追憶4
幾分和やかな雰囲気になった魔王討伐チームだったが、それからさらに歩みを進めると、霧が立ち込め始めた。視界がどんどん悪くなり、周囲が灰色の空気に包まれる。
「この霧、魔力を感じるわ」
ルイーズがライネルとシエルに警戒するよう促した。
見れば、他のパーティーもこの霧の異常性に気付き始めている。
「全員警戒しろ! 分散せずに、密集体形をとれ!」
ガノンが全員に指示を飛ばす。自身も両手持ちの巨大な戦斧を構えて、警戒態勢に移っていた。
しばらく、全員緊張したまま息を潜めたが、やがて霧が徐々に消え始め、視界が開き始めた。
「囲まれている……」
誰かが呟いた。
霧が無くなった周囲の景色には、先ほどまで影も形も無かった魔人兵たちが整然と並んでいた。全員が黒い鎧で身を固めており、弓、槍、剣といった装備によって隊列が分かれている。剣を持つ魔人兵は盾も装備していた。
魔物特有の咆哮や雑然とした動きはなく、それが彼らの練度の高さを伺わせた。
周囲をぐるりと囲む魔人兵の数は、優に300を超えるだろうか。
その中でも、正面にいる最も巨大な魔人がゆっくりと前に進み出た。
腕が4本あり、その手にはそれぞれ大剣が握られている。頭を覆う兜からは紅く輝く眼が4つ見えた。その風貌は魔王軍・四天王の筆頭、魔人ベッケルに相違ない。
「魔王様の領土に足を踏み込んだからには、その対価を払う準備は出来ているんだろうな?」
その声は、かすれたような低いものだったが、周囲に響き渡った。
「魔法使いは戦士に強化魔法! 僧侶は防御結界だ!」
ガノンはベッケルの言葉を無視して、戦闘に備えるための指示を出した。
Sランクの冒険者たちだけあって、全員素早く指示通りに動き始める。
「やれ」
ベッケルが剣を一本前に突き出すと、戦列の後方に控えていた弓兵たちが一斉に射撃を始めた。
その矢は意志を持ったように不自然な軌道を描き、正確に冒険者たちの心臓を狙う。
しかし、僧侶たちの結界が間に合い、弓は光の障壁によって弾かれた。が、
「結界がもう持たない! ただの矢ではないぞ! 魔力が込められている!」
ひとりの僧侶が悲鳴のような声を上げた。
展開された結界は矢を防いでいるのだが、その際に耳障りの悪い音を鳴り響かせ、結界の強度を著しく下げていたのだ。
「魔法使い! 弓兵を狙え!」
ガノンの声に、すぐさま魔法使いたちが魔法で応戦を仕掛けるが、弓兵の前に並んでいた剣を持った魔人兵たちが、盾を使って魔法を防ぐ。
「ちっ、ご丁寧に魔法防御ができる盾を使っているとはよう。良い装備してやがる!」
吐き捨てるように言ったガノンは、戦斧を振りかぶると、その巨体に似合わぬ速度で、左側面にいた魔人兵たちの戦列へと突っ込んだ。
「ヴォラァァァッ!!」
まるで魔獣のような咆哮を上げて迫るガノンに、最前列にいた槍兵たちが隙間なく槍を突き出して迎え撃つ。
ガノンはその槍先を僅かな身じろぎで鎧に滑らせ、豪快に戦斧を振るった。
その一撃は4人の槍兵の胴体を分断。ガノンは勢いを止めずにそのまま突き進み、二列目の剣と盾を持った魔人兵たちに襲いかかる。
魔人兵たちは盾を前に出して防御態勢を取ったが、ガノンは構わず斧を振るい、盾ごと魔人兵たちを弾き飛ばした。
あっという間に弓兵たちの前にたどりついたガノンは
「あばよ」
と口の端を上げて言うと、慌てて近距離射撃を試みようとする弓兵たちを蹂躙した。
「ガノンに続け! 包囲網を抜けるんだ!」
ガノンの特攻を見た金の牙のサブリーダーが、その意図を汲んで、代わりに全体に指示を出す。
すぐさま戦士たちが、ガノンのこじ開けた敵戦列の穴に突入をしかけ、そのまま左側面を突破。僧侶や魔法使いたちが、その後に続く。
無論、魔人兵たちが何もしないはずもなく、弓兵は間断なく矢を放ち、槍や剣を持った魔人兵たちが討伐チームに向けて殺到した。
ガノンを中心とした戦士たちは魔法使いたちを後方に下がらせると、代わりに前へ出て、魔人兵たちを迎え撃つ。
この時点で何人かは矢によって負傷していたが、すぐに僧侶たちによって癒しを受けていた。
「アイテムはガンガン使え! 出し惜しみは無しだ!」
ガノンが叫ぶ。
戦闘は苛烈を極めた。個々の強さは討伐チームの方に分があるが、魔人兵たちはしっかり連携を取って攻撃を仕掛けてくるので、その対応は容易ではない。
何しろ討伐チームの前衛職は全体の半数とはいえ15人程度。対して相手は300近い。およそ20倍の差がある上に、後衛職を守る動きもしなければならないのだ。包囲を突破したとはいえ、難しい立ち回りを求められた。
とはいえ、そこは数多の困難を乗り越えてきた冒険者たちである。パーティー同士で互いの死角を補い合い、さらにパーティーとしてはひとつの生き物のように協調した動きをすることで、着実に相手の数を減らし、受けた被害はすぐにリカバリーした。
(いける!)
