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追憶3

 30人ほどの集団が荒野を進んでいた。

 鎧に身を包んだ者、神官服を着た者、ローブを羽織っている者と、その恰好は揃っておらず、全体の半分を占める鎧装備の者たちにしてみても、軽装のものから重装のものと幅広く、まるで統一感がない。

  

 一行は冒険者パーティー・金の牙を中心とした魔王討伐チームだった。

 彼らは険しい山を越え、深い森を抜けて、魔王領であるこの荒野へと足を踏み入れたのだ。道なき道を通ってきたため馬が使えず、疲労は溜まっているはずだが、彼らの顔にその色はない。

 いつ魔王軍の襲撃に遭うかわからないため、こまめに疲労回復のポーションを使っているのだ。

 だが、身体的な疲労は取れても、精神的な疲労は拭えない。魔王領に入ってからというもの、緊張からか彼らはほとんど言葉を発していなかった。


 この中で一際目立つのは、金の牙のリーダー・ガノンである。最強の戦士と言われる彼は金髪褐色で、縦にも横にも大きい巨漢だ。そしてもっとも重厚で派手な黄金色の鎧を着ていた。

 金の牙は総員10人の大所帯のパーティーであり、実力的にも冒険者たちの頂点にある。

 そのガノンが、ブルーリングのリーダー・ライネルに声をかけた。


「どうだ、調子は?」


「特に問題はない。敵がまったく現れないから、拍子抜けしているくらいだ」


 ライネルは淡々と答えた。


「しかしよう、トラオがいないと、おまえたちも調子が出ないんじゃないのか?」


 ガノンはその風貌とは裏腹に、お節介で世話焼きなところがあった。その性格であるからこそ、ガノンを慕って金の牙に人が集まるのだが、今のライネルにはそれが煩わしかった。


「トラオがいなくても、ブルーリングには何の問題もない。それともトラオが、商人がいないと何か困ることがあるのか? ガノンだって『商人なんて何の役にも立たねぇ』って散々言ってただろうが」


 その言葉には少し棘があった。


「そりゃよう、最初の話だろう? 商人なんて昔から形式的にある職業で、それで冒険に出るヤツなんて見たことなかったしな。実際、戦闘で役に立つとは思えねぇ。でもよう、トラオを見てたら、ああいうのもありなのか、って思ったわけよ。何しろ気が利いて手抜かりがねぇ。人当たりが良くて、交渉事も得意ときている。要は俺たち冒険者に欠けたものをすべて補える役回りだ。おまえたちだって、いてくれた方が何かと良かっただろう?」


「別に。人相手なら役に立つかもしれないが、魔物どもが相手なら必要ない」


 ライネルの返事はそっけない。


「まあそうだけどよう、わざわざクビにすることはねぇだろうよ。それも盗賊を雇って、クビにするネタまで探すなんてよう」


 ガノンは表にも裏にも顔が広く、人脈が豊富だった。ライネルはそのガノン経由で盗賊を雇い、トラオの身辺調査をさせて、ガーネットとの繋がりを掴んだ。


「トラオは魔王討伐に強硬に反対していた。あいつがいたら、ブルーリングはこの討伐チームに加わることができなかった」


「でもよう、おまえたちだって本当はこの作戦が上手くいくとは思ってないんじゃねぇのか?」


 ライネルはガノンを睨みつけた。ガノンはその視線を平然と受けて続ける。


「トラオは冷血な商人野郎だが、ブルーリングのことは何より大切にしていた。どれだけ反対しようと、おまえたちが行くと決めたら、一緒に付いてきただろうさ」


 それなのにわざわざトラオを追放したことを、ガノンは不思議に思っていたのだ。


「それは無理というものですよ、ガノンさん」


 そこに口を挟んできたのは、ライネルの側を歩いていたシエルだった。彼女は念願だった可愛らしいデザインの神官服を着ていた。


「トラオには家族が3人もいるんですから、連れて来てはダメなんです。これは独身者の楽しいピクニックなんですからね」


「家族? ガーネットの連中のことか? あいつらは女だけだがしっかり鍛えられてるし、将来性もある。最初見た時は、小娘ばかりで冒険者としてやっていけるのかと思ったもんだが、まさかトラオが後ろについていたとはな」


