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たくさんの感想、評価、ブクマありがとうございますっ!

リアルが忙しい中で本当に更新のためのエネルギーを戴いております!

 結局父の帰宅は深夜になった。それまでに何度か遠くの方で小さな振動のようなものを感じることはあったが、問題発生の報告もなかったし館の方で何か騒動とか言うこともなかったんで俺としては一安心である。

 後で知ったが相当大規模に騎士団や衛兵が動いたようだ。市民への被害は最小限で済んだのが救いか。流石に王都の衛兵、質が高い。

 ただ事後処理やほかにも潜り込んでいる魔族がいないかとか、しばらく騒動は続きそうな気配である。とは言えそれは担当者や専門の人間がやることだ。何でも俺ができるわけじゃないし、やる必要もない。


 それはそれとして戻ってきた父とはいろいろ話をしなきゃならん。いやほんと報告する内容ありすぎだわ。


 「戻ったか、ヴェルナー」

 「父上もご無事のお戻り、何よりです」

 「うむ。本日はもう大丈夫であろうよ」

 「解りました」


 リリーさんに上着を預けつつ俺に声をかけた父に応じ、父の後ろから入ってきたマックスにも軽く頷く。どうせ父はこれから屋内着に着替えるんだからその分時間はある。屋敷の奥に向かう父を見送ってからマックスに向き直った。


 「ご苦労だった。王城の方は」

 「詳しくは申し上げられませんが問題も発生いたしました」


 マックスの返答に軽く眉をしかめる。どうやら貴族家騎士団長あたりには緘口令が引かれるようなことがあったようだな。後で父に聴けばいいか。


 「解った。街の方はもう落ち着いているのか」

 「おおよそは」

 「よし、オーゲンたちにも警戒態勢の解除を通達。気が付いたことがあれば明日以降、三日以内に連絡を。書面での提出も許可する」

 「はっ」


 その他こまごまとした指示を出しながらも半分は先送りだ。電気のないこの世界、夜間にできる事なんかどうしたって限られるし。夜の街を行き来するだけでも前世とのリスクの差は大きいからな。前世日本の治安はこの世界から見れば異常。

 非常時ならともかく一応の事態収拾が見えたのであれば無理に何かをやる必要はないだろう。


 「マックスも最低限の処理が終わったら休んでくれ。ご苦労だった」

 「はっ、ありがとうございます」


 細かいことはマックスに任せる。つまりマックスはもうしばらく休めないって事なんだが、細部の処理とかは慣れてる人間に任せた方が早いのも確か。半人前が口出ししてトンデモ指示になるよりよほどいいだろう。

 俺としては父にはいろいろ聞きたいこととかあるし。




 父が屋内着に着替えて恐らく茶を一杯飲んだぐらいの時間が過ぎてから執務室に呼ばれた。もっともその間に俺も鎧を脱いだりしていたんだが。

 フレンセンに机の上をあけておくように指示して、鎧の手入れを任せるように指示すると父の執務室に向かう。


 「まずはご苦労だったな、ヴェルナー」

 「ありがとうございます」


 多少は父上もお疲れのようで。まあ今日は公的な立場の人間は仕事の嵐だっただろうからな。軍務の人間は当然だが典礼大臣の父だっておそらく外務大臣と一緒に対外処理をやるようなこともあっただろうし。


 「先に言っておこう。翌日は早朝から登城せよ。王太子殿下がお前にいくつか話があるらしい」

 「私にだけですか」

 「先に個別に話をするとのことだ」

 「解りました。では私の方を簡単にご報告いたします」

 「うむ」


 父はその話の内容も当然知っているだろうにここでは言わないのか。つまり機密に近い話をするから王城の奥でやると言うことだな。なんかまたろくでもないことになりそうだなあ。

 ひとまず頭を切り替えてヴァレリッツの状況、アーレア村での事件、フィノイでの戦況と経緯を報告する。この間一月程度なのに密度濃すぎ。何で苦笑してるんですかね父上。


 「グリュンディング公爵はじめ、何人かから優秀な嫡子がいて羨ましいと言われたよ」

 「お世辞でしょう」


 俺の場合は前世知識と言うインチキに近いから。戦闘力だとマゼルに及ばんし、地頭だと王太子殿下を始め俺より頭いい人は数えきれないと思う。俺にあるのはゲームを含む前世の知識だ。作業効率とかがいいのも前世知識や経験の産物だし。

