――86――
戦場記念式典とでもいうのか、ともかくそういうのが終わってひと段落着いたところで大神殿の一室に呼ばれる。ようやくゆっくり話ができそうだ。ふう。
「兄貴、久しぶり」
「兄貴はやめろ。うまくやってくれたみたいだな、フェリ」
部屋に入るなりこれだよ。苦笑しながらフェリに応じ、それからマゼルと笑って挨拶代わりに握りこぶしを軽くぶつけ合う。
「さすがマゼルだ、感謝するぜ」
「それはこっちのセリフだよ。報酬の相談にも乗ってくれてありがとう」
いやいや、そもそもお前さんがベリウレスを倒してくれなかったら全部パーだったしな。ゲーム補正があったのかどうかは知りようもないがマゼルに感謝するのは間違ってないだろう。
その後で同室の……あー、まず男性二人に軽く挨拶しとくか。
「ルゲンツ、エリッヒも久しぶりだ」
「おう、見事にあの腐れ外道を罠に引っ掛けたな」
「お見事でした」
なんか偉く褒められてる。むず痒い。とりあえず礼儀不要と手振りで示す。んで気になっているほうに目を向ける。しっかりラウラがここにいるのは何ですかね。
「第二王女殿下、この度は」
「そのような礼は不要です、ヴェルナー卿。気楽にしてください」
そう言うとは思ったけど、あなたのオーラでそう言われても困るんですけど。俺が言うのと違って本当に大丈夫なんだろうかとか。一応過剰にならない程度には礼儀を保ちつつ、ラウラの許可を取ってマゼルの正面に座る。
エリッヒが器用に茶を入れてくれたんでありがたく受け取った。朝からあの式典で結構疲れたよ。一口喉を潤したところでラウラが口を開く。
「まず御礼申し上げます、ヴェルナー卿。助かりました」
「いえ、何もしていませんが」
だからそう頭下げないでくださいお願いですから。それに実際問題として今回は後手後手に回っていたのは否めない。本気だったんだがラウラは首を振った。
「あの魔物たちは私を狙っていたと聴いております。マゼル様たちがいなければ危ない所でした」
多分主人公補正で間に合ったと思うんで大丈夫だと思いますがね。あとこの時点では様づけなのはゲーム通りだが、マゼルたちとの距離感はだいぶ近くはなってるな。籠城中に親しくなったんだろう。そっちは良い傾向だ。
呼び捨てまでは次のイベント待ちか。もっとも俺はそのイベント見れないだろうが。いやそれは今はどうでもいい。
「だとしてもそれはマゼルたちの功績ですので」
「謙遜するのですね。マゼル様にフィノイを警戒するようにと伝えていてくれなかったら間に合わなかったかもしれないのですよ?」
偶然です。いやほんとに。
ただ王族相手に否定を続けるのも非礼なのよね。とほほ。話をそらそう。と言うか俺にとってはもっと重要なことがある。
「恐縮です。ところでマゼル、すまん。お前に詫びないといけない」
「え?」
突然話を振られたマゼルがきょとんとした表情を浮かべるが、話さないわけにもいかない。アーレア村で何があったのかを順を追って説明していくことにした。
「……ありがとう、ヴェルナー」
「いやむしろいろいろ手が回らなくて俺が謝罪しなきゃいけないんだが」
説明を終えたらマゼルに感謝されてしまった。生家が焼失していたり妹は誘拐されかかったりと俺からすれば失態だらけなんだが。任されていただけに申し訳ないと思ってるのは事実なんだけど。
あと地味に沈黙して話を聴いていたラウラの纏う空気が冷たい。俺に対してではないのが救いだが。もっと露骨なのはルゲンツとフェリ。
「んでその村長はどうなったんだ」
「知らんと言うか、俺はそのままこっちの戦場に来てるんで放置中」
「それでいいのかよ」
「優先順位ってもんがある。あいつら馬鹿だし腹も立ったが魔将と比較すれば部屋の隅に溜まった埃みたいなもんだ」
「もっと厳しくしてもよかったんじゃないの?」
「言いたいことは解るが俺の身体は一つしかないんでなあ」
その場で処罰して終わりにするのは手としては悪手だし俺の趣味でもない。処罰も簡単にはできないんだけど。
基本的には貴族が平民を無礼討ちすることもできるが、その現場が別の貴族の領地だったりすると相手の貴族側に面子の問題が生じる。ついでに言うと他の方法はなかったのかと問い詰められたり、あいつは短気だとかの悪評が付くことも。江戸時代、武士の切り捨て御免もルールとしてはあるが、現実にはほとんど行われなかったのと似てるかもしれん。あの場で俺が手を出さなかった理由だ。この辺のバランスは本当に面倒なんだよな。
それにしてもその場にいたら一発ぶんなぐっていたのにと言わんばかりの口調で言うのやめろ二人とも。エリッヒは態度では何も反応していないが、あの場にいたら俺よりも鋭く追い詰めてたような気もする。
