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 王太子殿下が気分を変えるような口調で笑いかけてきた。


 「トライオット方面に関して、卿も何か良い案があれば申し出てくれ。そういえば卿は何か職人を必要としているそうだな」

 「はっ。新しいと言うか、改良版の武器と道具を少々構想中でして」


 トライオットと言うかゲザリウスとか言う奴の件に関してはその場ですぐ回答を求められなかったんでひとまず安心。さすがに情報を整理してから考える時間も欲しいし。ただこの件ではゲームの知識をあまり当てにできない気がする。

 その辺りも全部ひっくるめて考える時間が欲しいけどとりあえず後回しだ。


 「その件に関しましては、後日お時間をいただければと思います」

 「解った。三日後に時間を作ろう」

 「ありがとうございます」


 ちらりと王太子殿下が傍に視線を向けてから頷く。スケジュール管理する側近とかに指示したんだろうなあれは。それはそれとして気になっていた件も確認させてもらおう。


 「ところで、アーレア村の村長の件なのですが……」

 「ああ」


 殿下にしちゃ珍しい苦笑交じりの表情。思わず問い直してしまう。


 「何かありましたか」

 「村長から弁解の書状が来たそうだ。見てもいないがね」


 ま、まあいちいち地方の村レベルの問題対応を王太子殿下がしているはずもないか。法務の下部組織あたりで処理したんだろう。


 「その件に関しては(ラウラ)からも書状が陛下宛に届いていてな」


 訂正。逆に話でかくなってないか。村でのトラブルなんて普通はその地域の貴族領で処理されるレベルだぞ。今回は勇者の家族とか王家の面子も絡んだ内容だから王都で処理するのはしょうがないけど、本当に王様の耳にまで行っちゃいましたか。

 こうなっちゃうと逆に軽い処分は下りないだろう。なお同情はしない。


 「ラウラは普段礼儀正しいが、あれで気さくなところもある」

 「あの中庭でご一緒させていただいた時にそう思いました」


 正確にはゲームでよく知ってるけど。親しみ持てるお姫様キャラだったもんな。


 「そのラウラから、外交書類のような最初から最後まで礼儀正しく書法と文法に則った長文の書状で、丁寧かつ徹底した調査を希望された。陛下が熟れすぎた果実を口に入れたような顔をしておられたよ」

 「うわ……」


 非礼にも思わず声が出てしまったが殿下も苦笑して聞き流してくれた。申し訳ないです。

 と言うかそれ怒り狂っての詰問状とか、そういう空気の書状ですよね。行間から怒りがにじみ出てるような。そこまで話が大きくなってるのに俺が口を挟むと逆に面倒な事になりそうだ。


 「お手を煩わせてしまい恐縮です」

 「国にも隙と非があったことだ、卿が気にすることではない。それと卿は留守の間、孤児や難民に王都で何をさせていたのだ?」


 うぐ、そっちもお見通しですか。フィノイから王都に戻ってくるまでの数日で王都内の魔族を洗い出してるぐらいだし、調査能力相当高いから当然か。

 まあ隠すような事でもないんで、ここで説明して内々に許可をいただいておこう。タイミング的にはちょうどいいしな。


 「実は、少々考えていたことがございまして……」




 王太子殿下への説明を終え、執務室でノイラート、シュンツェルと合流。ノイラートにはお使いを、シュンツェルには後刻に訪ねる相手に先触れを頼んでから、ちょっと予定を変更して魔術師隊の建物に向かった。

 魔術師隊の研究所は外壁にでかい穴が開いていて思わず声を上げてしまう。ゲームだと外壁破壊とかイベント以外では無理だし。あれがゲザリウスとやらのやった事だとすると結構な馬鹿力がありそうだ。


 建物の周囲にいる警備兵に質問をして、目的の相手がいないことが分かったんで魔術師隊の建物ではなく城内の治療施設に向かう。入り口で手続きをしてから入場だ。

 この手続きは騎士や貴族が怪我や病気で肉体的にも精神的にも参ってるときに変なのが近づいて来ると困るんで、割と厳重だったりする。時には立ち合いと言う名目で監視が付くことさえあるらしい。セキュリティも大事。

