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その03

 ガーネットのメンバーたちは、トラオの指示通り動いた。リオは金の牙の動きを探り、魔王討伐チームの移動ルートと日程を掴んだ。リリスとドミニクは物資の買い占めを行い、価格を釣り上げた後で売却することに成功。多額の金を得ることができた。

 そして、トラオを加えたガーネットは、魔王討伐チームに気付かれないように、かなりの間隔──徒歩にして1時間程度の距離──をあけて、後ろに付いて行動を始めていた。


 現在は魔王領の荒野を歩いている。ただ、Sランクで構成されている魔王討伐チームとは違い、ガーネットはAランクパーティーであり、基本体力がそこまで高くなく、過酷な行程で疲労困憊の状態である。おまけにトラオの持ち前のケチな性分が表に出て、疲労回復のポーションの使用を渋った。


「……疲れました、先輩」


 中でも体力が無く、魔法使いで頭脳派のドミニクは限界に達しつつあった。目深に被ったフードから見える彼女の顔色は青白い。


「大丈夫だよ、疲れはタダで取れるからさ」


 それに対して、トラオはまったく噛み合わない返答をした。

 ガーネットのメンバーは、冒険者として必要な知識をトラオに教えてもらい、装備や金銭を援助してもらったこともあり、彼を先輩と仰いで、恩義を感じていたが、一緒に旅をするのは初めてだった。

 そして、今彼女たちは同じことを考えていた。


(この人は追放されても仕方なかったのではないか?)


 と。


 自分たちガーネットが、トラオの先行投資の対象だった頃は、気前よく金を使ってくれていたのだが、仲間というか身内になったとたん、彼の商人としての顔が色濃く出るようになってきたのだ。

 例えば宿屋であれば、最も安い宿を選び、しかもさらに安く済むという理由で4人まとめて泊まれる大部屋に宿泊した。リオたちは冒険者で、過酷な依頼を幾つもやり遂げてきた身ではあるが、年頃の女の子であることには違いない。だが、トラオはそんなことには、まったく頓着してくれないのだ。

 もちろん、トラオがリオたちに手を出してくることなどないのだが、周囲の人間はそうは思ってくれない。

 宿屋の主人などは、明らかにそういう好奇の目で自分たちを見ている。しかし、トラオはそのことにはまったく気付かず、リオたちだけがひたすら恥ずかしい思いをした。


「お願いですから、先輩だけでも個室に泊まってください」


 と頼んでも、


「何で? お金がもったいないじゃん」


 とすげなく断られた。

 金の問題ではなく、気持ちの問題なのだが、トラオは人の気持ちを理解しようとする素振りが見られない。そもそも、うら若い女性を異性として一切意識しないことも、彼女たちの自尊心を傷つけた。


 食事にしても同様で、トラオは食べ物を「何が食べたいか」で判断しない。料理を値段と量で厳密に計算し、もっともコストパフォーマンスが高いものを選ぶのだ。自然とその食事は量だけが多くて、安っぽい物となる。

 リオたちの食事に関して、トラオは「好きな物を食べていいよ」と言ってくれるのだが、一番目上であるトラオが貧相な食事をしているのに、自分たちだけが良い物を食べるわけにもいかず、自然と日々の食事のクオリティは下がっていった。


 要するにガーネットのメンバーたちのメンタルは、トラオと旅をすればするほど、削られていくのだ。

 おかげで当初はかなり高かったトラオへの信頼も、大分目減りした状態になっている。

 

 ただ、野営が多くなると、今度はトラオの良さが発揮されることになった。

 とにかく準備が良い。テントや毛布などといった実用品には惜しみなく金を使い、良いものを用意している。飲み物や食料も、アイテム袋の中にたっぷり用意されていた。そのアイテム袋は高価なだけあって、飲食物の保存状態が良く、街中で食べる物よりもよっぽど良い食事を取ることができた。

 夜は高価な魔物除けの香を焚いてくれるので、安心して眠れた。


「何かよくわからない人だね、先輩は」


 トラオがさっさと寝た後、リオたちは小声でひそひそと話し合った。


──


 魔王領の荒野を歩くこと3日目、はるか彼方の魔王討伐チームがいると思われる場所が灰色の霧に包まれた。それから少し遅れて、鈍く大きな音が響いてきた。


「始まったか」


 トラオが呟いた。ついに魔王討伐チームが、魔王軍と遭遇したのだ。


「よし、戦闘が終わるまで、ここで止まろう。周囲に魔物がいないか索敵を怠らないようにね」


 トラオはガーネットのメンバーに指示を出した。


「あの、サポートに行かないんですか?」


 その指示を意外に思ったリオが質問した。


「サポート? 何で?」


「いえ、討伐チームについてきたのは、いざというときにサポートするためだと思っていたので」


 トラオは討伐チームについてきた理由を、リオたちに明確に説明をしていなかった。


「彼らはSランクパーティーの混成チーム。君たちはAランクになりたて。邪魔になるだけだよ。それに恐らく相手は、魔人ベッケルとその直属の魔人兵たち。魔王の親衛隊みたいな連中だ。会った瞬間に殺されるよ?」


「あの……それではわたしたちは、何のためについてきたんですか?」


 それを聞いたリリスは、少し不安げな表情を浮かべている。


「何のため、って言われても、僕は商人だからね。お金のためだよ。もちろん、最終目標は魔王を倒すことだけど、今回はそうじゃない」


「お金のため……ですか? それはその……討伐チームの物資が尽きた時に、先輩が持っている物資を高く売りつけるとか、そういうことをして儲けようと?」


 ドミニクが自分の推測を述べたが、その内容には自分でもあまり納得していないようだ。


「まあ、彼らが上手くいけばそういうこともあるかもしれないけど、多分そうはならないと思う」


「?」


 結局、トラオは自分の考えを明確には言わなかった。トラオは情報も商品の一種と考えている節があり、自分の思考を簡単には人に明かさない癖があった。


──


 それから数時間が経った。

 この間、ガーネットのメンバーは何とも言えない悶々とした時を過ごしていた。


「もう少し距離を詰めて、戦闘の様子を伺うべきでは?」


 そうリオが進言しても、


「そのリスクって何のために取るの? 命を賭けることになると思うけど、そのリターンはあるの?」


 と顔をしかめたトラオに聞かれ、何も言えなくなってしまった。

 確かにトラオの言う事は正しい。正しいのだが、「そういうことじゃないだろう!」という思いもガーネットのメンバーたちにはあり、重苦しい雰囲気がパーティーの間に流れたのだが、トラオは平然としていた。


 そうして、とうとう彼方から見える光も聞こえる音も無くなった。


「じゃあそろそろ行こうか。周囲には最大限気を付けてね」


 トラオが重たい腰を上げる。ガーネットのメンバーたちも逸る気持ちを抑えて、慎重に歩き始めた。


「大丈夫ですよね? 討伐チームは勝ちましたよね?」


 リリスが誰に向かって言うでもなく呟いた。だが、その表情は不安でいっぱいだった。

 魔王討伐チームは、人間が誇る最強のSランクの冒険者たちで構成されている。決して負けるはずがない、と信じたいのだが、不安要素がひとつあった。

 ここにいるトラオが参加しなかったことだ。

 トラオは出来ることと出来ないことの判断を冷静に見極める。そのことは長い付き合いでよくわかっていた。であれば、討伐チームが敗北した可能性もあり得るのだ。


(神さま、お願いします、どうかあの人たちが無事でありますように)


 そう祈りながら、リリスは歩みを進めた。

 先ほどの彼女の呟きには、誰ひとり答えなかった。

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