その05
手慣れた泥棒のように装備品を回収し終えたトラオたちは、速やかに魔王領から撤収した。
「これで軍資金ができた」
トラオは満足げな表情を浮かべている。許容量の大きな高性能のアイテム袋のおかげで、大量の武器や防具を集めることができたのだ。
一方、ガーネットの3人は肉体的にも精神的にも疲れ果てた顔をしていた。
「先輩、その……その装備品を売ったお金があれば、魔王を倒せるのですか?」
自分たちが行った悪行にせめてもの正当性を求めて、リオは尋ねた。
「いや、これはあくまで元手だよ。これで得た金を使って商売を始めて、もっとお金を集めていく。むしろ、これはスタートだよ?」
死体から巻き上げた武器や防具を元手に、一体どんな商売を始めるのだろうか?
ガーネットの3人は嫌な予感しかしなかった。
「あの、商売とはどういう商売になるんでしょうか?」
フードの中の表情に怯えを滲ませながら、ドミニクが尋ねた。
「どういう……って、そりゃ商売だからね。物を作って売る、それだけだよ」
その物が何であるのかが重要なのだが、怖くてそれ以上踏み込めない。
まさか、トラオがパンを作って売り始めるとは思えなかった。
──
アジトである一軒家に戻ったトラオたちは、ようやく一息つくことが出来た。
リオたちは疲れ切って、ベッドに倒れ込んだ。
トラオだけが活き活きとして、持ち帰った武器や防具等の仕分けを始めている。
そうして一昼夜経ち、ガーネットの面々の疲れが癒え、ベッドから抜け出してきたのを見計らって、トラオが宣言した。
「じゃあ、お金も出来たし、商売を始めようか?」
トラオはろくに休憩も取らずにあちこち出かけて、すぐに売れる物は売って、金を用意してきたらしい。
「あの……一体何をするのでしょうか?」
リリスが顔を引き攣らせて聞いた。
「ああ、このポーションを作って売るんだよ」
トラオが取り出したのは、瓶に入った紫の液体ポーションだった。
「そのポーションは……」
ドミニクにはそのポーションに見覚えがあった。魔術師であり、調合にも長けたドミニクは、様々なポーションの精製をトラオから頼まれることが多かった。
「そう、以前ドミニクに調合してもらったポーション。精神を高揚させることで、様々な状態異常を防ぐ効果を狙ったものだ。上手くできたら流通させて、儲けようと思ってたんだけどね。ちょっとした副作用があって」
「確か精神を高揚させ過ぎてしまうことと、依存性がかなり高くて、あまり良いモノではなかったかと思ってたんですが……」
おずおずとドミニクが述べた。
「うん、依存性が高いということは、それだけ顧客が増えるということだから、悪いことではないんだけど、ちょっと問題になる恐れがあったし、精神を高揚させ過ぎちゃうのも考えものだったからね」
(その依存性の高さは、何で実験したんだろう?)
リオとリリスは心の中でそう考えたが、聞きたくなかったので聞かなかった。
「まさかそのポーションを生産して売るんですか? あの先輩、さすがにそれでお金儲けするのは色々な問題があると思うのですが。主に人道的な面で」
さすがに止めなければならないと思ったのか、ドミニクがはっきり反対意見を述べた。
「いや、人相手には売らないよ? これを魔物に売りつける」
「「「はい?」」」
3人が声を揃えた。トラオが何を言っているのか理解できなかった。
「ポーションの純度を高めて、魔物相手にちょうど良い調合に変えて、人にとっては毒となるようにすれば問題ない。とりあえず、タダで魔物たちにばら撒いて、依存させた後に、お金を取ることにしようと思う」
「あの、お金を持っていない魔物から、どうやってお金を取るんですか?」
リオが聞いた。
「何、お金が必要となれば、占領した領地から勝手にかき集めてくれるよ。今まで魔物たちはお金にまったく関心を示さなかった分、占領地にはたくさんのお金が残っているはずだ。高価な美術品やアイテムと交換でも良いしね」
「それではお金目当てに、魔物が人を殺すようになるのでは?」
すぐにリリスが懸念を述べた。自分たちが作ったポーションが原因で、人が魔物に襲われるようになったら、たまったものではない。
「ポーションがあろうとなかろうと、魔物は何もしなくても人を殺すよ。でもお金の価値を魔物が知ったらどうなる? お金を払った人間は生かすようになるかもしれない。お金さえ払えば、人が助かる可能性が出てくるんだ。それにお金という目的が出来た場合、魔物たちの侵攻速度は確実に下がる。今まで彼らはお金なんて無視して凄い速度で侵略していたけど、そこに略奪という行為が加われば、かなり時間が稼げるはずだ。この商売は人類全体にとって有用なんだよ?」
「そっ、そうなのか……な?」
リオたちは質の悪い詐欺師と話している気分になったが、確かに言っていることに間違いはない。
「そうだよ。そういうわけで君たちには動いてもらうよ? リオには材料採取を任せる。可能であれば、栽培もしたい。ドミニクには調合と精製、リリスは商品としての梱包と出荷作業だ。お金はいくらかけてもいいから、人手を集めてくれ。ただし、工場は分散して建てること。魔物に襲撃されたときのリスクを減らしたい。あと関わる人員には、前後の工程がわからないように気を付けてくれ。自分たちが何に関わっているか知られたくない」
どう考えても、犯罪の臭いが漂うヤバい組織を作ろうとしているようにしか思えない。しかし、リオたちはその指示に従った。トラオは嘘は言わない。彼が金を集めて魔王を倒そうとしているのは本当のことなのだ。……少々方法に問題はあるが。
リオは冒険者を集めると、主原料となるブラック・ロータスをかき集めた。と同時に人為的に栽培できないか、幾つかの村に依頼した。魔王軍の侵攻で経済が停滞していたため、金払いの良いリオの提案は依頼先の村々には喜ばれた。高価なアイテムの素材作りと言えば、特に怪しまれることもなかった。
ドミニクは薬師の確保と工場の建築に奔走した。工程ごとに工場を別の場所に建てられたので、薬師たちは自分たちが何を作っているのか、知ることは難しかった。
リリスは梱包と出荷だが、流通ルートを簡単に把握されないために、複数のルートを設定し、製造場所と出荷先が簡単に繋がらないようにした。
──
トラオたちがポーションの量産を始めるのに数か月の準備期間を要したが、この間、魔王軍は疑心暗鬼に陥った魔王バストゥーザのせいで、侵攻は止まったままだった。また、バストゥーザと部下たちの仲介役をしていたベッケルが死んだことで、他の四天王の3人はバストゥーザへの不満を募らせていた。
彼らはベッケルのことを「魔王の威光を笠に着て命令してくる、いけ好かないヤツ」と思っていたのだが、ベッケルが死に、バストゥーザと直接やり取りするようになると、いかにベッケルが上手く仲介してくれていたかがわかった。
魔王バストゥーザは確かに強力な魔人ではあるが、同時に暴君であり、理不尽な命令をしばしば行うことがあったのだ。
「ベッケルって良いヤツだったんだな」
というのが、残った四天王たちの共通認識であり、
「あいつ、何とかならないのかな?」
とバストゥーザのことを思っていた。ただ、魔王は力と恐怖で魔物たちを支配する最強の存在であり、とても逆らうことはできない。
彼らは証拠も無しに反逆を疑われ、自らの軍勢と切り離されたまま、魔王領に留められていた。