 とりあえず俺は身元もしっかりしてるんで普通に許可を貰い目的の部屋にたどり着く。


 「これはヴェルナー卿、わざわざありがとうございます」

 「フォグト卿、お見舞いに伺いました」


 一礼して相手の様子を見るとそれほどひどい怪我ではなかったようだな。一安心だ。


 「いや、酷い目にあいましたよ。いきなり建物全体が揺れたかと思うと棚から一斉に物が落ちてきまして」

 「それはご愁傷様です。ですが大怪我ではなかったようで安心いたしました」


 ノイラートに手配してもらったお見舞いを差し出しながら応じる。外壁をぶち破られたら建物も揺れるわな。しかしあの建物の外観と内部で壁が壊れたら強度大丈夫なんだろうか。ファンタジーだから大丈夫なんだろう。うん。


 「私はいいのですがポーション系の研究者はだいぶ酷い事になったようです」

 「瓶は危ないですからねえ」


 ついでに言えばガラスは高価だ。けどむしろ割れた瓶の中身が床の上で混じって変な変化が起きなくてよかったなと思うが、ひとまずありきたりな返答をしておく。そして本題。


 「ところで、怪我をされているところで恐縮なんですが」

 「何でしょうか」


 フォグトさんもただの見舞いだとは思ってなかったんだろう。俺の発言にすぐに応じてくれた。


 「例えば発熱とか、送風とかの魔石を暴走させるって事はできるんですか?」


 以前セイファート将爵から魔道ポンプの暴走って話を聴いたときから気にはなっていた。ポンプの暴走ってのは機構面の暴走なのか、魔石の魔力が暴走しているのか。

 もちろん普段使う魔石サイズが暴走したって大したことにはならないかもしれないが、方向性はつかめるかもしれない。俺の問いにフォグトさんは不思議そうな表情を浮かべた後、顎に手を当てて考え込んだ。


 「……わざと暴走させたことはないのですが、可能ではあるかと」

 「ほう。だとしたら、こういうことはできますか?」


 俺の質問にフォグトさんもノイラートやシュンツェルも何を考えているんだこの人はって表情をされてしまった。だけどこいつはいざと言う時に有効になると思うんだよな。とりあえずその方向性の研究をお願いしておく。


 この後に今度は近衛の執務棟に向かい、時間を取ってもらっていた近衛団長とゴレツカ副団長に顔合わせを兼ねてのご挨拶。なんせ今まで縁がなかったと言うかほとんど知り合う理由がなかった相手だからな。向こうも快く応じてくれたのはいい人たちだと思う。

 表情の選択に悩んだのは魔将戦で先走った連中が「ツェアフェルトにばかり手柄をあげさせるな」と言っていたらしいという事だった。卿に責任はないと言ってもらえはしたが、何と言うか複雑である。手柄なんか欲しきゃくれてやるって気分なんですよこっちは。

 ついでに副団長に未完成段階ではあるけど表を手渡しておく。使われなければそれに越したことはないが、使うときには役に立つだろう。やたら興味を持たれたがまだ実験中ということで早々に逃げ出させてもらった。それやこれやを午前のうちに済ませて執務室に戻る。無駄に広い城内が恨めしい。




 執務室に戻り、書類整理の内、最優先で済ませなきゃいけないものを手早く済ませる。今日は寄りたいところがあるのでさっさと退去させてもらおう。むしろ寄りたいところの場所確認の方が大変だ。

 論功行賞とかの書類業務の合間に、頭痛を堪えながらミミズがのたくったような字で書かれている孤児院からの日報で必要なところだけを確認する。やっぱり裏街(スラム)の近くにいるっぽいな。