「ま、そのままにはしておかない。そっちは心配しないでくれ。ただ手が回り切れず危険にさらしてしまったことは本当に済まない」
「それを責めたら僕の方が悪人だよ」
マゼルに苦笑された。この善人め。勇者じゃなくて聖人か。後すみませんラウラ殿下、何ですかその私からもお父様にとかぶつぶつ言ってるの。
思い返してみるとラウラってお茶目なところもあるが本気で怒ると怖いんだよな。ゲーム中でもそういえば……あーあー、殿下の独り言なんかなーんにもきこえなーい。
「すると父さんたちは王都に?」
「しばらくはな」
王都襲撃前に逃がしておく必要はあるだろうが。幸い当てはある。何か適当な理屈付けてヴェリーザ砦の改修工事に参加してもらえばいいだろう。そういえば気になっていたことを聞き忘れてた。
「フェリ、お前の言ってた怪しい連中はどうした?」
「あー、あいつら?」
フェリが大神殿に戻った時にはまだ魔除け薬の効果が継続していたらしい。そのフェリがマゼルたちと合流後に探していると、件の巡礼者たちがいる部屋に入ったとたん、そいつらが苦しみだしばりばりと皮膚が割けるようにして正体を現したらしい。
姿を見せた魔族にちょっとしたパニックも起きたようだが、よく死者が出ずに済んだもんだ。あとあの薬はやっぱり加護的に魔物が嫌がるのか。そしてそれがどうやらラウラと親しくなる原因にもなったと。
「あの時は危なかったです」
「正体がばれたとわかったとたん、偶然その部屋にいたラウラを拉致しようとしたんだ」
「……それは何と言うか申し訳ない」
「事故のようなものですから」
んでその場にいたマゼルがラウラを庇ったと。さらっと第二王女を呼び捨てにしてるなマゼル。まあいいけど、と言うかこれもゲーム通りと言えばそうなんだよな。内心で苦笑いを隠しているとエリッヒが口を開いた。
「ところで、ヴェルナー卿はこれからどのようにすればいいと思いますか」
「ん、そうだな……」
むう、そういえば問題だな。この後
ゲームとはだいぶ異なっていて、どうしてこうなったのか後で調べておく必要もあるかもしれんけど、ひとまずそれは後回しだ。えーと、ゲームでのアーレア村での情報は……。
「……殿下、ウーヴェ・アルムシック殿をご存じですか」
「もちろん存じ上げていますが、その名をどこで?」
勇者パーティーの最後の一人。現国王の教師やってたって言う老人で伝説的な大魔法使いだが数年前に突然行方不明になった、という設定。外見は絶対ガ●ダルフのイメージだなあれは。あの当時ファンタジーと言えば指●物語だったしなあ。
とりあえずその辺はスルーしておこう。ゲーム的には数年前に魔王復活を知りそれに備えて一人調査をするため姿を隠したことになっているが、一部上層部以外はこの事は知らない。今は音信不通になっているはずだ。
大魔法使いって呼ばれてるのに仲間に入った時はレベルが低いのはゲームあるあるなんで特に言及する必要はないだろう。ついでに言うと爺さんの癖に結構短気。ゲーム中だと崩壊した王都に居座っていた敵ユニットにでかい魔法ぶち込んで丸焼きにするイベントがある。チップキャライベントで人間側が一撃勝ちって珍しいと言えば珍しいな。
「小耳にはさんだだけですが。老魔法使い殿の足取りで、最後に確認できたのは……」
いつも身に着けていた地図を取り出したらラウラばかりでなくエリッヒも驚いた顔をしている。そういえばエリッヒもこの大陸地図見たの初めてか。下手だからじゃないよな。絵心がないのは自覚してる。
「ここにある塔に向かったそうです。今は魔物が徘徊しているそうですが、何か調べ物をしていたのかもしれません。参考になるでしょうか」
「そうですね……」
ラウラなら多分魔王復活に備えるために姿を隠している事を知っているはずだ。音信不通になっていることも気にはなるはず。確かゲームでは古代王国の魔法装置が暴走しかかってるのを止めるため動けなくなってるんだよな。
どうでもいいんですがそのちょっと小首をかしげて考えてる姿が絵になりすぎてるんですが。メインヒロインのそういう仕草はインパクトあるなあ。
「確かに、先生なら何かよいご助言をいただけるかもしれません。探してみてもいいかもしれませんね」
どうやらゲームと同じルートに行ってくれそうだ。ほっと一安心。後は星数えの塔の最上層階にある
「なるほど。ならそこの塔に行ってみることにしようか」
「私も行きますよ。先生のお顔を知っているのは私だけでしょう?」
おー、ゲームのやり取りがリアルで見れるとは。って言うか
そこはなるようになるだろう、たぶん。俺は考えるのをやめた。現実逃避? ほっといてくれ。