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※拍手の方で「登場人物紹介があれば……」というお声を頂いたのでこそこそと作ってみました。わりと勢いに任せた部分があるのでまた時間を見つけて随時修正していく予定です。

※※ってさもできる奴みたくカッコよく言ってみたけどたぶん登場人物紹介ってコレジャナイ感が強い(真顔)


 

 アビゲイルはこれからグラン・メリル=アンの美術展示室ロング・ギャラリーで開催されている展示会に用があるということで、コニーとは星の間で別れることになった。彼女はその去り際に思い出したように振り向くと、「何か困ったことがあったらいつでも言うのよ!」―――そう高らかに宣言して、とびきりの笑顔をコニーに向けた。



◇◇◇



「コンスタンス・グレイル?」

 正門に続く一般向けに開放されている中庭を歩いていると、ぐいっと腕を掴まれた。驚いて振り向けば、癖の強い赤毛につり目がちな緑灰の瞳を持った女性がコニーを覗き込んでいた。年の頃は二十代をいくらか超えたといったところだろうか。青白い肌にはそばかすが散っている。

「ああ、やっぱり!ちょっと話を聴かせてもらってもいいかしら?この前のグラン・メリル=アンでのことなんだけど―――」

 何の脈絡もなしに突然捲し立てられて面食らう。

「あ、あの、どちら様でしょうか……?」

 思わず被せるようにして訊ねると、赤毛の女性は目を瞬かせた。それから、ああ、と口元を皮肉気に歪める。

「―――アメリア・ホッブス。メイフラワー社の記者をやっているの。もちろん見ての通り庶民だけど、そのせいで失礼に感じてしまったのかしら?何なら名刺もお渡ししましょうか、レディ」

「いえ、その」

「別に私が記者だからって態度を改めなくってもいいのよ。あなたがどれだけ偉そうにしていても、愛想を振りまいたとしても、私の記事には全く関係ないもの。好きなようにしたら?」

 明らかにこちらを小馬鹿にするような態度だ。デボラやセシリアならともかく、見知らぬ他人からの悪意に思わず体が強張った。

「それで、あなた、いつからスカーレット・カスティエルに憧れているの?」

「は、い……?」

「それってやっぱり、誠実のグレイル、とかいう勲章に対する抑圧?良い子ちゃんは疲れちゃった?でも、そもそもあなたのご先祖様も十年戦争で相当えげつないことをやっていたみたいだけどその点についてはどう思っているの?というより、あなた達の言う誠実って、結局自分の欲求を譲らないってことなのかしら?それは誠実ではなく我儘とか頑固とかいうものだと思うんだけど。それをご大層に誠実だとか言われてもねえ。……ああ、そう言えば、テレサ・ジェニングスが死んだけど、それについてはどう思った?嬉しかった?それとも彼女ばっかり記事に取り上げられて悔しかった?」

 コニーはぽかんと口を開けてアメリアを見た。

「やっぱりあなたみたいに自己顕示欲の強い子は悔しいと思うのかしら。私にはちょっと理解できないけど、きっとそうよね。うーん、興味深いわ。あとはランドルフ・アルスターとの婚約のことだけど―――彼とはもう寝た?」

「はへ!?」

 とんでもない爆弾発言を投下され、頭のてっぺんから素っ頓狂な声が出た。

「あなたみたいなタイプって、意外と貞操観念低そうだもの。違う?ああ、婚約者に逃げられてるんだっけ。どうせならあのお堅そうな死神閣下の床事情も押さえておきたいと思ったんだけど、まあ、それはおいおいね。そうそうリュシュリュワの()()()()()と言えば建国時から非人道的な黒い噂もあるようだけど―――」

 ―――このひとは、いったい、なにを言っているのだろう。

 頭が真っ白になって何も考えられない。言葉の洪水に呑み込まれてしまいそうだ。

「―――そのくらいにしておいたら、アメリア」

 コニーがその場に呆然と立ち尽くしていると、ふいに、音がやんだ。いつの間にか眼鏡をかけた背の高い男性がアメリアの隣に立っていた。

「今日の目的は小宮殿で行われている展示会のインタビューだろ。主催者が待っている。もう行こう」

「そんなの別にいつだって―――」

 アメリアが鬱陶しそうに首を振る。男が困ったように眉を下げた。

「いいかい、アメリア。僕はマーセラから君がこれ以上問題を起こすようなら編集長に言って部署を変えてもらうように言われてるんだ」

 赤毛の女性は一瞬口をつぐんだ。それから悔しそうに男を睨みつける。

「わかったわよ。……また後で話を聴かせてちょうだいね、コンスタンス・グレイル。もちろん()()に対応してくれると信じているわ」

 そう言うとヒールを鳴らしながらグラン・メリル=アンに向かって行った。


 残された眼鏡の男性が、申し訳なさそうにコニーに向き直る。

「同僚が失礼を。彼女はどうも仕事のこととなると周りが見えなくなってしまうみたいで……」

「いえ……」

 男はいかにも気の弱そうな、優しそうな顔立ちをしていた。おそらく三十手前くらいだろうが、手入れのされていないぼさぼさの髪も、わずかに丸まった猫背も、ついでに言うなら草臥れた背広も、どことなくしょぼくれた印象に拍車をかけた。おそらく日頃からアメリアに振り回されているのだろうと容易に想像がつく。