 ちなみに大臣とかの昼飯は軽めの物を執務室でとるのが普通。なんだかんだで忙しいから。同僚とか他の貴族のお誘いがあった時は別だけど、その場合は複数ある専用の昼食室を使う。会議室との違いは主に広さと壁で、昼食室には風景画とかが飾ってあり多少なりともリラックスできるような配慮がされている。王家とか貴族とかが芸術品を抱え込んでいるのはこういう所に飾るためでもあったり。大人数が集まると殺風景な会議室でってこともなくもないのかな。

 西の二番昼食室は何とか伯爵のお気に入り、なんて不文律もたまに発生するのは、打合せの多い貴族が移動しやすい部屋を事実上独占することがあるから。あと外務大臣は専用の昼食室があった気がする。扉や窓が二枚重ねになってる防音室が。


 そのため、昼飯時は各大臣の執務室近辺とか昼食室付近ではメイドさんとか使用人が昼飯を乗せたワゴンをそれぞれの執務室とかに運んでいるんで、廊下に出ると腹を減らす匂いがすることになる。

 普通、厨房は地下か半地下にあるから俺のいる三階の廊下までは人力の食品用エレベータでワゴンごと持ち上げる。魔石を使わないのか、と思ったがそういう所に第一線を退いた衛兵とかが再就職してる例もあるらしい。なるほど、力はあるだろうし。

 王宮って働いてる人がたくさんいるなと思うだろうが、単純に広くて部屋が多いって理由のほか、各部屋ごとに担当が複数いるからどうしたって人数は増える。ただこれはセキュリティの面もあり、大臣の執務室ぐらいになると器物管理の責任者とかまでいて、棚のカギとかも壊れてないか毎日チェックされている。なんにでも一応理由がある。


 余談だが年を取った軍務経験者が役所的なところに再就職する例は結構多い。軍務は意外と出会いの機会がないんである程度の年齢、下手すると五〇代半ばぐらいの定年まで独身の人も珍しくないからだ。皮肉だが軍ってのは健康管理がしっかりしてるんで中世では例外的に寿命が長い。

 で、兵士や衛兵は宿舎で担当の人間が準備していた飯が出るから軍のうちはいい。入隊してから五〇代まで、遠征を除いてほとんど食事を作ったことがない男性がいきなり定年で街にほっぽり出されると、まず何を食べるのかを決めるところから始め、それを自分で準備するという生活にショックを受ける。そういう人が飯の出る仕事に再就職を求めてくるわけだ。

 中世舞台の物語で、結構老人の兵士とかが登場するのは別に定年がないわけじゃなくて、一〇代前半で軍務に就いて、そういう所でしか生活できない人生だった人もいるということ。貴族って貴族に生まれるだけで恵まれてるよなあ。


 書類はやれる範囲でやることを済ませ、父にあらかじめ断りを入れて早めの退去。いつものじゃなく一般兵が使うような鞘を選んで腰に下げる。今日は理由があって財布が重い。伯爵家の予算も借りてるんで父の目が痛いぜ。

 あまり遅くなるなと釘を刺されたが子供じゃあるまいし。早く見つかれば寄り道はしないで帰る予定だが。軍務だけじゃなくて領内の見直しもしないといけなくなったから明日から忙しいのはしょうがない。アーレア村みたいな事態がうち(ツェアフェルト)にあったら笑えないからな。査察・監督をしている人材の配置を少し見直そうと父にも提案中。

 こういう時は伯爵家代官としての子爵の肩書きが重い。はあ。


 どうでもいいんだが時々すれ違う貴族や使用人やメイドさんがこっちを見てひそひそ話しているんだが知らんふりをしておく。陰口って感じではないのが救いだが胃が痛い。

 俺、マゼルが魔王を倒したら領地に引きこもろうかなあ。

ご意見やご感想、ご助言、ご声援、本当にありがとうございます。

爬虫人のルビに関しては作中限定と言うことでこのまま行っちゃいます。

実のところ結構リアルの方がかつかつで文章の修正もままならず…

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