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その04

 トラオたちがその場についたとき、あたり一帯は冒険者と魔人兵の死体が散乱する地獄のような光景になっていた。

 誰ひとり動く者がいない惨状の中で、リオたちはSランクパーティーの全滅という事実に、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 が、トラオは一切動じることもなく、そのまま進んでいった。

 そして、近くで倒れていた冒険者の武器をひょいと拾い上げると、躊躇なくアイテム袋の中へ入れた。


「「「えっ?」」」


 3人の声が重なった。


「何しているの、君たち? 早く価値がありそうな武器や防具を拾ってよ。ここは長くいればいるほど、危険なんだからね?」


 平然とトラオが3人に告げる。

 トラオの目的は、全滅するであろう魔王討伐チームの遺した武器や装備を回収することにあった。

 Sランクの冒険者の武器や防具は、それひとつで一財産である。平民どころか下級貴族の全財産に匹敵する。すべてを回収することができれば、莫大な富になるのは明白だった。

 だが、それをわざわざ魔王領までやってきて、彼らが全滅することを前提に行う人間がいるかというと、それはまた別の話である。


「あの、先輩? 人の心ってあるんですか?」


 あまりの行為に、ドミニクが問いかけた。


「僕は人間だよ?」


 トラオがキョトンとした表情を浮かべる。


(それは人間じゃないヤツが、口にするセリフでは?)


 ガーネットの3人は、心の中で同じことを思った。


「あと、魔人兵が持っている武器と防具も使えそうなら回収してね。なかなか良い物を使っているみたいだから」


 トラオは敵であった魔人兵の槍や剣や弓も回収していく。損傷が少なければ防具も剥ぎ取った。

 金になりそうなものは片っ端から集めていく。そこには何の良心の呵責も感じなかった。


 確かに金は大事だろう。しかし、それよりも人として大切なものがあるのではないだろうか?

 目の前で倒れている冒険者たちも魔人兵たちも、死力を尽くして戦った戦士たちである。

 その死体から装備品を奪う行為は悪魔でも多分やらない、と3人は思った。


「そんなことをするために、こんなところまで?」


 リリスは黙々と装備を拾い集めるトラオの姿に怒りを覚えている。

 ドミニクも金儲けという意味では合理性を認めたものの、さすがにそれに加担することには躊躇していた。

 しかし、リオは一度目をきつく閉じた後、


「……わたしたちも言われた通りやるぞ」


 と言って動き始めた。他のふたりも渋々といった感じで、それに倣う。

 トラオに汚れ仕事を任された経験もあってか、3人とも動き始めると躊躇いもなく淡々と武器・防具の回収を行った。


 そんな中で、トラオが突然動きを止めた。

 巨大な魔人の死体のそばだった。腕は4本あったようだが、2本は切断され、首も斬り落とされている。すぐそばに落ちていたその首には、眼が4つあった。その容貌から察するに、魔人ベッケルだろう。

