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――93(●)――

感想、応援ありがとうございますっ!

結局6月いっぱいはやることが多くなりました…

なんとか更新だけは続けられるよう努力しますっ


地図とかキャラ一覧はちょっとお待ちを…

文章の修正さえままならず_l⌒l0lll

 王都で傭兵が定宿にしている『青刻亭』を密かに囲んだのは表側に王都の衛兵隊、裏を固めているのは勇名を馳せているクレッチマー男爵の率いる隊である。

 クレッチマー男爵は貴族ではあるが、武人として戦場で武器を振るうことを最も好む。勇猛であると同時に部下にも慕われているため、セイファート将爵からの信頼も厚く、難民対応の際にも一手の将として参加していた。だが難民対策時は主として冒険者たちが対応し、今回は補給部隊ということもあり王都で留守を任されてしまい、内心で戦意を多少持て余していたのも事実である。

 そこに王太子からの王都内に魔族が潜んでおり、応援部隊としてではあったがそれに対するための部隊指揮を任されたのだ。男爵にしてみればやる気の持っていく場ができたというところであったろう。


 「周囲の住人は大丈夫か」

 「はっ。皆、表向きはパレードの見学という事で家を出、現在は衛兵隊第八詰所で安全確保済みと連絡が」

 「ならば良い」


 衛兵隊からの使者に質問をしながら男爵は建物の影から青刻亭の裏口を眺めやった。傭兵の定宿ともなると一般の民衆が住む地域とはやや建築様式が異なり、必然的に空気も異なる。とは言え貴族の館とはまた異なり、外見は実務一辺倒と言うのが一番正確であったろう。


 「調査結果はどうだった」

 「宿の主はここしばらく姿を見ておらぬとのこと。出入りの食料品を扱う商人も不思議には思っていたそうです」

 「中には何人ほどがいる」

 「およそ十三体。他に三番区の『鷲巣亭』と五番区の『酒飲みの風』にもほぼ同数」

 「承知した。我々はここの奴らを逃さなければよいのだな」

 「はっ、最悪は死体でも良いとのことです」


 男爵は獰猛な笑みを浮かべた。とは言うものの宿に直接踏み込むのはあくまでも王都衛兵隊の仕事である。その意味では男爵からすれば彼らが取り逃がしてくれたほうがありがたいのだが、流石にそれを口にするようなことはない。


 「では」

 「うむ、武運を祈る」


 そう言って使者を見送ると部下を差し招き、裏門の左右のみならず少し離れたところにも別部隊を配置した。万が一の逃亡を阻止するためである。やがて正面の方から喚声が響き渡り、建物内部から喧騒とそれ以外の音が外にも漏れ始めた。


 一般的に兵士と言うとあまり装備に変更がないように思われがちだが、任務や配置されている役職によってそれぞれ装備が異なる。

 門を守る衛兵はだいたい長柄武器を持っているが、これは馬で強引に突破しようとする相手に対し、馬を攻撃する形で強制的に相手を止めなければならないからだ。同様に街中を警備・警戒する巡邏を担当する衛兵が持つ剣は、騎士が装備しているものよりも心持ち短く、鍔も小振りなものが多い。周囲の通行人の存在や建物の中に入っての戦闘も想定されているため、取り回しの良さを優先しているためである。こういった兵士の訓練は斬るより突きの方が優先されるのも、建物の中などに強制捜査に入った際に備えてのものとなっていた。通常、一般的な建物や犯罪者のアジトなどは大きく剣を振るえるような高さや広さはない。

 したがって、このような建物内に踏み込むのは騎士や貴族家騎士よりも専門である王都の衛兵が担当することが普通である。少々不謹慎ではあるが、男爵は彼らが全員を鎮圧してしまわないように祈るしかなかった。


 祈りが通じたのか、あるいは敵のほうが一枚上手であったのか。しばらくすると、二階の木製雨戸を突き破るように人だったものの影が何体も路上に飛び降りた。人狼や人虎であることを確認すると男爵が声を上げる。


 「撃てい!」


 数十本の矢が路上に降り立った人狼や人虎に向かって降り注ぐ。何本かは直撃しその場に倒れたものもいるが、その爪で矢を切り払い逃れようとするものもいる。矢を腕で薙ぎ払うとはなかなか器用だと感心をしながらも男爵は獰猛な笑みを浮かべた。


