――88――
結局マゼルとラウラも同行してグリュンディング公爵との面会は許可された。一度ツェアフェルト隊に戻ってシュンツェルにラウラの手紙を預けて公爵閣下のもとに申し出るという大変面倒な手順があったが。
ラウラが直接申し出てもいいんだが、そうすると教会の最高司祭様とかの立場がいろいろね。とは言えラウラはラウラで最高司祭様経由で願い出ていたらしい。明日とかにならなかったのはラウラのおかげだろう。
「ラウラ・ルイーゼ・ヴァインツィアール殿下、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト、マゼル・ハルティング、参りました」
「少しお待ちを」
衛兵に申し出るのは俺。申し出たのが俺と言うこともあるが、王女であるラウラは自分から面会を希望した相手でもない限り、自分からは名乗らず従卒とかその立場の人間が名乗ることになる。
んで今度マゼルは王家お声がかりの立場ではあるが、官職とか地位と言う立場で言えば平民。相手が衛兵であっても自分から名乗れるのはマゼル自身が呼び出された時ぐらい。もちろん緊急の場合は別だが。
と言うわけでこの場合俺が到着を申請するわけだ。ちなみに中にいるのが公爵であっても立場はラウラの方が上なので敬称はつける。俺は逆に公爵より格下なので自分の名前を呼び捨てる。爵位のないマゼルは一番最後。
この手の地位に伴うルールは何ともめんどくさい。
「お待たせいたしました。お通りください」
衛兵が敬語を使うのはラウラや子爵の俺がいるからだな。マゼル一人なら「入られよ」とかそんな言われ方をしたはずだ。衛兵さんも大変だね。
中に入って一礼する前におや、と言う顔を浮かべてしまったかもしれない。いやラウラですらちょっと驚いている。グリュンディング公爵だけでなくセイファート将爵や第一、第二の両騎士団長、最高司祭様に魔術師隊隊長、ノルポト侯にシュラム侯まで。
今回ここにいる首脳陣オールキャストじゃないか。いやその方が有り難いけど。それぞれの副官とか護衛兵もいるがここでは数に数えない。いないものとして扱うのが貴族のたしなみだ。
「公爵閣下、皆様もお時間をいただきありがとうございます」
「うむ。ちょうど我々も話をしたいと思っておったのでな」
今度最初に口を開くのは王女殿下のラウラ。こういうのは順番順番。私的には祖父と孫だが公的な面会だと発言はこうなる。一応俺たちが面会を求めたのは公爵閣下なので公爵が応じるが、最高司祭と公爵だと最高司祭の方が公的地位が高いのか。
うお、今回めんどくさいなほんと。
「話、ですか」
「こちらの話は後にしよう。まず緊急の話があるとのことだが」
「はい。詳細はツェアフェルト子爵から」
「はっ、それではご説明いたします」
ようやく俺が話せるターン。一礼してから口を開く。が、こっからは礼儀を飛ばしてでも話進めないといけない。
「結論から申しますと、早急に王都で調査をしていただきたく存じます。物的証拠はありませんが、王都に危機が迫っております」
一瞬沈黙。一拍おいて公爵が声を出した。
「どのような理由か」
「順を追ってご説明いたします。今回、大神殿の内部において、人間に化けた魔族が入り込んでおりました」
「承知しております」
最高司祭様が口を開いた。いや別に咎めているわけではなくてね。
「そのようなことができる魔族がほかにいないという可能性はありません。むしろ他にいると考えたほうが自然かと思われます」
実際出てくるしな。ゲームで。
「うむ。続けたまえ」
「先日、マンゴルト・ゴスリヒ・クナープ子爵が側近を含む少数の兵でヴェリーザ砦に襲撃をかけた件はご記憶かと存じます」
最高司祭様は知らんかもしれないので、一応こういう言い方になる。幸い今度も最高司祭様もご存じだったようで頷いていた。
「私も少し調べておりましたが、マンゴルト卿は王都の城壁外で目撃された際に、数十人を率いていたと聴いております」
「その話は私も聴いている。城壁上の警備をしていた衛兵が目撃していた」
フィルスマイアー第一騎士団長が口をはさんだ。そっちで目撃されていたのか。後で詳しい情報欲しいけどそれこそ後だ後。
