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その12

 トラオ率いる勇者部隊は魔王領を難なく進んでいた。

 獣王軍が進軍した後をついていっただけなので、邪魔する者もなく、何の障害もなかった。


「何かこう、想像してた魔王討伐とは違うね。人数もすごく多いし」


 リリスがドミニクに囁いた。


「そうだね。金の牙の人たちのときみたいに途中で戦いになると思っていたけど、獣王軍が全部やっちゃったみたいだね。これも先輩の計算の内なんだろうけど」


 ドミニクはトラオの先見の明に舌を巻いていた。あの失敗作のポーションから、ここまで状況を作れるとは、まったく思っていなかったのだ。


──


 トラオたちは、あっさりと魔王の城に到着した。

 あちこちに獣人と魔人が倒れており、生き残っている者は少ない。

 その数少ない生き残りを、勇者部隊は容赦なく倒した。


「後腐れのないようにね」


 そう言って、トラオは自分が唆した獣人たちのひとりを斬った。トラオの冷徹な面が垣間見える。

 そのまま、ほとんど抵抗らしき抵抗はなく、魔王がいると思われる玉座の間の扉に到着した。


「ここまで容易く到着できるとは……」


 引き連れてきた勇者部隊のひとりが喘ぐようにつぶやいた。

 魔王を倒す道中がこんなに楽になるとは、トラオ以外、誰も想像していなかったのだ。


「魔王を倒すんだから、無駄な戦いは避けて、万全のコンディションで挑むのは当然だよ」


 当たり前のようにトラオは言った。

 そして、扉に手を押し当てて開け放った。


「何だ、おまえらは?」


 そこにいた魔王は今まで見たどの神よりも巨大で、禍々しいオーラを放っていた。

 眼が6つ、腕も6本あり、それぞれの腕に別々の武器を持っている。


 未だかつてない恐怖が()()()()()()


(何故、わたしを討ちに来る者がそんなに大勢いるんだ? しかも、全員が伝説の武器と防具を装備しているだと? どうなっている? おかしいだろう!)


 魔王を倒す人間の勇者の英雄譚は、今までに幾つも語り継がれている。そのすべてが4人程度の勇者パーティーが魔王を討つというものだった。それが伝説であり逸話だった。

 バストゥーザも自分を倒す者が現れるのであれば、そういった形になるのだと思っていた。無論、敗北するつもりは毛頭なかったのだが。

 ところが目の前には、想定の20倍を超える人数が押し寄せている。しかも全員が完璧な装備を揃えていた。おまけに自分の部下は誰も残っていない。


「くっ、かかってくるがいい。貴様らに絶望を教えてやろう!」


 一応、そうは言ってみたものの、バストゥーザのほうが絶望状態である。

 バストゥーザが6本の腕を構えた。そのうち2本の腕は異なる杖を持っており、ふたつ同時に魔法を詠唱することができる。その2本の杖が魔力を帯びた。


「魔王に魔法は通じない。魔法使いたちは魔法防御に全力を尽くしてくれ」


 前もってトラオがそういう指示を出していたので、ドミニクを中心とした10人ほどの魔法使いたちが、全力で魔法障壁を展開する。


「死ねっ!」


 バストゥーザが黒炎と黒雷を同時に発動させた。強力なその魔法はいくらか魔法障壁を貫いたが、勇者部隊が装備している盾によって完全に防がれてしまった。


「馬鹿げている! こんな馬鹿なことはない!」


 バストゥーザが叫んだ。防御に専念する魔法使いが10人もいることがおかしいのだ。しかも、全員があの女神の盾を装備している。これではいくら魔法を撃っても効くはずがなかった。


 今度は人間の戦士たちが10人程じりじりと距離を詰めてきた。用心深く慎重に。


「鬱陶しい!」


 バストゥーザは剣、斧、槍、鎌をそれぞれ持った4本の腕で攻撃を加える。

 すると戦士たちはすぐに間合いを外して逃げていく。真正面から戦う気がないようだ。

 だが、その隙に別のグループの戦士たちが側面に回り込む動きを見せた。


「こざかしいわ!」


 そのグループにもバストゥーザは攻撃を仕掛けるが、あっさりと攻撃範囲から逃れていく。

 そしてさらに別の戦士のグループが死角を突こうと、バストゥーザに接近を図った。


(キリがない)


 戦士は10人ずつ3グループに分かれ、こちらの攻撃範囲ギリギリを狙って、接近を試みるつもりのようだ。

 しかも、相手の戦士たちはまだたくさんいる。恐らく負傷するか疲れたところで入れ替わるのだろう。


 バストゥーザとて馬鹿ではない。いや、馬鹿では魔王は務まらない。相手の意図ぐらい読み取れる。だが、読み取ったところで、どうにもならない状況に追い込まれていた。

 相手は慎重に動くので、思うようにダメージが与えられない。与えたところで10人いる僧侶たちが、すぐに回復呪文を飛ばしてくる。呪文が間に合わなければ、他の人間が惜しげもなく回復アイテムを使ってくる。


(自分は一体何と戦っているのだ?)