 「逃がすな、続けい!」


 男爵の武器は長刀(グレイブ)という日本の薙刀のような片刃の大きな刀が先端についたような長柄武器である。乱戦には強いが残念ながら屋内のような戦場ではあまり向いているとは言い難い。だがそれを見越して道を封鎖してあり、かつ敵が路上に逃げてきたのであれば遠慮する必要はない。男爵は一気に距離を詰めると躊躇なくそれを振り下ろし、一体の人狼を切り倒した。

 男爵の部下もみなこの世界の兵にふさわしく武勇に自信がある一団である。主将の突進に応じて全員が接敵距離に踏み込み、その場で激しい乱戦が繰り広げられた。


 争いの長さは短かったが、密度は決してフィノイの戦場に引けを取るものではない。その短いが激しい戦いの末、建物内部のものも含め、魔族側はすべてが物言わぬ躯となった。


 「表側はどうか」

 「こちらは王室から提供された魔除け薬がありましたので」

 「ならばよい」


 欲を言えば裏門の分もあれば楽であったのだが、と思いつつも、男爵からすれば接近戦が行えたことで満足している一面もある。部下がどことなく困ったような顔で返り血を浴びている男爵の顔を見やった。その表情を見て男爵が話を変える。


 「他のところに救援に向かう時間はなさそうだの」

 「取り逃がしでもしていなければ問題はないでしょう」


 部下の返答に頷きながら、男爵は王城の方に視線を向けていた。




 ほぼ同時刻、『酒飲みの風』でも壮絶な戦闘が発生していた。

 衛兵隊と共にここに向かったのはドホナーニ男爵である。ドホナーニ男爵は武断派の一人であったが、魔物暴走の際に急進した結果負傷し、部下の犠牲もあってその場を逃れることはできたものの、自身の療養と家臣の再育成を優先していたため軍務からは遠ざかっていた。

 男爵は顔に大きな傷がある。魔物暴走の際についた傷だ。上級ポーションを使えば傷も残らず治療することができるし、上級魔法でも同様に傷を消すことはできるのだが、男爵は傷を消すことをしなかった。予算を家臣の再育成に割いたと言うのが本人の言い分だが、傷を誇りに思うような性格であったことも否定できない。


 そのような性格の男爵であるが、緊急発令が出た直後に別件を指示されてしまい、フィノイの戦場に派遣されることがなかったため、今までずっと王都に待機していたのである。

 これは実は王太子ヒュベルの意向がある。王太子には話のわかる武断派貴族や、比較的小身の貴族をフィノイには送り出したくないという理由があったのだが、結果的には個人武勇に自信のある貴族も多数王都に残っていたことになる。魔族にしてみれば迷惑な話であったかもしれない。


 「突入!」


 本来なら衛兵に任せる立場になるはずだが、男爵は自ら率先して最精鋭の兵を率いて建物内に突入した。『酒飲みの風』は傭兵や冒険者が泊まることの多い宿ではあったが、宿としては普通の作りである。魔族や魔物が相手では窓どころか板壁さえ突き破って逃げられかねない。そのため、数の多い衛兵隊には周辺を十重二十重に囲ませて逃亡を阻止する体制を作り、自らは敵を屋内から追い出すための猟犬役を引き受けたのである。

 とは言え、男爵はまず自分が武器を振るいたかったという本心を隠すまでには至っておらず、指示を受けた衛兵隊の隊長が影で頭を抱えていたことは衛兵隊の兵士をはじめ複数の目撃談が残っている。


 突入した男爵は左手で魔除け薬を部屋に撒くと同時に右手の剣を振るい、驚きかつ苦痛を堪えるように立ち上がった傭兵風の男の腕を問答無用で切り飛ばした。悲鳴を上げることもなく男が反対側の手で殴りかかってくる。その腕が人ならざるものになっていることに気がついた男爵は、とっさに受け止めるのではなく頭を下げてその一振りを躱し、そのまま突くように剣を構えて相手の腹を刺し貫いた。


「敵は人ではない、遠慮は無用だ!」


 男爵の声に応じて突入した兵士たちが飲み食いしていた傭兵風の男たちに斬りかかる。兵の剣が魔族の足を薙ぎ、振り下ろした刃が相手の頭を叩き割る。手槍を使う者が巧みに剣で戦う兵を後方から支援し、一対一にならないようにしながら相手を傷つけ追い詰めていく。

