青の騎士と天の遣い
コニア=メルコウリはふと剣を振る手を止めて、吐いた白い息の流れる方を見やった。
森の斜面にいたのは子狐だ。銀色の毛皮の、珍しい種である。
首を傾げながらコニアを見ている。
「あっちへ行きなさい。でないと食べられてしまうよ」
すると子狐は、ちょいちょい振り返りながら去っていく。どこか名残惜しそうに。
「――必要以上の食事も、殺生も要りませんからな。コニア殿の振る舞いは誠に信徒たるべき姿」
「これは……グレイヴィ様」
慌てて片膝をつくコニアをグレイヴィが止める。
「この私めにそのような堅苦しい挨拶は不要だと何度も申しているではありませんか。――それより、そろそろ食事ができるようですのでいらしてください」
「はい」
去っていくグレイヴィの背を見送りながら、コニアは銀色の狐のことを思い返した。
「……白銀の貌は今、なにをしているのかしら」
コニアを獄中から救い出し、グレイヴィとともに国から逃がした。さらにはビオス宗主国の教皇による悪事を暴き、地方司祭が聖都に押し寄せるきっかけを作った人物。
グレイヴィは地方司祭たちから、教皇を下ろすための旗印になってくれるよう頼まれているようだが、グレイヴィはこうして数少ない信徒とともに各地を回って聖人たちの教えを広めるほうがいいと言っている。
「あのままいなくなったシルバーフェイスは本当に天の遣い……だったりして」
グレイヴィはそう信じ込んでいるので、信徒にも平気でシルバーフェイスのことを話している。
多少なりとも接点のあった――手をつないで結構な距離を歩いたりしたコニアからすれば、シルバーフェイスはふつうに人間だし、年下の男の子という感じだ。
彼が握ってくれた手を見つめる。
あの手が、ビオス宗主国をひっくり返してしまった――そう思うには頼りないほどに小さな手だった。
「……天の遣いなら、こうして何度も考えてしまうのは仕方ないよね、うん」
グレイヴィに相談すれば、どんどん思い、どんどん考えてもいい、むしろ考えなさい、と免罪符を与えてくれそうだったが、そうはしなかった。
手をキュッと握りしめて、コニアは炊煙の流れてくるほうへと歩いていった。