「ただ、王都からそれほどの兵士、冒険者、傭兵などが消えたと言う話は聞き及んではおりませんし、調査した結果も同様です。城門を出たところを目撃されてもおりません。マンゴルト卿が率いていたのは謎の一団と言うことになります」
頭の悪い人間はここにはいないなと思った。説明済みのマゼルとラウラを除くほぼ全員が顔色を変えたからだ。いやあの時マゼルたちにこの可能性を説明したときはみんな絶句してたけどね。
セイファート将爵が確認するように口を開く。
「つまり卿はその数十人が怪しい、と、こう申すのじゃな」
「と申し上げるよりも、その数十人分の人間が魔族と入れ替わっていると考える方が自然なのではないかと」
どこでどうやってマンゴルトが兵を集めたのかとか、そのあたり今はどうでもいい。だが数十人と言う規模で人が消えたのなら冒険者ギルドや傭兵ギルド、あるいは王都の戸籍管理者あたりが気が付くはずだ。
しかし、例えば数十人の傭兵が王都の外に出たのと前後して、同じ顔をした奴が素知らぬ顔でギルドに顔を見せたら? 多少の人数のずれがあったとしても大問題にはならないだろう。
もともと王都は人の出入りが多いんだ。数人だけ別行動で旅に出たとか、長期の休みを取っているとか、旧知の人間が今日から合流したとか言われればその日のうちに忘れる程度の話のはず。
もしこの想像が正しいとなると、数十人の魔族が武器を持っていてもおかしくない立場で王都の中を闊歩していることになる。これはいくらなんでもまずい。しかも、だ。
「マンゴルト卿がクナープ侯の派閥の貴族から兵を借りていたとします。本物の兵はマンゴルト卿と行動を共にし行方不明。その兵に成り代わった魔族が貴族の傍にいる可能性まで考えうる事態です」
最悪の場合、貴族の護衛で王城にまで入り込んでるかもしれない。顔だけでなく記憶まで似せられるのかどうか、結界が有効なのかどうかとかいろいろ疑問はあるが、まずは最悪を想定しておくぐらいでないといけない状況だ。
シュラム侯が口を開く。
「しかし、王都城門の門番もマンゴルト卿やその集団を目撃していないと聴いているが」
「その門番が人間ならその証言を信じてもよろしいのではないでしょうか」
ややそっけなくなってしまったかもしれない。しかしこれも当然考えられる。目撃者は消すのが犯罪者の鉄則だ。そのうえで門番が入れ替わっていたらもうわからない。
「マンゴルト卿を始め、集団すべてが敵に利用されたということかね」
「これは印象からくる想像になりますが……」
マンゴルト自身はおそらく大人しく従う人間がいれば問題は感じなかっただろう。あの傲慢さだ。自分の命令が伝わるのが当然だとでも思ったかもしれない。
あるいはマンゴルト自身も既に手遅れになっていた可能性もあるが、それはもう俺には把握しようもない。マンゴルトが何度か面会していたという相手もいたという報告もあったなそういえば。そいつが怪しいか。
多分生きてはいないだろうから祈っておくべきかね。
一方、兵士として集められた人たちがその時点でどうだったのか、これは謎としか言えない。だが例えば偵察だけの名目で集められて、毒やら魔法やらで意識を失った状態なら抵抗もせず城外に連れ出されることもあるだろう。
状態異常系の魔法にかけられたんだろうと思われるリリーさん、あの時まったく抵抗する様子なかったし。同じような状態になっていたらどうだろうか。
ゲームでも混乱系の状態異常だと敵と味方の攻撃対象逆転するしな。そういえばゲーム中に常時混乱する呪いの装備もあったような。あれ装備の数値だけ見れば優秀なんだよなあ。
装備はともかく、魔物暴走で予想外の敗北を喫した魔族側が、それからある程度時間をかけて準備しておけば数十人単位の入れ替わりは決してできなくはないだろう。
意外と人間、周囲の人間を把握できているようで出来ていないことは多い。前世でも味方の兵士に化けた敵兵が城内に紛れ込むようなことはいくらでも例がある。
