令和ちゃんと生きよう!

作者: 石化

「令和」

 次の元号が発表された。俺はそれを感動しながら見ていた。なぜって、それはもちろん俺の名前が梅村令和だからだ。流石に「れいわ」とは読まなくて「よしかず」だけどもそれはそれ。

 親は先見の明がある。そんな話で盛り上がったところだ。大学生というやつは毎日飲み会があるから困るな。何はともあれ頭が痛い。一眠りでもするか。


 ●


「⋯⋯きて。⋯⋯来て。⋯⋯起きて!」


 なんだ⋯⋯?

 なんだか知らない女の子の声がする。どこか幼い不思議な声だ。


「起きて!令和れいわ!」

「俺の名前はれいわじゃねえ!」


 飛び起きた。いや、それは違うだろ。許せねえ。ネタはネタ、現実は現実だ。俺は令和よしかずって名前に愛着があるんだよ。むやみやたらに改変されると困る。


 起きたところは不思議な空間だった。星がキラキラと瞬いて、紫の空を輝かせている。

 はいはい夢ですね。知ってた。ところでさっきの声は?


「ここよここ」


 下から声がする。

 見下ろすと、ちんまりとした子供がいた。育ったらクール系になりそうな少女だ。涼しげな目元が印象的である。なんだかダサいTシャツのようなものを着てるけど気にしない。


「危ないからお家に帰ろうな」


 よくわからないけど、とりあえず声をかける。

 夢の世界で迷ったんだろ。知らんけど。

 大学生といえども男。男は真摯な紳士であるべきだ。俺の持論である。


「何を言っているのかしら。帰れるわけないでしょ。これからサバイバルが始まるっていうのに」

「いやー。中二病は大概にしろよ?」

「中二病じゃない!私たちの名前がかかってるんだから!」


 わからない。

 わからないけど必死そうだったので話を聞いてあげることにした。俺は本当の紳士である。

 少女の言うことには、ここは元号の吹き溜まりであり、その中のライバルを蹴落とすことで勝ちあがれるらしい。謎の競技だ。やっぱり意味がわからないので離脱したい。それでいいよね。


「負けたら、その単語がなかったことになるんだよ!」


 いやほんと知らない。和がなくなったら大問題だけど、令和がなくなってもなんの問題も起きないだろ。


「お兄さんの名前も消えるよ」

「なんだと?」


 いや、ちょっと待て。それはないだろ。意味がわからん。つまり、負けたらその時点で俺の名前は「」(くうはく)になるのか。ゲーマー兄弟じゃないか。ちょっと嬉しい。じゃなくてそれは大問題だ。名前を呼んでもらえない世界なんて悲しすぎる。


「まあ、一人二人の脱落者がいたらってことらしいから大丈夫だよ。でも、お兄さんがここで逃げるのならそれも怪しいかもね」

「俺が逃げればその時点で、脱落が決まるのか」

「そういうこと。まあ、我慢比べね」

「なるほど」


 なんとか納得した。いや、納得できてねえけどな。どうすんだこれ。


「やるべきことはなんだ」

「この世界に長く留まること。丸一日いればいいって」

「それなら楽勝だな」

「体が起きたら終わっちゃうから気をつけてね。意識さえ失わなければ大丈夫」

「いやいや、やっぱり夢じゃん。気のせいじゃん」

「そう信じて起きた世界にはお兄さんの名前はないけどね」


 彼女の顔は冗談を言っているようには見えなかった。確かにこんな夢、今まで見たことはない。何か超自然的な出来事が起きていると考えても不思議じゃない。夢なら夢でいいが、本当にダメだったら悲惨すぎる。俺は、ここで全力を尽くすことを決めた。


「お兄さん。覚悟は決まった?」

「ああ。なんでもこい」

「それじゃあ、私と一緒にこの世界を楽しみましょう」

「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ」

「令和。ただの令和よ。Tシャツに書いてあるでしょう?」


 よく見れば、そのTシャツはくそダサくて白地に黒で令和と書いてあるだけだ。


「お前さ、もう少し服のセンスを鍛えたほうがいいぞ」

「お兄さんには言われたくない」


 もしかして俺のファッションセンスが遺伝してこうなってしまったのだろうか。それなら申し訳なさすぎる。

 俺はチェックシャツにジーパンの己の格好を見た。別におかしいところはないよな⋯⋯?

 ●

「一番偉い初代元号とは俺様のことだ!」


 何か威張ってる人がいる。それをなだめているのは、歴史の教科書で見た感じの人だ。飛鳥時代とかその辺り。


「あれとは関わらないのが吉ね」

「あれは誰だ?」

「大化よ。大化の改新って聞いたことない?」


 なんだったっけ。うろ覚えだけど、中臣鎌足とか中大兄皇子とかが出てきたような⋯⋯。


「その辺りよ。やるじゃない。見直したわ」

「じゃあ、それ以前は元号はなかったのか」

「まあね」

「天皇がいる限り続いてるものだと思ってたけど」

「元々中国から入ってきたものよ。前漢のあたりに始まったわ」

「へーえ」


 謎に元号知識が増えていく。


「そこのお前。珍妙な服装をしているな」


 大化の人が声をかけてきた。


「いえいえ。あなた様ほどでは」


 下手に出てみる。


「そうかそうか。⋯⋯ん? お前、俺様をバカにしてねえか?」


 ありゃ。気づかれたか。思っていたより脳筋じゃなかった。ミスった。


「蘇我氏みたいなやつだな。殺してやろう」

「穏便に、ね?」


 隣にいる人がなだめてくれた。そうだそうだー!


