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追憶1

 トラオは商人の家に生まれた。

 次男だったので跡取りではなかったが、家は大きな商いをしており、お金は充分に持っていた。

 ただし、商人らしい父親の方針で家は質素倹約に努め、ある意味貧しい暮らしをしていたが、トラオはそれを苦にすることはなく、当然だと受け止めていた、

 トラオは幼いころから目端の利く子供で、早くから商売の真似事を始め、小遣い程度なら自分で稼ぐことができた。

 とにかく先を読むことが上手く、何が値上がりするかを少ない情報で正確に当てることができたのだ。

 父親はそんなトラオに期待し、何であれば跡取りにしようかと考えていた。


 ところがトラオは商人としての才能が有り過ぎた。

 自分が商人として生きて行けば、確実に成功してしまう将来が見えてしまったのだ。

 先の見えた人生というのは味気ない。

 とはいえ、自分に示された人生は商人しかなく、それ以外に生きていく道はないものと思っていた。

 そんなとき読んだ本に、勇者と共に旅した商人の話が載っていた。

 昔いた実在の人物で、商売をしながら勇者と旅をし、商人ならではの金稼ぎや交渉術で勇者の冒険に貢献していたのだ。

 これに興味を持ったトラオは冒険者ギルドのことを調べてみると、今でも職業・商人で冒険者として登録することが可能だと知った。しかも、ちょうど魔物たちが統一されて新たな魔王が誕生し、世界が不安定になった時期でもあった。


「商人として魔王を倒そう!」


 そもそも魔王によって世界が侵略されてしまえば、商売もへったくれもないのだ。であれば、商人としても魔王を倒すことが重要であると考えた。

 しかし、父親たちはそうは思わなかった。


「冒険者として商人に登録するヤツは、商売が下手なヤツがすることで、まっとうな商人のやることではない」


 そう言って、トラオが冒険者になることに反対した。


「魔王を倒さなければ商売が成り立たなくなる」


 とトラオが主張しても


「それは商人の役割ではない」


 と一顧だにしなかった。


 結局、トラオは勘当同然で家を飛び出して、冒険者になった。

 ただし、冒険者ギルドに登録する際に「商人で」と言ったとき、受付の人にとても奇異の目で見られた。

 家を飛び出したとはいえ、十分に金を貯めていたトラオは生活には困らなかったが、冒険者としての仕事はまったく来なかった、というよりも、職業・商人と一緒にパーティーを組もうという冒険者がいなかったのだ。


「商人は良いですよ。お金の運用もできるし、交渉事も楽になります。何より計画的に魔王を倒すことができますよ」


 そう冒険者たちにアピールしてみても、


「金は勝手に使いたいし、交渉なら自分でできる。魔王? 弱い商人に何ができるっていうんだ?」


 と取り合ってもらえなかった。

 たまにお試しで一緒に冒険に同行させてもらえても、雑事で役に立っても、戦闘では役に立てず、


「君は役に立つと思うけど、戦闘で使えないと、うちではちょっと……」


 そう言われて、パーティーメンバーに加えてはもらえなかった。

 冒険者ギルドからも


「商人で登録しているのは君だけだよ。冒険者なんか辞めて、うちで事務員として働いてみないか?」


 などと勧誘を受ける始末だった。

 商人としては優秀なトラオも、さすがにこれにはへこたれた。


(やっぱり商人に冒険者は無理なのか?)