確かに敵は強く数も多いが勝てないことはない、と討伐チームに希望が見えたとき、
目の前の敵と必死に戦っていたパーティーのひとつに、頭上から巨大な黒い影が覆いかぶさったのかと思うと、次の瞬間、そのパーティーの冒険者4人が4本の大剣によって貫かれていた。
「他愛もない」
大剣を振り払い、即死した冒険者たちの骸を放り捨てたのは魔人ベッケルだった。
「来やがった……」
討伐チームの間に戦慄が走る。想定してなかったことではないが、できれば後にして欲しかったというのが正直なところだ。
「俺が相手をする! おまえらは戦線を崩すな!」
ガノンがすぐにベッケルの前に立ちふさがった。ここでベッケルのいいようにされれば、チームが全滅する可能性が高い。
「俺も手伝う。バランス的にはつり合いが取れるだろう?」
ライネルがガノンの隣に立った。ライネル率いるブルーリングは前衛ひとり、後衛ふたりのパーティーとなっていたので、それにガノンを加えれば、ちょうど良い構成となる。
「正直言って助かるわ」
ガノンはベッケルから目線をきらずに答えた。いくら最強の戦士とはいえ、サポート無しでは厳しいと思ったのだろう。
「たった4人でいいのか?」
ベッケルは嘲るように言った。
「ぬかせ、おまえ相手に4人でも多すぎるわ」
ガノンはそう応じたが、実際のところはこれ以上の人数をさけば、他の戦線が支えられないという判断があった。
「それじゃあ、いくとするか」
ライネルのその言葉を共に、ライネルとガノンが左右に広がって、ベッケルを挟撃するように挟み込む。それだけでなく、ふたりがいた場所の後方からは、ルイーズがあらかじめ詠唱を始めていた呪文を発動させていた。
「メガフレア!」
超高温の爆発現象を引き起こす、炎を超えた火力呪文。それをベッケルの正面に放つ。通常の魔物であれば、炭も残らず消え去るのだが……
「ムンッ!」
ベッケルは左右一対の大剣をクロスさせるように魔法に叩きつけ、呪文を消滅させた。
さらにライネルとガノンの攻撃も、残った2本の腕の大剣で防いでいる。
「チッ、デタラメね」
舌打ちしながらも、ルイーズは次の呪文の準備を始める。
「ジャッジメント・アロー!」
シエルが数少ない僧侶の攻撃魔法である光の矢の呪文を放つが、これにはベッケルは回避行動すら取らず、鎧に当たるに任せた。そしてまったく効いている気配がない。
「自信がなくなりそうです……」
そう言いつつも、シエルは支援に専念することに決め、回復魔法と防御魔法をライネルとガノンに唱え始めた。
そのライネルとガノンは、ふたりがかりで戦いを挑んでいるものの、ベッケルの腕は4本あり、力も速さも圧倒的で数的有利を活かせない。逆に完全に押されていた。
「あとふたりは欲しいな……」
と、ライネルは周囲に目を走らせるが、どのパーティーも手いっぱい、むしろ苦戦している状態で、とても援護が望める状態ではない。
そこにガノンが身を寄せてきた。
「俺が時間を稼ぐわ。その間に何とかしろ」
「……わかった」
本来は同じパーティーの仲間同士ではないが、短い言葉で意志の疎通を交わす。
そこにはふたりの覚悟があった。