追憶2
リオとリリスとドミニクは同じ街で育った。
リオはその街の領主の娘、リリスは司教の娘、ドミニクは魔導士の娘であり、親同士が仲が良く、同い年で同性だった彼女たちも自然と仲良くなった。
しかし、平和な時は、リオたちは13才のときに終わりを告げる。
魔物たちが跋扈する土地を統一した魔人が現れたのだ。その魔人は魔王を名乗り、自らが支配する土地を魔王領とした。そして、人間の国へと侵略を開始したのだ。
不幸なことに、リオたちの住む国は魔王領の近くに位置していた。そのせいで真っ先に侵略を受けた。
リオの父親は立派な領主であり、魔王軍が迫っているという情報を得ると、数少ない馬車を使って子供を優先して逃がすという選択をした。その中にリオたちも含まれていた。
馬車で逃げたリオたちは助かったが、徒歩で逃げようとした者たちは誰一人として避難先の街にたどり着くことができず、時間を稼ぐために戦った父親たちは戦死を遂げた。
リオたちが逃げた先は、父と親しくしていた領主の街であり、暖かく迎え入れられたが、その街もすぐに魔王軍に狙われることとなる。
こうなってくると、いくら親しかったとはいえ、他の街の避難民をどうにかする余裕はその街にはない。リオたちは自分たちで行動する決断を迫られた。
リオは面識のあった商人と交渉して、逃げる際に手渡された宝石を譲ることを条件に、安全な土地まで送ってもらうことにした。共に行動したのがリリスとドミニクだった。それ以上の人数は、商人の馬車に乗ることができなかったのだ。
そうして落ち延びた先が、ブルーリングが拠点としていた街だった。
多少の路銀はあったものの、生きていくためには金を稼がねばならない。そこでリオたちが選ぼうとしたのが冒険者だった。
リオは父親から剣の手ほどきを受けており、リリスは回復魔法が使え、ドミニクも初歩の攻撃魔法を習得していた。そのため、冒険者として何とかやっていけるのではないかと思ったのだ。
何よりも家族を殺した魔王軍に復讐がしたかった。
こうしてパーティー・ガーネットが結成された。ガーネットはリオたちの国を象徴する宝石の名前から取った。
しかし、年若い娘3人でいきなり上手くいくわけもない。なかなか、依頼が受けられないだけでなく、うさんくさい冒険者たちが勝手に自分たちのパーティーに加わろうとして、指図しようとしてきたことも何度かあった。
こうなると3人とも警戒心だけが強くなり、他人の親切も素直に受け取れない状態になってしまった。
そんなときに現れたのがトラオだった。
「君たちがガーネット?」
冒険者ギルトの広間でリオたちに声をかけてきたのは、愛想笑いが顔に貼りついたような男だった。
「何か用?」
リオがぶっきらぼうな声を出した。なめられないように精一杯の虚勢を張っていた。
「依頼を頼もうかと思ってね」
「依頼?」
直接依頼が来ることなど初めてで、リオはますます警戒を深めた。
「どんな依頼よ?」
「ちょっとした情報収集だよ。やらないなら、話はこれで終わり。僕は君たちに二度と話しかけない」
「内容は?」
「引き受けるなら言う。依頼内容だって機密事項になりえるんだよ? 報酬は金貨1枚だ」
金貨1枚。1日仕事であれば妥当な金額だった。
リオがリリスとドミニクに目をやると、ふたりとも頷いた。それを確認してリオが、
「やる」
と答えた。
「そうかい。じゃあ僕の手を見てくれ」
男の掌には、ある男の職業と名前が書かれていた。
「この情報が欲しい。どんな内容でも良い。ただし、絶対に相手には知られてはいけない」
「いつまでに?」
「3日後」
「わかった」
「僕はトラオ。ブルーリングというパーティーに所属している商人だ。宜しく頼むよ」
ブルーリングというパーティーは有名なので知っていたが、直接顔を合わせたことはなかった。自分たちは冒険者の底辺で、彼らは頂点に近い存在だったのだ。
そこからリオたちは3日みっちりかけて、指定された男の情報を探った。3日かけるほどの報酬ではなかったが、自分たちを指名してくれたことが3人を張り切らせた。
それほど怪しいとも思えない男だったが、その足取りを正確に調べ上げて、トラオに報告した。
「うん。予想以上に良い報告だね」
そう言うと、トラオは金貨3枚をリオたちに渡した。
「僕は商人だから対価はきっちり払う。この情報にはそれだけの労力と価値があった」
思いがけない収入にリオたちは喜んだ。それだけでなく、自分たちの働きがちゃんと認められたのが嬉しかった。
「次の依頼があるけど受ける?」
もちろん、リオたちは喜んで引き受けた。こうして、トラオとガーネットの関係が始まった。
依頼の難易度はどんどん難しくなり、内容も危ないものへと変わっていった。
それでも3人は一生懸命働いた。トラオは必要な装備やアイテムは用意してくれるし、色々な知識も教えてくれる。それに依頼をこなすごとに、自分たちの力量が上がっていくのを感じたのだ。
正直、依頼が本当に役に立っているのかどうかはわからないが、トラオが自分たちのために依頼をしてくれていることだけはわかった。
いつしか彼女たちは、尊敬の念を込めてトラオを先輩と呼ぶようになった。
「先輩、どうしてわたしたちに依頼をしてくれたんですか?」
ある日、リオはトラオに尋ねた。