 バストゥーザは、蟻の大群に身体を蝕まれるような錯覚を覚えた。戦っている手ごたえがない。自分だけがじわじわと削られていくだけだ。


 時間だけが過ぎていく。勇者部隊はグループを入れ替えることで、間断なく戦闘を仕掛けていく。

 バストゥーザは驚異的な体力を持っているが、それでも体力と共に精神も削られ、次第に動きが緩慢になっていった。傷も小さいものが少しずつ増えていく。

 そしてとうとうその時が訪れた。


「やぁぁぁっ!!」


 裂ぱくの気合の声と共に、リオがバストゥーザの斧を持っていた腕を斬り落とした。

 武芸の神クサナギの加護を受けたリオは、常に戦士たちをリードする中心的な役割を果たしていた。


「くっ!」


(このままでは均衡が崩れてしまう。せめてこの赤髪の娘だけでも仕留めなければ!)


 そう考えたバストゥーザが6つの眼を光らせて、即死の呪いを発動。リオの命を狙ったが、妖精の鎧の加護でその効果を防がれてしまう。


「ふざけるなぁっ!」


 なりふり構わず、鎌を振るう。この鎌には相手の防御を無視して、直接ダメージを与える能力があった。

 盾で防ごうとしたリオだったが、バストゥーザが能力を発動させて、鎌は不可視の刃となり、リオの身体を斬り裂いた。

 バストゥーザは確かな手ごたえを感じた。しかし……


「神の癒しを!」


 僧侶たちの中でも一際強い力を持つリリスが、すぐさま回復魔法を発動。一瞬でダメージを無かったものにしてしまう。


(あの娘の癒しの力は妖精の加護によるものか!)


 バストゥーザは戦士たちの後方に控えているリリスを睨んだが、力を及ぼすには間合いが遠すぎる。


「鎌に気を付けろ! 盾を無視してダメージを与えてくるぞ!」


 トラオが全員に指示を出す。


「こんな馬鹿げた話があるかっ!」


 バストゥーザはリリスを狙って、ふたつの魔法を発動させたが、途中で展開された魔法障壁によってことごとく防がれてしまう。フードを被った娘の魔法障壁が強力なのだ。


「そこまでの力を持っていながら、何故この人数を揃えたっ!」


 さらに一本の腕を斬り落とされ、バストゥーザは咆哮した。あまりにも理不尽だった。戦士、僧侶、魔法使いの3人の娘がいればある程度戦えたはずだ。バストゥーザにだって勝機はあった。こんな人数を揃える必要がどこにある?


「博打は嫌いなんですよ」


 背後から男の声が聞こえた。

 バストゥーザは背中を剣で斬られる感触を覚えた。


「……おまえは……誰だ……」


 その声の主こそが、すべての黒幕であることを確信したバストゥーザは振り向こうとした。

 だが、そこに戦士たちが総攻撃を加える。


「商人です。ただの」


 その声が届いたのかどうか。身体中を切り刻まれたバストゥーザはついに斃れた。



 倒れた魔王は入念にとどめが刺され、魔王討伐は成った。

 歓声を上げる勇者部隊のメンバーたち。


 しかし、トラオだけはいつもの愛想の良い表情を消して、ただ右手を固く握りしめていた。


「先輩」


 リオがトラオに声をかけた。


「もし、わたしたちじゃなくて、ブルーリングのパーティーで魔王を倒そうとした場合、同じ手段を取ったんですか?」


「……いや」


 トラオはリオから目を逸らした。


「4人だけで倒すつもりだったよ」


──


 魔王討伐の報はすぐに各国に届いた。

 残るふたりの四天王の軍もポーション中毒者による内乱で力を削がれ、各国の軍の反撃にあい、瓦解していった。当然四天王たちは強力だったが、トラオ率いる勇者部隊によってあっさり討たれた。


 各国の王たちは勇者部隊を結成したトラオを褒め称え、褒賞を約束した。

 それに対して、トラオは勇者らしい謙虚な態度は一切取らず、何の遠慮も無く金や利権を求め、王たちは辟易したという。


 この後、トラオは冒険者を引退し、世界一の商人として名を馳せるようになる。

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