 と言うか公爵の無茶ぶりを体験した俺としては、あの方にはできればお近づきになりたくないです。そう思っていたがふと気が付いて疑問を口にする。


 「えーと、いつからそんな話が」

 「フィノイで勝利の策を立てたのがお前だというのは戦況を伝えた使者から聞いた」

 「あの釣書と似姿はそれからですか」

 「そうなるな」


 なんて余計なことを言ってくださったんですかねその使者さん。いや報告を上げる必要はあったんだろうけど内心で文句言いたくなる。王都襲撃前にやること多いんだよ。ご令嬢のお茶会招待への対応とかそんなことをしてる時間ないぞ。


 「やりたいことが多いので可能な限りお断りしたいのですが」

 「工房から試作品とやらが送られてきた時点で、何かほかにやることがあるであろうことは解っている。何をする気だ?」

 「口で説明が難しいので、実物は近日中に王城に持ち込みます。その際、父上にもツェアフェルト家当主として同席していただければ」

 「解った」


 ゲームなら明日持ち込みますという所だけど、現実には城に得体のしれないものを持ち込むためには第三者による調査と許可が必要だ。暗殺者とかが武器持ち込んだりできないようにしてある規則だから仕方がない。

 もっともその手順自体は騎士とか役人レベルがチェックするだけではあるんだが、何より試作品を俺自身が確認できてないんだよ。偉い方々の前に出せる水準なのかどうかわからないのが困る。


 「それはそれとして、なのですが。ハルティング一家の件でお伺いしたいことが」

 「なぜ我が家にいるか、か。端的に言うのであれば王太子殿下のお声がかりで預かった」

 「殿下の?」


 アーレア村の件に関して、王家が直接使者を派遣してマゼルの家族から事情聴取も行ったらしい。その後、ツェアフェルトで当面は預かることになったのだそうだ。


 「政治と外交的配慮が背景だ」

 「政治と外交的」


 オウム返しにそうつぶやきちょっと考える。なるほど、そういう事か。


 ゲームだと勇者(しゅじんこう)の行動に政治は関係ない。国境もなきゃ他の国の城にもフリーパスで入れるし、ミッションを終えたら黙ってその国を出て行っても文句を言われることもない。考えてみればいくら中世風社会でも普通ならありえん話だが、ゲームじゃそんなところまでメモリは使えないのも解る。

 だが実際はそう楽な話でもないだろう。第一、魔物に苦労している国であるほど目の前に勇者なんて存在がいたらどうするか。可能ならずっと自国のためだけに働いてほしいはず。


 その際、脅迫と言うのはさすがに悪手だ。ましてパーティーにヴァイン王国の王女であるラウラもいるんだから、実力行使なんかしたら誇張抜きで宣戦布告に等しい。今のマゼルなら下手な衛兵ぐらいなら十人単位相手でも勝負にならんだろうし。

 強要も脅迫もできないとなれば次にやるのは報酬で釣るやり方だ。本心があからさまでも表向きが好意だとなかなか断りにくい。だが家族がヴァイン国にいるという事ならどんな報酬でも家族に相談、とそれを断る口実になる。


 と、それだけで済めばいいんだが、問題になるのはどこの世界でも一定数おバカさんがいることだ。もしマゼルの家族を王家が預かっていたらどうなるか。ヴァイン王国は勇者の家族を人質にしている、とか言いだす輩が出かねない。

 そして笛吹きゃ踊る奴も出てくるんでこれがまた問題に発展する可能性もある。むしろそれを口実に「誤解を招かないためにも勇者の家族をこちらで預かりたい」とか言い出すのさえいるかもしれん。実のところ教会とかもやりかねんし。


 だが預かっているのがツェアフェルト家だとするとどうか。一貴族に勇者を縛らせるなんてのは無理だし、何よりマゼル本人が俺の家が人質にしてるなんて発言聴けば怒るだろう。程度はともかく怒ってくれるんじゃないかな。流石にその場でぶち切れたりはしないと思うけど。“マゼル個人の知人”が好意で家族を保護し預かっている、と言う形式がこの際は重要だと言うことだな。


 同時に、王家としては万一マゼルが他国に亡命するような気配があれば、一カ所にまとまっているツェアフェルト家とマゼルの家族を纏めて捕縛軟禁なりなんなりすることも当然視野に入れているはず。国の権益を最大限に考えるならその考え方のほうが自然だ。

 要するにマゼルを他国にとられないために、俺との関係を徹底的に利用しているって事だ。最初からここまで想定されていたんだとすると王太子殿下容赦ねえな。貴族社会はそんなもんだ、とは解っているけど。


 いやほんと、政治の世界って黒いわ。思わず溜息をついてしまった。

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