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カラオケとなにか

「由希、カラオケに行かないか」


 いつも通りの学校。

 終礼も終わり、由希はアルバイト先に向かおうとしていたときに声をかけられた。

 声をかけてきたのは由希の幼馴染である辰美という少年。

 由希が墨と住み始めてからできた初めての友であり、小中高とずっと変わらずに過ごしている腐れ縁でもあった。


 額と両方の頬、それに腕にうろこのついたその少年は由希の腕をつかんだ。 行かないかというよりも強制参加を強いている辰美の姿にため息をこぼす。


「最近、由希と全然遊べてないから遊びたいんだ」


 由希の手を握りながらいう少年の姿に呆れながらも了承すると辰美はやったと声をあげて荷物を取りに行く。


「由希」


 まばらになってきた教室の中に己を呼ぶ声が聞こえて由希は扉のほうへ視線を送った。 最近はいつもの日課と化していた大和が由希を迎えに来たようだった。 

 大和の登場にきゃあきゃあとクラスメートの女子の甘い声が教室中に響き渡る。


 大和が由希を送り迎えするようになってわかったのは、この先輩が女子に好かれているということ。

 女子曰く容姿端麗で運動神経もよく、なにより大和の発する声がとても色っぽいというらしい。 

 考えると、大和の兄である大之助も見栄えは悪くない。 一度、しつこい女に付きまとわれて疲れたとぼやいていたことを知っている。

 辰美に言われて知ったのは大和が生徒会長だということ。 逆に知らなかったのかと由希は辰美に呆れられた。


「今日は遊びに行くので、一緒に帰らないです。 すみませんが大之助さんにも伝えておいてもらえませんか? 」

「そうなのか、珍しいな。 ならば兄上にちゃんと伝えておく」


 ではまたと去っていった大和を見送る。

 男の後ろ姿をちらりとだけ見て戻ってきた辰美は早く行こうと由希の脇に手をさしこんで持ち上げた。


「ちょっとまって、なにを考えているんだ」

「窓から飛び降りるつもり」


 辰美は笑顔で答えた。 顔をひきつらせた由希を肩に抱えると教室の扉を開いた。 由希が舌を噛まないように口を塞ぐと教室から身を乗りだす。

 ついこの前も大和とこんなことをしたばかりだと思うも、その思考は絶叫と共に消え失せてしまった。


※※※


「二名様でよろしいですか? 」


 カラオケのカウンターにたどり着くころには、由希はぐったりとしていた。

 靴を履いて学校をでたものの、いきなり追いかけっこをしようと言い始めた辰美とここまで走ってきたからだ。


「由希、大丈夫か」

「なんでいきなり追いかけっこなんだ」


 息をついた由希が顔をあげたとき、カラオケの店員と目が合った。 食い入るように見つめてくる店員は一度だけ、乾いた唇を舐めた。


 その姿に言い知れぬなにかを感じた由希は辰美の後ろに隠れてしまう。 後ろに隠れてしまった由希に首をかしげつつも辰美は店員に時間を告げた。


「こちらです」


 店員に部屋を案内されて、中へと辰美が先に入っていく。 辰美の制服をつかみながら後から由希が入る。 


「ひあっ」


 いきなり尻を撫でられて由希は声をあげた。 制服の上から形をたしかめるようになぞられて辰美の制服を強く握りしめる。

 由希の姿に店員はくつりと笑い、ごゆっくりと部屋の扉をゆっくりと閉めた。


「尻を撫でられた」

「俺が後に入ればよかったな、ごめん」


 辰美の制服から手を離した由希はいいよと荷物をそばに下ろした。


「そんなにも人って珍しいのかな」

「まあ、もうほとんど生粋の人がいないからじゃないか。 俺の母さんや父さんも昔は人を見ていたらしいけどいまはまったくらしいし」


 マイクを持ってきた辰美は片方を由希に持たせる。 


「歌を歌って発散しよう。 気分もすっきりするし」

「うん、楽しもう」


 店員に撫でられた尻を己でなでつつ、曲を入れた。 辰美に促されるように歌いだす由希。 やんやと手を叩く辰美にうるさいと言いながら。

 交代で曲を入れながら歌う二人。 辰美はクラスでも歌を歌うのが上手いと評判が良かった。 由希も辰美の声がとても気に入っており、カラオケに行くのは悪い気がしない。 


 ただ最近は大之助のところのアルバイトばかりでなかなか来ることができなかった。


「たまにはアルバイトを休んだってなにも言わないよな」

「せっかくの学生なんだから多少は遊ばないと損。 だから由希ともっと遊びたい」


 今度はどこに行こうかと笑う辰美に由希はつられて笑った。


 ちらりと見た辰美の瞳は夕日に近い、黄色。 それは辰美がうれしいとき。 辰美はなぜだか感情で瞳の色がころころと変わる。

 怒っているときは濃い赤色、悲しいときは雨の降りそうな空のように灰色。 本人は妖怪だと言っていたが実のところなんの妖怪なのか聞いたことがなかった。

 聞いたところではぐらかされるとわかっていたから。


「辰美ってなんの妖怪だろうか」


 由希はつぶやきながら辰美の頬に触れた。 うろこのあるその頬はひんやりとではなく、ひと肌のように温かかった。

 どうしたと問う辰美になんでもないと答える。


「いずれわかるさ、由希なら」


 気にするなと由希の頭を撫でた辰美に子ども扱いするなと手を振り払った。 それが面白かったのか辰美は何度も由希の頭を撫でる。 


「もう、いい加減にして」


 トイレに行くと席を立った由希。 手を振る辰美に舌をだして部屋を後にした。

 トイレに行くには必ずカウンターの前を通る。 ちらりと視線を送るも先ほどの店員の姿はそこになく、安堵の息をもらした。


 トイレの扉を開いたと同時に男子トイレにある個室の扉が開いた。 誰か入っていたのだろうかと思わず視線を送ったとき、あの店員がちょうどでてきたところだった。

 思わず顔をしかめた由希に店員はにたりと笑う。

 タイミングが悪かったとトイレから出ようとしたが、店員のほうが一足早く由希の腕をつかんでいた。

 離してほしいと訴える前に口を塞がれ、個室へと引きずり込まれた。 


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