エピローグ
その商人は齢90を越えていた。
若い頃は魔王軍と戦い、その戦いが終えた後は世界で活躍する商人となった。
今では世界一となった彼の商会の名を知らぬ者はこの世界にいないだろう。
けれども、彼の生活は質素なものだった。3人の妻を娶ったが、家族には決して贅沢をさせなかった。
周囲からケチと言われ、悪徳商人と揶揄されることもあったが、彼は生き方を変えることはなかった。
そして今、彼は夢を見ていた。若い頃の夢だ。
冒険者を志し、うまくいかず、仲間と出会い、旅をして、90年の人生の中では短い期間だったが、かけがえのない日々だった。
夢の中の彼は若い姿をしていた。魔物と戦うために身体を鍛え、今よりもずっと痩せていた頃の姿だ。
「懐かしいな」
自分の姿を見て、彼はつぶやいた。見えるはずのない自分の姿が見える。それが夢である証拠だった。
誰かがこちらに向かって歩いてきた。靄でよく見えないが、彼にはある確証があった。
「久しぶりだな、トラオ」
その男は長身で、青い髪で整った顔立ちをしていた。
「ライネル……」
夢なのだろう。けれど、夢とは思えなかった。
「わたしたちもいますよ」
いつの間にか、すぐそばにシエルとルイーズもいた。
「やっぱり商人って図々しいのね。冒険者やった後に90まで生きるなんて」
ルイーズが変わらない憎まれ口をきいた。
「迎えに来たんだ。一緒に行こうか」
ライネルが言った。
「……どこへ?」
「旅だよ。また一緒に旅をしよう」
そう言ってライネルが差し出した手を、トラオは振り払った。
「何をいまさら。勝手に僕を追放しておいて、いまさら一緒になんか行けるものか」
トラオは冷たく言い放った。
「俺たちはおまえのことを、ずっと仲間だと思っていた」
手を振り払われたライネルは、それでも穏やかな表情を浮かべている。
「今更遅い。もう君たちは仲間なんかじゃない」
トラオは顔をしかめた。
「そんなことを言っても説得力がありませんよ?」
シエルが悪戯っぽく笑った。
「トラオは言いたくないことを言うとき、顔をしかめたり、眉間に皺をよせたりして誤魔化す癖があるんですから」
「え? そんな癖があるはずがない。僕は商人だ。そんな癖があったら相手に足元を見られる」
そう言いながらも、眉間に皺を寄せていないか確かめるように、トラオは右手を顔に当てた。
「トラオは商売のためなら平気で嘘をつける人間ですから、そこは大丈夫なんです。自分の心を偽るときにその癖が出るんですよ。ちなみにその癖のことは、あの子たちにも伝えました」
「あの子たち? リオたちのこと?」
言われてみれば、リオたちには妙に見抜かれていると思うときもあったし、言わなくても理解してくれていると感じることもあった。思えば、それはそういう時だったかもしれない。
「大体、わたしたちのことを仲間じゃないと思っていたなら、その右手に付けているものは何?」
からかうようにルイーズに指摘されて、トラオは顔に当てていた右手を慌てて後ろに隠した。
「もう遅いんだよ……わかってるだろ? 僕は君たちが戦っているとき、何もしないで、ただ傍観していたんだ」
「仕方ないさ。おまえがいても勝てなかったよ」
ライネルが言った。
「それだけじゃない。僕は君らの死体から武器や装備を奪って金にしたんだ」
それは長年抱えていた罪の意識。何十年経っても消えない気持ち。
「ひどいヤツよね。本当に商人は何でもお金にしちゃうんだから」
ルイーズが笑った。
それはトラオの願いそのもの。そういうふうに笑って許して欲しいと、ずっと思っていた。
「君たちの死体だって、そのまま放置した」
「冒険者になったときから、ああいう最期は覚悟してました」
シエルが優しく微笑んだ。
「僕はもう……君たちの仲間になれないんだよ、その資格がないんだ……」
気付けば泣いていた。人前で泣いたことなどなかったのに、膝をつき、顔を手で覆って泣いていた。
「何を言ってるんだ。魔王を倒してくれたじゃないか。俺たちの願いを果たしてくれた。おまえは俺たちの誇りだよ」
ライネルがトラオの背中にそっと手をやった。
(都合が良すぎる、これはやっぱり夢だ)
そうトラオは思った。だが、その夢に救われていることもまた確かだった。
「魔王なんか倒さなくても良かった! 君たちと一緒に冒険を続けていたかった! そのためなら死んでも構わなかった! 仲間だと思っていたなら、何で僕をひとりで置いて行ったんだよ!」
ずっと後悔していた想いを口にする。
「すまなかったな、トラオ」
「ごめんね、トラオ」
「悪かったわね」
ああ、まったく質の悪い夢だ。こんなひどい夢を見たことはない。涙が止まらないじゃないか。それどころか嗚咽まで漏れている。世界一の商人が聞いてあきれる。子供たちや部下たちにはとても見せられない姿だ。
「……わかっている。君たちが故郷を救いたかったことくらい。でもどうしようもなかった」
ライネルたちの気持ちを知りながらも、引き留めることも付いて行くこともできなかった。
「当たり前だろ? 神様だってどうにもならなかったことを、おまえがどうにかできるわけがない。だからこうして最期に、神様がおまえに奇跡を起こしたのさ」
「奇跡?」
「あなたが信じないと言った神の奇跡よ」
ルイーズが言った。
「トラオの手段はちょっとあれでしたけど、世界を救ったんですから、これくらいの奇跡は当然じゃないですか」
シエルが労わるようにトラオの頭を撫でた。
この夢が奇跡? こんな金にならないものが? ケチな神様もいたものだ。
でも……
「そっか。悪くない奇跡かもしれないね」
ライネルの手を取って、トラオは立ち上がった。
「じゃあ行こうか。新たな旅に」
そこには屈託の無いトラオの笑顔があった。
──
世界一の大商人と言われた男は、ベッドの上で穏やかな死を迎えてた。
過去には冒険者としても知られた男だった。
その左手には3人の妻との結婚の証である3つのガーネットの指輪を、
右手には生涯外すことがなかったサイズの違う4つのブルーリングをつけていた。
エピローグは宇多田ヒカルさんの『真夏の通り雨』が合うと勝手に思っています。
──
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
2作目の後書きで、頂いた評価を「今後の指針にしたい」と書きましたが、具体的に言うと、次作以降に関して、短いゴールを設定するか、長いゴールを設定するか決めようと思っていました。
1作目が長編、2作目が中編だったわけですが、結果として2作目が死ぬほど高い評価を頂いたので、短いゴールを設定して今回も物語を作ったわけです。
今回は、なろう小説で流行っているテンプレートを使用してみました。
おかげで主人公の職業が5秒で決まりました(RPGといえばドラクエ3なもので)。
長いタイトル、追放、ざまぁ、チート(?)、ハーレムエンドと完璧に踏襲したはずです。
内容的にはコメディのつもりです(長いタイトルも含めて)。
書き始めたときは、これくらいの長さの作品を一か月に一回くらい投稿しようと思ったのですが、望外に1作目と2作目が書籍化することになりました。その作業がこれから始まるので、4作目は夏くらいに書ければいいなぁと思っています。次回は少し真面目なものにしたいですね。
1作目と2作目に頂いた評価・感想・レビューありがとうございました。
特に感想とレビューは何度も読んで励みにしています。
さて、最後はテンプレ通りの言葉で締めたいと思います。
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