「でも、こいつ、お前がつけた大化の元号をバカにしたぞ?」

「それは許せない」


 ダメだった。その人まで敵に回ってしまった。


「令和。助けてくれ」

「はあ。もう、なんでそんなことになるのよ。最初から始まりの大化と戦わなくてもいいのに」

「そんなこと言ってる場合じゃない」

「仕方ないか。やるわよ。これを使いなさい」


 彼女が投げて渡したのは拳銃だった。来た。これで勝つる。


「言っとくけど、威嚇程度だからね。実力は圧倒的に劣ってるから、弾も通らないわ」

「なんだと近代兵器だぞ」

「脅して逃げるの。いいわね」


 むう。仕方ない。あちらはなんだか青銅の剣のようなものを出してきたけど、確かに圧力が半端ないな。多分伝説の剣扱いだ。こちらすべてを無効化してへし折ってしまえそう。


「始まりの大化をバカにした罪は万死に値する。許さんぞ」

「こちとら最新を背負ってるんだ。最古なんかに負けるか」


 大化は剣を振りかぶる。令和が剣の腹を銃で撃つ。俺もついでに顔を撃つ。爆煙が上がる。


「今よ。逃げるの!」


 令和は機敏な動きで俺の手を引いて走り出した。

 背後を剣圧が過ぎていったから、やっぱり何も応えてなかったみたいだ。

 大化さんマジ半端ねえ。これからは見かけても逃げることにしよう。そうしよう。


「ふん。面白くなってきたじゃねえか」


 後ろで大化は不敵に笑っていた。

 ●

 なんとか逃げ切った。

 しかしまあ、見れば見るほど不思議な世界である。

 赤い雉がいるかと思えば、白い雉もいる。その傍らで心細そうな顔をしている人がいるのが印象的だ。

 あの人たちも参加者だろうか。でも、片方動物だしな。


「こんにちは。よろしくお願いします。一緒に頑張りましょう」


 何はともあれ挨拶と情報収拾が大事である。明るく元気に声をかけた。


「ああ、どうも」


 声と目が死んでいる。


「いや、僕もですね。白雉はくちは残したいと思ってますよ。名前ですし。でも、どうして白い雉と一緒に行かなきゃならないんですか。どうしていい雉が献上されたからってそれを元号にしたんですか」


 やばそうな人だった。


「今の話、マジか?」

「マジよ。二番目の元号「白雉」は見事な白い雉が献上されたから改元されたのよ」

「ひょっとして、あの赤い雉の方も?」

「あれは、三番目の元号「朱鳥しゅちょう」ね。見事な赤い雉が献上されたから改元したそうよ」

「どちらも雉かよ?!」

「大化の次がこの二つなの」

「日本平和だな」


「どうにかできませんか、ダサい服をきているお方」

「ダサくないわボケ」

「このままでは消えてしまう⋯⋯」

「いや、頑張ってくださいね。ええ」


 俺たちはそそくさとその場を離れた。


「悲しい元号だったな」

「そうね」


 深淵を覗いた気分だ。でも、流石にもうないでしょう。ほかはまともな元号なはず。フラグっぽいな。そういえば、亀と一緒に途方に暮れている人もいるけど、あれってひょっとして。


「亀も献上品として珍重されたからね。霊亀、神亀、天平てんぴょうあたりはだいたいそうよ」

「ほんと知りたくなかったよその情報」


 天平ってあれだろ。天平文化の頃だろ。あれも亀だったのか⋯⋯。いや、でも亀っぽくはなくない?

 聞いてみる。


「亀よ。献上された亀の甲羅に「王貴知百年」って書いてあったらしいわ」

「んなアホな」


 わからない。俺は天皇の考えがわからない。あの人たち何を考えて生きてたんだろう。

 いや、楽しそうだからいいけどね。

 天平の亀さんとかめちゃくちゃオーラあるし、なんか、子分みたいな人たちをおおぜい連れてる。


「あれは、「天平感宝てんぴょうかんぽう」「天平勝宝てんぴょうしょうほう」「天平宝字てんぴょうほうじ」「天平神護てんぴょうじんご」の各元号ね」

「元号って四文字のこともあったのか?」

「そうよ。二字だけに限る必要なんてないのよ」

「へえ。すっごい」


 ちょっとした元号博士になってしまった感がある。元々の目的を忘れそうだ。

 確かこの空間に出来るだけ長く居座るとかそういう感じだったな。

 つまり必要なのは情報収拾だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 俺のやってることは間違ってない。きっと。