「僕はオルダス。メイフラワー社のオルダス・クレイトンだ。また何かアメリアが迷惑をかけるようだったらここに連絡を」

 オルダスはそう言うと懐から名刺を取り出し、アメリアの後を追うように足早に去っていった。



「なに今の……」

 あまりのことにしばらく思考が停止する。茫然自失としていると、スカーレットが肩を竦めた。


『猫にでも引っかかれたと思うのね』



◇◇◇



 珍しい訪問客がやってきたのは、それから二日後のことだった。


「コニー!」

 そう言って応接間の長椅子から腰を上げたのは、ゴシップ好きの子爵令嬢ミレーヌだった。顔を合わせるのはグラン・メリル=アンの夜会以来だ。ミレーヌはちょっぴり無神経だが意地悪ではないので、一応友人という区分である。

 彼女は挨拶もそこそこに文字通りコニーに飛びついてきた。

「コニー、あなた、アメリア・ホッブスといつ会ったの!?」

「会ったというかむしろ今一番会いたくない人物だけどそれがどうした」

 思わず真顔になる。嫌な記憶を思い出してしまったではないか。するとミレーヌはポーチから何やら丸まった小冊子を取り出した。

「だって、記事になっているもの!この子爵令嬢Cってあなたのことでしょう!水臭いわね、何で言ってくれないのよ!?私、彼女の大ファンなのよ―――!」

 ぽんぽんと投げつけられた言葉を反芻すると、コニーはゆっくりと首を傾げた。


「……()()?」




 ―――その記事によれば、


 曰く、子爵令嬢Cは幼い頃から両親の理想を押しつけられ、また自身も周囲の期待に応えようとしてきたが、その反動で悪に傾倒するようになってしまった。

 曰く、特にかの大罪人スカーレット・カスティエルに並々ならぬ執着を持ち、彼女の生き方に自身を投影した結果、ある夜会をきっかけにスカーレットの振舞いを真似るようになる。そこでまんまと注目を浴びることに成功し、承認欲求が満たされたCは、そこから次々と悪行を重ね、伯爵Aとの婚約までこぎつけた。

 曰く、しかし、その裏では罪のない第三者を争わせ自死にまで追い詰めたり、人身売買に関わったり、さらには禁止されている幻覚剤を使って日々乱交を繰り広げているという―――




 ―――誰だ、これ。



 コニーは額に手を当て低く呻いた。


「ちょ、これ、でたらめ……!恐ろしいほどに、でたらめ……!」

「あ、やっぱり?」

 ミレーヌは苦笑した。

「メイフラワー社の刊行物じゃないし、執筆者もアメリア・ホッブズじゃなくてアンソニー・ハーディーになってたから疑ってたのよね。それってあまり大っぴらにできない記事を寄稿した時のアメリアの別名義なの。陰謀論とか。後はまあ、そもそも、コニーだし。予想はしてたけど、うーん残念。ファンだったんだけどなあ、アメリア・ホッブス。まさに働く女性の星って感じで。手本にしようと思ってたのに」

「手本?」

 コニーが首を傾げると、ミレーヌは記憶をたどるように何度か瞬きをした。

「あれ、言ってなかった?私、将来は結婚せずに記者になろうと思っているのよ。第一希望はもちろんメイフラワー社」

「そう、なの……?」

「うん。数年前から父の事業が赤字続きでね。しかも困ったことに我が家は私も含めて未婚の娘が4人もいるのよ。全員がお嫁に出たら持参金で破産しちゃうわ。まあ、だから、私たちのうちの誰かが上級貴族のお屋敷で侍女として働くか、修道院に行くかって話だったんだけど」

 何でもないことのようにあっさりと告げる。

「それなら私は好きなことをして自立したいと思ったのよね。リリィさまのお陰で貴族令嬢が外で働くことへの風当たりも弱くなったし―――ってどうしたの?」

 コニーは、ぽかん、と口を開けてミレーヌを見つめていた。

「……ミレーヌが、意外とちゃんとしてて、びっくりした……」

 呆然と呟くと、ミレーヌは揶揄するような視線を寄越した。

「だってあなたが言ったのよ、コンスタンス・グレイル。昔、私が噂話ばっかり追いかけてたら、そんなに好きなら記者にでもなったらどうなの―――って」

「いやだってそれは」

 言った。確かに言った。覚えている。ドレスよりも砂糖菓子よりも噂話が好きな友人をからかって。でも、そんなの、他愛のない冗談に決まっていたのに。

 言葉をなくしたコニーを見て、ミレーヌはおかしそうに噴き出した。

「わかってるわよ。でもね、あの時みんな私のことを白い目で見るばかりで、冗談でもそんなこと言う人はいなかったから―――」



 ―――自分が認められたみたいで嬉しかったの。



 そう言うと、ミレーヌ・リースはひどく大人びた表情で微笑んだ。



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