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その07

「ひぃぃぃっ!」


 魔物から街を守るために戦っていたその兵士は、絶体絶命だった。

 相手はキマイラ。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ強力な魔物だった。しかも、単純に強いだけでなく、知能も高い。兵士のやろうとしていることなどお見通しで、いつでも殺せるのに弄ぶように追い詰められた。


(死んだ。もうダメだ)


 彼が死を覚悟したそのとき、キマイラが喋った。


「カネヲダセ」


「えっ?」


 兵士は一瞬何を言われたのか理解できなかった。


「カネヲダセ」


「……もしかして、金が欲しいのか?」


 そもそも魔物が人の言葉を喋るとは思っていなかったのだが、その発言内容も意外だった。


「ソウダ、ヨコセ。カネヲクレタラ、ミノガシテヤル」


 兵士は慌てて懐を探り、巾着袋から硬貨を何枚か取り出すと、それを地面に投げた。


「金はこれで全部だ! これで勘弁してくれ!」


 いっそ持ち金を全部出しても良かったのだが、この兵士は少し欲が出た。魔物だから、これでも誤魔化せると思ったのだ。


 キマイラは地面に落ちた硬貨をじっと見た後、兵士に言った。


「トベ」


「えっ?」


「ジャンプシロ」


「ジャ、ジャンプ?」


 言われるがままに兵士はジャンプした。すると巾着袋の中の硬貨が互いに当たることで音が鳴った。


「マダモッテルジャネェカ、コノヤロウ!」


「ひぃっ、すっ、すいません!」


 兵士は慌てて巾着袋を取り出して、中身を地面にばら撒いた。

 キマイラは撒かれた硬貨を見て、呟いた。


「サンカイブンハアルナ……」


「えっ?」


 兵士はキマイラの呟きの意味がわからなかった。


「イッテイイゾ」


 キマイラは兵士に興味を失ったようで、前足で器用に硬貨を集め始めた。

 兵士はキマイラの気が変わらないうちにと、全速力でその場を走り去った。


──


 魔物に金を払えば命が助かるという話は、各地で聞かれるようになった。

 もちろん、金を払った上で殺されるということもあったが、全体的としては少数で、金を払えば大抵の場合は命が助かった。

 このことを知った各国は、攻めてきた魔王軍に対して、金貨や銀貨をばら撒いて時間を稼いで退却するという作戦を試みた。

 この作戦は効果的で、魔物たちはばら撒かれた硬貨に殺到し、攻撃する気を失ったのだ。時には、金を拾って満足した魔物たちがそのまま退却することもあった。

 金を拾っている間に攻勢に転じるという作戦を取る国もあったが、これは激怒した魔物たちの猛反撃にあい、失敗に終わった。怒り狂った魔物たちのテンションは異常なものがあり、自らが傷つくのも顧みずに襲いかかってくるので、まったく割に合わない作戦だった。

 しかし、金があれば魔物を防げるということは各国の共通認識となり、前線にはせっせと金銀財宝が運ばれ、魔物が攻めてくる度にばら撒かれた。

 兵士たちには金貨1枚が支給され、いざというときはそれで命を助けてもらうように指導された。

 金貨1枚あれば大抵の魔物は納得して見逃してくれたのだ。



 魔王軍の占領地でも変わった動きがあった。


「今月の分を徴収しに来たぞ」


 とある村の村長のところへやってきたのは、ひとりの魔人だった。


「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」


 村長は笑顔でこれに応対していた。作った笑顔ではない。本当に歓迎しているのだ。

 この村では魔人が来てからというもの、毎月一定額の金を要求されるようになった。しかし、その額というのが、この村を治めていた領主が徴収していた税よりも安い金額だったのだ。

 その領主は税金を毟るだけで何もしなかったのだが、この魔人はしっかり他の魔物たちから村を守ってくれる。魔人としても毎月一定額の収入が見込めるこの村は貴重な存在であり、村が継続的に収入を得ることができるよう大切にしていた。


