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 王国軍が攻勢に出てから二日目。この日も同じように王国軍各部隊それぞれが魔軍と個別に戦う形の戦いを繰り返していた。短時間の激戦は展開されるが、作戦通りベリウレスが現れると王国軍はすぐに陣に引っ込んでしまう。

 一度は逆に王国軍の陣にベリウレスが近づいたこともあったが、その陣は石まで武器に使うほどすべての兵士が徹底的な遠距離戦を展開した一方、その間を狙い第一騎士団が大神殿の門に向かうような動きを見せたため、ベリウレスは転進を余儀なくされた。

 そのため、局所的には激しい戦いが繰り返されるものの、魔軍の主力が直接戦うことがないため、被害数は増加していても主戦力の損害と言う観点では両軍とも決して多いわけではない。


 三日目。王国軍は一歩たりとも陣を出ることはなく、沈黙を貫いた。魔軍はいつ王国軍が動くかを睨みながら様子を見ていたが、王国軍は魔軍に隠れて森に現れ始めた魔物狩りのみでその日を終えることになる。


 四日目には再び王国軍は戦いに出た。とは言え依然としてベリウレス以外には戦いを挑むものの、ベリウレスが近づくと戦う様子も見せずに後退し、戦況に大きな変化はない。五日目も四日目と同様である。

 この日、王都からの補給第三陣が届き、同時に近隣の貴族領からの物資を合わせて前線の食糧不足は一時的にではあるが息をつくことができた。

 そして六日目にはぴたりと王国軍は戦いを停止する。


 この六日目には王国軍の中で軍議が白熱していた。一部貴族から戦闘を続けるべきだという声が上がり始めたのである。だがグリュンディング公爵は命令違反は国王に処罰を進言するとまで言い、それらの貴族を抑え込んだ。

 一方で一部貴族隊の将兵がツェアフェルト隊と共に密かに魔物狩りに森に入っている。希望者のみの選抜である。森の中で復活しつつある魔物をサンプルに集団戦闘の訓練を行っていたことは参加したものしか知らない。

 「別に俺をライバル視するのはいいけど、ライバルから戦い方を盗むぐらいずるがしこくないと駄目だろ」と後にヴェルナーは語ったという。


 七日目。再び王国軍は戦闘を再開する。ここで初めて魔軍は大規模な損害を出した。この日、ベリウレスが前線に出てこなかったのである。


 どうせ自分が出ていくと王国軍は逃げると判断したのだろう。部下だけを向かわせたベリウレスだったが、魔将軍がしばらく来ないとわかったとたん、周囲の王国軍も一斉に出撃し魔軍に強力な一撃を叩き込んだ。

 ここで用兵の妙を見せたのはノルポト侯爵で、ヒルデア平原での戦功を賞されて正式に自分の兵を率いることになった、若く戦意十分のクランク子爵とミッターク子爵の軍を正面から叩きつけて乱戦状態を作り出すと、その間にもう一隊を迂回させて乱戦状態になっていた魔軍の部隊を魔軍本隊から切り離した。そして孤立した魔軍の部隊相手に侯爵家の精鋭部隊を突入させて撃破、殲滅したのである。セイファート将爵が芸術的と評するほど完璧な戦い方であった。


 八日目は再びベリウレスも前線に出てきたが、そうなると王国軍は再びベリウレスからは逃げ回り、ベリウレスのいない場所で激戦が繰り返される。じりじりと損害が拡大していく中でベリウレスの苛立ちは頂点に達していた。




 八日目夜。巨大な咀嚼音を周囲に響かせながら、ベリウレスは不機嫌さを隠さずにいる。その醸し出す空気に恐れを抱いたのか魔物たちですら近づかないほどだ。

 実際、ベリウレスは不愉快そのものである。その最たるものは今この場にいない蜥蜴魔術師(リザードマジシャン)のガレスに関してだろう。


 もともとベリウレスはあまり頭を使うことは得意ではない。魔族に必要なものは力だからだ。それゆえ大神殿襲撃命令に対してはガレスにほぼ任せる格好になっていた。

 それでも計画を聴く限りは問題がないようであったし、事実、途中の街はガレスの言うように容易く踏みつぶすことができていたので、ベリウレスもすっかり信用しきっていたのだ。


 計画が狂い始めたのは大神殿の攻略にかかってからである。戦力的に自分が出るまでもなかろうと部下に任せた初戦、なぜか大神殿にいた勇者とやらに妨害されてしまい、大神殿での籠城を許す結果となった。

 古代王国の頃から魔軍を梃子摺らせた硬化魔法による城壁は、この肉体のベリウレスが力任せに破壊するには十年はかかるだろう。ベリウレスにしてみれば計算違いもいい所だ。

 実は大神殿は古代魔法王国時代に魔軍の攻撃を防ぎ切った事から特別視されるようになったが、元は城塞跡である。僧侶系の《スキル》があればどこであろうと神の加護が得られる世界にあって、神殿には信仰の拠点以上の理由はない。


 いずれにしても攻略に失敗した状況でにらみ合いをしていた際に、神殿内部に潜入させていた部下からの情報を得たガレスは、勇者とやらをおびき出し倒す方法があると言いだす。

 しかも他の魔将、ドレアクスにも恩を売れるという事なので、ベリウレスはその計画を認めることにした。その少し前に、後方から王国軍と言う多数の(エサ)が出現したというのも大きかったであろう。

 蜥蜴魔術師ガレスは勇者の弱点を抑えるまでは持久戦にすることを提案すると、ヴェリーザ砦から脱出し、ヴァイス王国の王都でも一時活動していたドレアクスの部下と共に戦場を離れた。