 魔族側とて一方的にやられているわけではない。正体を現し獣の腕で反撃し時に兵の喉笛に食らいついてその肉を食いちぎる。個々の戦闘力で言えば突入してきた兵士よりも強かったであろう。だが機先を制されたという状況は否定できず、更にはなぜ自分たちのことが発覚したのかという疑問を持ったまま混戦になったことが災いした。


 数体の魔族が斃された時点で魔族は逃亡を開始した。とは言え背中を向けたものは躊躇なく振り下ろされた刃で重傷を負い、やむなく向き直ったところで複数の剣と槍に鏖殺される。突入した兵士たちの足を止めたのは敵の抵抗ではなく、斃れた魔族の死体が行動を阻害したためである。狭い場所での戦いでは常に足元に気をつけないと自分の命を失う。笑えない話であるが、市街戦で逃げた敵を追跡した兵士が、急に石畳になったところで転んでしまい、追っていたはずの敵兵に逆に斃されたなどという逸話も残っている。


 建物の壁を突き破って外に逃れた魔族であるが、結果的にすべて衛兵隊に殲滅された。衛兵隊の隊長は魔族のほうが強いということを理解しており、飛び道具や長柄武器を使って接近戦以外の方法で相手を倒すことを優先したためである。それでも無傷というわけには行かず、怒号と悲鳴が市街に響き、屋内突入を敢行した兵士を含め、十数人の死者を出した。




 王都郊外に兵を展開させていたのはヒルデア平原においてシュラム侯爵指揮下、左翼第二陣を指揮したミューエ伯爵である。決して目立つような外見の持ち主という訳ではないが、歩兵や騎兵の指揮のほかに政治的な活動も柔軟にこなす、堅実型の人物でシュラム侯の信任厚い人材であった。その戦歴を買われ、騎士団がパレードで入場し人目を集めている間に、部隊を率いて別の門から王都の外に移動し、王都城外で遊撃兵力として展開していたのだ。


 文武の才があると評価される伯爵であったが、奇妙なことに何故か動物からは嫌われる体質をしており、伯爵を乗せられる馬がほとんどいないという欠点があるため機動戦ではまず出番がない。そのため、拠点防衛や政治的配慮が必要とされる場面で役目が多く、世間一般で言えば地味で知名度が低い人物である。本人に言わせると馬が悪いので自分は悪くないと言う事らしいが、不遇と言えば不遇であろう。


 「閣下」

 「来たな」


 二頭立ての馬が引く戦車の上に立ちながら、伯爵は王都から駆け出してきた二つの人影を眺め、小さくうなずいた。一見すると王都の警備兵のようだが身のこなしや走る速さは明らかに普通の人ではない。


 「押し包め!」


 王都から脱出した者を逃さないのが伯爵隊の役目である。二体という数が多いのか少ないのかは伯爵には判断が難しかったが、何体でも役目を果たすだけだと割り切った。伯爵隊は一斉に集団となって衛兵の鎧を着たままの人狼に襲いかかる。相手は無傷ではあったが数の上で勝負にはならなかった。


 「門番の証票を持っていたようです」

 「捕縛は無理だったか。まあ仕方があるまい」

 「逃さないことが最優先ですからな」

 「とはいえ、どうせならもう少し数を倒したいものだ」


 伯爵家騎士団の従卒が魔族の死体から魔石を取り出す作業を見ながら、ミューエ伯爵はひとりごちた。一瞬だけ王城の方に視線を向けたのは、何か物音が聞こえたような気がしたためである。だが結局伯爵の目には何も映らなかったため、王城からの使者が来るまで再び遊弋し王都城外の警戒・遊撃兵力としての任務に戻った。


 魔除け薬を門の周囲に撒くと、魔族が逆に城門から出てこなくなってしまう。そのため、伯爵の隊は城門を出て来る相手を一人一人確認するしかなく、地味でしかも効率の悪い作業に従事せざるを得なかった。

 伯爵はその後事情を知らぬまま王都を出ようとする問題のない旅人や行商人に混じり、散発的に魔族が王都から逃亡してくるのに合わせて忙しく対応を迫られることになる。

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