「これが今月の分です」


 村長が金の入った袋を渡した。魔人はそれを確認すると、


「何か困ったことはないか?」


 と尋ねた。


「最近、狼が北の山の近くに出没するようになりまして……」


 村長が最近の村の悩みを話すと、


「わかった。俺が退治しておこう」


 と言って、魔人はすぐに北の山へと向かった。

 その働きには村人たちも大満足である。どっかの国に属するよりも、この魔人の庇護下にいたほうがずっとマシだと思うようになっていた。

 魔物が金のために人を庇護するという動きは各所で見られるようになっており、魔王軍の占領地でも人が生きていけるようになっていたのだった。 



 一方、魔王軍は司令官である四天王たちが本国に留められたままの状態が続き、厭戦気分が広がっていた。

 さらに魔王軍内では紫色のポーションが大流行し、魔物たちはポーションを買うための金を集めることに余念がない。

 当初は人間を殺して金を奪っていたのだが、殺し過ぎると金を持ってくる人間がいなくなることに気づき、金を払った人間の命は助けるという共通認識が広がった。

 何しろ、金を持っているのも作れるのも人間だけなのである。魔物には硬貨の鋳造技術などない。それを考えれば、人間を皆殺しになどできなかった。

 そもそも魔物はそこまで人間が嫌いなわけではない。好きか嫌いかと言われれば嫌いだが、わざわざ殺しに攻めに行くほどではなかった。ほとんどの魔物は上に命令されて、何となく人間たちを攻撃しているに過ぎない。

 魔王軍内でも心ある者は紫色のポーションを危険視し、その摘発に乗り出す者たちもいた。

 だが、ポーションを製造している工場は世界各地に分散しており、関連工場をひとつふたつ潰したところで、まるで意味がなかった。わかったことといえば、国をまたいだ大規模な闇の組織が存在しているということだけだった。

 魔王軍の攻勢は、紫色のポーションによって完全に停滞していたのだった。


──


「順調だね」


 トラオは大量に生産されるポーションを眺めながら言った。


「そうですね」


 リオは複雑な想いでそう答えた。

 確かに商売は順調だ。魔物たちは金を集めるようになり、人間も金を払うことで命が助かったという話もよく聞く。何よりも魔王軍の進軍が目に見えて遅くなった。確かに順調なのだが、良いことをしているという気分には、まったくなれなかった。

 世界中の国が戦いを避けるために金をかき集めて前線でばら撒き、それを魔物たちが回収し、トラオが紫色のポーションと引き換えにその金を手に入れている。

 今現在、魔王という名がふさわしいのは、トラオではなかろうかとリオは考えていたのだ。

 

 工場は常にフル稼働状態だ。金もすごい勢いで集まっている。もはや国が買えそうな額だ。

 トラオは売人たちとの仲介役に口の堅い冒険者を何人も雇い入れ、生産から販売までのシステムを確立していた。

 リオたちも自分の代わりとなる現場責任者を雇い、今は自由の利く身となった。


「そろそろ、魔王を倒す準備をしようか」


 トラオがポツリと言った。


「本当ですか、先輩!」


 リオが目を見開いて驚いた。ひょっとしてトラオは、世界中の富を独占するまで商売を止めないのではないか、と危惧していたのだ。


「うん、お金も大分集まったしね。これだけあれば足りると思う」


(そりゃこれだけお金があれば何でも買えるわよ)


 とリオは思ったが、口には出さなかった。念願の魔王討伐に向けて動き出すのだ。これに勝る喜びはない。


「それにはガーネットのメンバーで何か所か冒険に出る必要がある。その準備で揃えて欲しいものがあるんだ。お金はいくら使っても構わない。お金で手に入らなければ、方法は問わないから、どんな手段を使っても手に入れてくれ」


 リオは黙って頷いた。

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