 近くには胸を穿たれたライネルと、金の牙のリーダーである金髪褐色の戦士ガノンが死んでいた。

 恐らくこのふたりが倒したのだろう。


「そっか、ベッケルを倒したんだ」


 そう言いながら、トラオはライネルの剣を拾って、アイテム袋に入れた。


「……それなら魔王を早く倒せそうだよ」


 さらにライネルの手に嵌まっていた指輪も取った。


「そんな! 装飾品まで取るんですか!?」


 それを見ていたリリスが悲鳴のような声を上げた。柔和な顔つきが歪み、大きな目が潤んでいる。


「死体が持っていても意味がないからね」


「いくら追放した相手とはいえ、そこまでしなくても……」


 リリスはさすがにやり過ぎだと感じていた。


「関係ないよ。もう仲間でも何でもないんだから」


 トラオは眉間に皺をよせた。

 リリスはそんなトラオの顔を悲し気に見た後、黙ってアイテムの回収を再開した。


 トラオはベッケルが使っていた武器と思われる4本の大剣を回収し、ガノンが使っていた戦斧も拾い上げた。

 それから、トラオは寄り添うように倒れていたシエルとルイーズを見つけると、容赦なく装備品と装飾品を奪った。彼女たちの死因は矢によるものだった。

 トラオはルイーズの黒いローブが消失しているのを確認すると、


「そっか、ルイーズはあの呪文を使っちゃったんだ」


 とポツリと言った。それは黒いローブが失われたことを残念に思っているようだった。



 あらかた武器と装備を集め終わった後、リオが躊躇いながら聞いた。


「死体はこのままにしておくんですか?」


「ここは敵地だからね。どうしようもないよ。冒険者の最期はこんなものさ」


 トラオは顔をしかめて言った。

 リオたちはやりきれない表情を浮かべたが、トラオはすぐにその場を離れ、彼女たちもそれに続いた。


──


 一方、魔王軍は、残る3人の四天王が率いていた軍勢の侵攻を停止させた。

 魔王が指揮官である四天王を本国に招集したせいだ。

 これにより、各国が魔王討伐チームに期待していた『魔王軍の侵攻の阻止』は達成され、多くの国が滅亡の危機から逃れることができた。


 魔王討伐チームの強襲により、魔王バストゥーザは腹心のベッケルを失っている。これはバストゥーザにとって、人間側が想像している以上の痛手だったのだ。

 魔王軍の四天王と言えば聞こえは良いが、実際は魔物の中の4大派閥の首領たちのことを指している。

 魔人ベッケルは、同じく魔人族出身であるバストゥーザの直属の部下であり、魔人派閥のナンバー2であった。

 バストゥーザが四天王の3人に侵略を命じていたのは、世界征服という目的も当然あるが、その際に他派閥の勢力を削っておきたいという思惑もあった。

 そして自派閥である魔人族には本国を守らせて勢力を温存し、世界征服後も安定した支配を目論んでいたのだ。


 ところがこれが裏目に出た。

 四天王率いる魔王軍の攻勢は、人間側に抗う手立てを失わせ、『直接魔王の命を狙う』という手段を招くこととなった。その結果、人間側の最精鋭である魔王討伐チームが結成され、魔王領へ侵入してきたのだ。

 ベッケル率いる魔人兵団がこれを迎え撃ったが、双方相打つ形で全滅。魔王直系の魔人派閥の勢力が大幅に弱体化してしまったのだ。


(これは不味い)


 バストゥーザはそう考えた。他の四天王をこのまま侵攻させた場合、侵攻先に拠点を作り、独立勢力となる危険性が出てきたのだ。何しろ今のバストゥーザの手元には直接動かせる戦力が無いため、抑えが効かない。もちろん、バストゥーザは個体としては最強であるが、すべてを自分の手で成せるほどの超越者ではないのだ。

 それだけではない。

 魔王討伐チームと魔人兵団の装備品が、戦場から失われていたのだ。それも短時間の間に。

 死者から装備品を奪うなどという非人道的なことは、恐らく人間はしないだろう。人間は基本的に情に厚く、死者を尊ぶ。魔王領を守る魔人たちも、死んだ仲間たちの武器に手を付けるような卑劣な真似はしない。

 となれば、奪ったのは四天王のうちの誰かの手の者である可能性が高い。やつらにしてみれば、魔王討伐チームも魔人兵団も敬うべき何かではないのだ。死者から装備品を奪うことに何の躊躇もいらない。

 魔王討伐チームと魔人兵団が持っていた装備品は強力なものである。その装備品を手に入れれば、戦力の大幅な向上が狙えた。その狙いの先にあるのは当然魔王の座であろう。


(反乱を起こすつもりか?)


 ベッケルがいなくなった今、バストゥーザ直属の配下に四天王と張り合えるだけの強さを持つ者はいない。四天王のひとりひとりが相手ならバストゥーザは難なく勝てるが、まとまって反乱を起こされれば、さしもの魔王とて危ういのだ。

 要するにバストゥーザは人間という外敵よりも、四天王という内なる敵のほうを脅威と見做し、相互監視させるために四天王を呼び戻したのであった。

 まさか装備品を奪っていった犯人が、人間の商人とは知らずに。 

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