現在の王都の衛兵は敵がそういう風に人間社会に入り込む事があると言うことを知らない分、どうしても油断しているだろうし。あいつ最近付き合い悪くなったな、とは思われてもまさか外見が同じ姿の別人とは思わないだろう。
ちなみにこの世界には冥福を祈ると言う言葉はない。死ねば神様の前で裁判が行われ、善心が認められれば神の庭たる神界に迎えられ、悪心と評価されると魔界で魔物の餌になる、とされている。本当かどうかは知らん。
正しいか間違っているかはともかく、そもそも冥府とか冥土と言う概念がないので、冥土での福を祈ると言う言葉も必然的に存在していないわけだ。前世で同じように冥土と言う概念のなかった宗教の信者に冥福を祈ると言うと否定されるのに近い。
違いと言えばこの世界には神聖魔法と評される魔法を使う神官を通じて確かに神様が実在している事を実感することがあると言うことだ。
「もっと前から既に何者かの人形となっていた、か。その可能性は否定できぬ」
「確かに緊急の案件じゃの。ヴェルナー卿、よく言ってくれた」
「考えすぎであってくれればよいとは思います」
俺としてはそう言うしかないが、公爵と将爵は顔を見合わせて頷きあうと騎士団長に向き直った。
「グリュンディング公爵の名により命じる。第一、第二騎士団からそれぞれ最も優れた騎士を一〇名選抜し、今から記す書状を陛下に届けてもらいたい」
「かしこまりました」
「第一騎士団の使者は正規の街道を使え。第二騎士団の使者は支道を使って王都に向かってもらう。とにかく確実に届けるのだ」
「はっ」
「公爵、少々お待ちを」
魔術師隊長が割って入ってきた。そして一度マゼルの方に視線を向けてから、背後に目を向けると副官らしい人が箱をテーブルの上に乗せる。よく見るとなんかお札みたいな物が貼ってあるな。封印とかそういうたぐいの代物だろうか。
「こちらの事も確認しておくべきです」
魔術師隊長が箱を開けると、中には黒い宝石のようなものが二つ入っていた。片方は俺がアーレア村で拾った奴っぽい。もう片方はベリウレスを倒した後に出てきた奴か。
一個でも嫌な感じはあったが二個あると何とも言えん雰囲気だな。どう表現すればいいのかね、この漠然とした不安感を感じる空気は。
グリュンディング公爵はじめ、多かれ少なかれ同じような表情……って珍しくマゼルが難しいと言うか険しい顔をしてるな。こいつのこんな顔は珍しい。
「先にご説明いたしますと、この黒い宝石を鑑定していた者の中に、正気を失いかけたものが何名かおります」
「正気を、と言うのはどういうことか」
公爵が訪ねるがどっちかと言うと確認の口調。むしろ俺たちに聴いておけと言う感じだ。
「詳しく調べていたものが、理性を失ったような態度をとったのです」
「嫌悪や不快感ではないのかね」
「どちらかと言うと魅了の方が近いでしょうか。魅入られたとか、独占欲と言う方がより近いかもしれません」
セイファート将爵の疑問に魔術師隊長が答える。その横で最高司祭様も頷いているんで僧侶系の人間に対しても同じようなことが起きたのか。こんな胡散臭さを感じるものに魅入られるってのも妙な話だ。これに関しては本当に判らんことだらけだな。
「ヴェルナー卿、片方は卿が確保したものだが、そのような気配はなかったのかね」
「そのような記憶はありません。もっとも、ずっと見ていたり丁寧に調べたりはしておりませんでしたが」
胡散臭さを感じたのもあったが疲れてたのもあるし、その後の村長とのやり取りとかあったから調べる気にもならなかったと言うか。結果的には周囲の土ごと襤褸布に包んでそのまま持ち運んだだけだからなあ。
ノイラートとシュンツェルもそんな様子は見せなかったと思ったし。
「そうか。ではマゼル卿、卿はどう思うかね」
「その前に一つ確認させていただいてよろしいでしょうか」
普通こういう逆に問い直すのは非礼な行為なのでよい顔はされないが、魔術師隊長は頷いた。それだけマゼルの表情に何か感じるものがあったんだろう。
だが次のマゼルの問いはそもそも質問内容が理解できなかった。
「なぜこれがここにあるのでしょうか?」
※切りのいいところまで話を進めようと思ったら謎の長さに……
もうちょっと短い方が読みやすいですよね。反省。