「僕も昔チャンスをもらったことがあったんだ。それまでは職業・商人というだけで馬鹿にされていたんだよ。君たちも若い女の子のパーティーというだけで、なかなかチャンスがなかったみたいだしね」
「わたしたちへの依頼って役に立っているんですか?」
「もちろんだよ」
トラオは顔をしかめた。
「僕は商人だからね。無駄なお金は使わない」
──
ガーネットがBランクパーティーとして認められてから、トラオの依頼は犯罪紛いの危険なものも含まれるようになった。それに伴い、ガーネットの拠点として堅牢な家屋をトラオが用意した。
しかし、3人は黙々と依頼をこなした。トラオは嘘のない男だった。そのトラオが魔王を倒すと言っている。それを3人は信じていたのだ。
やがてガーネットはAランクに到達し、周囲からの視線も大分変ってきた頃、拠点に来客が訪れた。
扉を2回叩き、1回叩き、3回叩くという、トラオと取り決めた合図。
トラオかと思ってのぞき窓から確認すると、そこに立っていたのはブルーリングの3人──ライネル、シエル、ルイーズだった。
「開けてくれないかな?」
ライネルが朗らかに言った。
「話があるんだ」
リオはどうしていいのかわからなかった。自分たちはトラオの依頼を受けてブルーリングのために活動していたが、トラオからは「他の3人からは理解されない」と言われていたのだ。
「開けよう」
リリスが言った。
「わたし、ライネルさんたちの話を聞きたい」
ドミニクもリリスに同意するように頷いた。
リオは扉を開け、3人を家に入れた。
家に入るなり、シエルがリオたちをひとりずつ優しく抱きしめた。
「ありがとう」
と言って。
久しぶりに人の温かみを感じる抱擁だった。
「君たちのことは調べさせてもらった」
ライネルが話を切り出した。
「正直にいうと、トラオがどこからか情報を仕入れているのはわかっていたし、俺たちの活動がスムーズに行き過ぎているとも思っていた。しかし、まさかトラオが君たちみたいな若い女の子を使っているとは知らなかった。すまなかった」
そう言って、ライネルは頭を下げた。シエルもルイーズも一緒に頭を下げた。
「そんな! やめてください!」
リオが慌てて止める。
「わたしたちはブルーリングが魔王を倒してくれると信じているんです! そのためだったら何だってします! 先輩……トラオさんからも十分報酬は貰ってますし、良くしてもらってます。頭を下げるようなことはありません!」
「トラオは良くしてるだろうね。あいつは何だかんだ言って、甘いヤツだからさ」
ルイーズが優しく微笑んだ。
「そうよね。トラオは悪魔みたいな商人だけど、悪い人間ではないわ。買ってくる装備品は最悪だけど」
シエルも微笑んだ。
ブルーリングの3人の暖かい雰囲気に、リオはほっとしたが、ライネルの顔が真剣なものに変わった。
「そのトラオのことなんだが、俺たちはブルーリングからトラオを追放する」
「えっ?」
リオたちは凍り付いた。
「……わたしたちのせいですか?」
リリスが泣きそうな顔で尋ねた。
「いや違う。俺たちのせいだ。俺たちがトラオを裏切る」
「それはどういう……」
リオはライネルが何を言っているのかわからなかった。
「わたしたちは金の牙の魔王討伐チームに加わるわ」
ルイーズが答えた。
その話はトラオから聞いていた。その試みが無謀だということも。
「恐らく生きて帰れないわね」
「そんな……それをわかってて何で……」
ドミニクが信じられないという顔をしている。
「故郷のリューゼ王国が危ないんだ。このままだと滅びる。俺たちの父や母や友人たちが死んでしまう」
ガーネットの3人は言葉が出なかった。それはかつて自分たちが経験したことだったからだ。
「金の牙の連中も同じだ。今多くの国が危機に瀕している。だから、みんなで魔王を倒しに行って、侵攻を止める」
「……うまくいかないってトラオさんは話していました」
俯きながらリオは言った。
「わかっている。でもやらないと後悔する。それに魔王は倒せなくても、連中を驚かせることができれば、魔王軍を引き返させることができるかもしれない。分の悪い賭けかもしれないけどね」
ライネルがガーネットの3人をひとりひとりを見た。
「君たちならわかるだろう?」
その決意はリオたちには痛いほどわかった。何か言って引き留められるものではないということも。
少しの間、沈黙が流れた後、シエルが口を開いた。
「だから、あなたたちにはトラオのことを頼みたいの。トラオは魔王を倒すことを目標にしてきたわ。計画だと後2年で魔王を倒せるみたいだけど、わたしたちはここまで。後はあなたたちに引き継ぐわ」
その2年でリューゼ王国は滅びる。世界の未来と故国の存亡を比べて、ライネルたちは故国を取った。
リオたちは何も言えなかった。
「気を付けたほうがいいよ? あいつは仲間になったとたん、本性を現すからね。ケチでしみったれた商人の本性が」
ルイーズがわざと明るい声を出した。
「トラオは魔王を倒せる唯一の男かもしれない。俺たちの勝手に巻き込むわけにはいかないんだ。これからは君たちがあいつを支えてやってくれ。ああ見えて寂しがりなヤツなんだ」
そう言って、ライネルは優しく微笑んだ。
「トラオは目的のためなら何でもするわ。ひどいこともいっぱいするかもしれない。それでもあなたたちはトラオを信じて欲しいの」
シエルがリオの手を握った。
「良いことを教えてあげるわ。トラオにはひとつ癖があるの」