 とうとうトラオは冒険者を諦め、登録を抹消するために冒険者ギルドへと赴いた。

 落ち込みながらも受付に近づいたそのとき、後ろから声をかけられた。


「君が商人の冒険者? 僕のパーティーに加わってみないか?」


 そこに立っていたのは、青い髪の戦士だった。年はちょうど同じくらいだろうか。その後ろには、同じ髪の色をした僧侶の女の子と魔法使いの女の子がいた。


「え? 僕は商人だけど大丈夫なの? 自分で言うのも何だけど、戦闘ではそれほど役に立たないよ?」


 冒険者を諦めていたトラオは自分を売り込むどころか、ついネガティブなことを言ってしまった。


「まったく役に立たないわけじゃないだろ? 一応前衛はできるだろうし」


「それはまあ……」


 トラオはパーティーに入れるようにずっと訓練をしていたため、戦士ほどではないが前衛を務めることはできた。


「それに君はさ、交渉事とかお金の扱いが上手いんだろ? ギルドの人が褒めていたよ」


 日銭稼ぎにギルドの事務仕事をやっていたトラオは、ギルドの人間からの評価が高かった。


「うん、そういうのは得意だけど……」


「うちはね、計画性が無くて、すぐにお金が無くなっちゃうんですよ」


 僧侶の女の子が困ったような顔をした。愛嬌のある顔だった。


「交渉も下手なヤツばかりで困ってたんだよ。すぐにぼったくられてしまうしな」


 ちょっときつい顔をした魔法使いの女の子が言った。


「俺たち3人は幼馴染なんだけど、3人パーティーだと人数が足りなくて困ることも多くてさ。君なら同じくらいの年だし、良いんじゃないかって思ってね」


 青い髪の戦士が言った。


「本当にいいの?」


 自信を無くしていたトラオが念を押した。


「もちろん! 俺たちブルーリングは君を歓迎するよ!」


 これがトラオとライネルたちの出会いだった。


──


 トラオを加えたブルーリングは躍進した。もともとライネル、シエル、ルイーズは期待の若手だったが、金の使い方などの戦闘以外の部分で失敗して伸び悩んでいた。それをトラオが上手くサポートした。

 戦闘でもトラオは前衛で踏ん張り、商人でもやれるということを証明した。


 そんなある日、ライネルが言った。


「今日はみんなにプレゼントがあるんだ」


 彼の手には貴重品を入れる箱があった。


「何に使ったんだい、ライネル? 無駄遣いはあれほど止めてくれと言ったじゃないか」


 トラオがライネルを咎める。


「いやいや、これは必需品なんだぜ?」


 ライネルが箱を開けると、そこには青い金属でできたサイズ違いの指輪が4つあった。


「これは俺たちの故郷の特産品でブルーリングっていうんだ。俺たちのパーティー名の由来でもある」


 トラオはその金属のことを知っていた。リューゼ王国で作られている特殊な加工をした青い金属。綺麗と言えば綺麗だが、それほど価値は高くない。


「それの何が必需品なんだい?」


 トラオにはまったく必要なものとは思えなかった。


「俺たちが仲間であるっていう証明になるだろ?」


 ライネルはトラオの右手を掴むと、その中指にブルーリングを嵌めた。


「ほらっ、良い感じだろ?」


 トラオは手をかざして、まじまじとその指輪を眺めた。

 他の3人も右手の中指にブルーリングを嵌めた。


「そうね、仲間って感じがするわ」


 シエルが言った。


「ライネルもたまには良い買い物をするな」


 ルイーズも気に入ったようだ。


「……そうだね、うん。そうだね」


 トラオが笑った。いつもの愛想笑いではなく、屈託のない笑顔だった。


「確かにこれは必需品だ」


──


 ブルーリングは順調にステップアップし、とうとうSランクに到達した。

 これはトラオの立てた計画通りであり、それによれば、後3年で魔王を倒せるはずだった。


「なあトラオ」


 宿屋に泊まったある夜、ライネルが隣のベッドで寝ているトラオに話しかけた。ブルーリングが宿屋に泊まるときは、男ふたり女ふたりに分かれて、2部屋取ることになっている。


「なんだい?」


「おまえはさ、俺たちじゃなくても魔王が倒せるんじゃないか?」


「どういう意味?」


「トラオは一緒に組んだのが別のパーティーでも、魔王を倒せるんじゃないかって思ったんだよ」


 トラオはライネルの方を見た。彼は天井を見つめている。


「……どうかな? でも僕を仲間にしてくれたのはライネルたちだけだから、僕はブルーリング以外のパーティーなんて考えられないよ」


「そっか」


 ライネルはしばらく黙った後、再び口を開いた。


「もしさ、仮に俺たちがいなくなっても、トラオは魔王を倒してくれよな」


「何で?」


 トラオはベッドから起き上がってライネルを見た。ライネルもトラオの方を向いた。


「仮に、仮にの話さ。ただまあ、魔王は倒さないと、みんな困るだろ?」


「それはそうかもしれないけど……」


 少し考えた後、トラオは言った。


「でも大丈夫だよ。僕がいれば、ライネルたちを危険な目になんか絶対あわせないから!」


「……そうだな。おまえはいつも正しいからな」


 ライネルは独り言のようにつぶやいた。



 トラオを追放する1年前のことだった。

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