 だがそれ以来、ガレスは一切の連絡を絶ち、王国軍はベリウレスを見ると戦闘中であろうとさっさと逃げだしてしまうため、無駄に戦場となっている地域を毎日歩き回るだけとなっている。


 鰐兵士アリゲータ・ウォーリアーの遺体を齧りながらベリウレスは腹立たしさを抑えきれなくなってきた。人間的に言うのであればストレスが溜まっていると言えるのであろう。

 魔物にとっては、たとえかつての仲間や部下であっても死んだ存在は餌と同じである。だがそれは、人間ごときのせいで部下が餌にされているという事にもつながる。


 『気に食わん』


 ぼそりとベリウレスは呟き、周りの二足歩行する爬虫類型の魔物たちが身を竦めるようなそぶりを見せる。表情に浮かべる事こそないが、微かに怯えているような雰囲気さえあった。

 そしてまたその弱気な態度がベリウレスの神経を逆なでする。忠告や助言ができる存在がいないため、感情のままベリウレスは決断した。


 『もう我慢がならん。皆集まれ』


 腹の底から響くような声に恐る恐る魔物たちが集まってくる。魔物の癖にだらしがないその様子を見ながらベリウレスはまた癇癪を起しかけたが、内心で怒りに身を焦がしながらもかろうじて抑えて声を上げた。


 『人間どもは三日続けては戦ってこない。それほど体力もないのであろう』


 二日戦い一日休む、が二度繰り返されていたせいもある。翌日も王国軍は戦わないとベリウレスは確信していた。基本的に人間を見下していたことによる結果であるが、自身は全く疑っていない。


 『明日は(われ)自らが先頭に立ってあの忌々しい大神殿と呼ぶ建物を踏み潰す。お前たちも続け』


 ベリウレスのその宣言に魔族たちはそれぞれの声を上げて答えた。その不気味だが巨大な声は夜空に浮かぶ月にまで届かんばかりであったと言われることになる。




 宣言通り、翌日早朝にベリウレスは最前線に立った。後ろからは二足歩行する爬虫人や、人間の頭部ぐらいなら丸呑みできそうな鰐、蜥蜴、蛇と言った巨大爬虫類が土煙を上げて大神殿に押し寄せる。集団が走るにつれ徐々に砂煙が立ち上るほどだ。魔軍が怒涛のように神殿への道を進む中、大神殿の方は静まり返っていたが、やがてベリウレスが近づくとその門が音を立てて開き始めた。

 ベリウレスですら予想外と言う表情を浮かべたが、フードを被った小柄な影が門の中から手招きするのを見て、初戦でうまくいかなかった内側からの手引きかと判断し、獰猛な笑いを浮かべる。


 ベリウレスは急に走り出した。低い城門に頭をぶつけそうになるが、これを破壊するのは手間がかかると理解しているため、わずかに頭を下げて門をくぐる。

 前しか見ていなかった巨体が通り過ぎたその横でフードの人影が門の外側に向けて何かを投げた。


 ばっ、と魔除け薬が門の外側に広がった。

 ベリウレスの巨体で走ったため、他の魔物との間にかなりの距離が生まれていたのだ。砂煙によりベリウレス以外の魔軍兵が人影を見落としたことも大きかったかもしれない。後方の魔軍との隙間に広がった魔除け薬は、他の魔物が神殿内に踏み込むことを躊躇する目に見えない壁となる。魔軍の足が短時間ではあるが確実に止まった。


 次の瞬間、ベリウレスの周囲に無数の矢と魔法が降り注いだ。

 文字にならない咆哮を上げてベリウレスはそれらをはたき落とし、魔法に抵抗する。だがその間に再び大神殿の城門が押し閉じられ、ベリウレスのみが大神殿の中に孤立した。


 「まんまと引っかかったね」

 『!』


 矢や僧侶系魔法の乱打により巻き上がった砂埃の中から聴こえてきた声に対し、ベリウレスはとっさにその巨大な剣を振り下ろす。だがその剣は信じがたいほどの強さを持ってはじき返された。ベリウレスが驚愕の表情を浮かべる。

 その間に城門は閂まで完全に閉じられ、今度は壁の外側に向けられた矢や魔法による魔物の絶叫が聞こえ始めた。門越しに聞こえる部下の悲鳴に思わず振り向いたベリウレスの視界に、閉じた門を背にし、巨大な剣を持った男がふてぶてしく笑いながら立つ。


 「こっちも結構苛々がたまってるんでな。派手にやらせてもらうぜ」


 全く恐れを見せぬルゲンツの隣で、うっとおしそうにローブを脱ぎ捨てた小柄な少年が笑いかけた。


 「マゼルの兄貴、これで負けたらヴェルナーの兄貴に合わせる顔がないよ」

 「もちろん」


 フェリに短く応じ、ベリウレスの剣をはじき返した“勇者”マゼルの右にエリッヒ、左にマゼルの隣が一番安全だと自ら前線に立つことを願い出たラウラを従えるように立つ。

 そのマゼルと視線を合わせたベリウレスは初めて得体のしれない感情が湧き上がり、魔将と言う立場でありながら僅かに顔をひきつらせた。気圧されたことを認めるわけにはいかないベリウレスがもう一度咆哮を上げ、マゼルに向かって剣を振りかざす。

 マゼルはそれを冷静に目を細めて見やると、剣を構えなおし、呟くように宣告した。


 「これで終わりだ、魔軍の将」

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