


「さっきの人って誰? 」


「アルバイト先の店長。 いつもはお菓子を作っているか、縁側で寝ているかなんだけど弟の大和さんに連れられてカラオケに来ていたんだって」


 由希の答えにふーんとどこか遠いことのように聞いている辰美になんだよと問うとなんでもないというように先を歩いていく。


 部屋に戻るとテレビはおすすめの曲はなにかと紹介をしているところだった。



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