 ガノンはガーネットのことを高く評価しているようだった。


「家族っていうか、将来の嫁を自分で育ててるんだろ、トラオは」


 そう揶揄したのは、シエルと寄り添うように歩いていたルイーズだ。


「商人だから自分の嫁も先物買いしたんだよ、あいつは。こんなに良い女が近くにふたりもいるのに、若い女を3人も囲い込んでいるんだから、とんでもないヤツだ」


 きついことを言っているようで、その声は明るく冗談であることがわかる。

 

「ちがいねぇ」


 ガノンは大口を開けて笑った。その笑い声を聞いて、チーム全体の雰囲気が和らぐ。


「しかしよう、トラオがガーネットと繋がっていることがわかったのは、おまえらが盗賊に調査させた後だぜ? そもそも、おまえらはトラオを連れてくる気はなかったんじゃねぇのか?」


「あいつはいつも正しい」


 ライネルが答えた。


「トラオが無理だと言ったら、無理なんだよ。あいつの言う通りにしなくて痛い目にあったのは1回や2回じゃない。だから、俺たちは大体トラオの言う通りにしてきた。今回もあいつの言う事に従ったほうが良かったんだろうけど、正しければ良いってもんじゃないだろ?」


「そうなのよね」


 シエルがため息をついた。


「トラオの言う通りにしておけば、安心・安全なんだけど、だとしたら、そもそも冒険者になる必要ってあるのかしら、って思うのよね。危険なことをするのが冒険者の仕事なんだから。それに例え間違っていても、やらなきゃいけないことってあるし」


「でもまあ間違ってても、トラオは付いて来てくれるんだけどな」


 ルイーズがきつい顔をやさしく緩めた。


「わたしたちが間違ったことをしても、『しょうがないな』って顔をして、結局は一緒に行動してくれるんだよ。で、一緒に失敗してくれる。冷徹な商人ぶってるくせに、そういうところはお人よしなんだよな」


「なるほど。今回ばかりは一緒に間違えさせるわけにはいかねぇと。だから、パーティーをクビにしたわけか」


 ガノンが納得したような表情を浮かべた。


「そうだ。冒険者が命を賭けるのは、自分が納得した時だけだ。トラオは魔王討伐に関しては、まったく納得していない。だから、あいつは来るべきじゃないと思った。それだけのことさ」


 ライネルは表情なく答えた。


「でもよう、あいつが人が良いのは、おまえたちにだけだぜ? 俺たちのことなんか、金で動く意地汚い冒険者としか思ってないんじゃねぇのか?」


 ガノンの出身国もまた魔王軍の攻撃にさらされている。ガノンだけでない。このチームに加わっているほとんどの冒険者の出身国が、魔王軍によって危機に瀕しているのだ。確かに冒険者ギルドの要請はあった。その冒険者ギルドは各国から圧力を受けていた。報酬も魅力的だ。けれども、彼らがこのチームに参加したのは、それだけが理由ではなかった。


「人が金だけで動くと思ったら大間違いなんだけどな。しかも、出発直前に必要な装備や物資の価格が絶妙な値段に吊り上がったのも、あいつの仕業だろ? まったく、嫌な商人野郎だぜ」


 ガノンは物資の値上がりの原因がトラオにあると見抜いていた。冒険者である自分たちの動きに合わせて、商品価格を上げてくるような人間は他にはいない。


「でもまあ、それも含めて生きて帰ってから、みんなでトラオに説教してやろうぜ」


 その言葉に、チームのあちこちから賛同の声が上がった。

 生きて帰るという言葉に、何の保証も無いと知っていながら。

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