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翌日早朝、今までの持久戦かと思えるような空気が嘘のように王国軍が積極的に動き始めた。
最初に行動を起こしたのは王国軍最左翼に位置していた第一騎士団である。
あえて馬を降りて騎馬の突進力を用いず、左翼のさらに外側にある山脈を生かし、側面に回り込まれないようにしながらも積極的に攻勢に出ると、魔物軍を削ぎ落すように切り倒し始めた。
「あまり深く切り込むな。相手の数を減らせばよい」
全体作戦の一環であることを理解しているフィルスマイアーが騎士たちの行動を抑制しつつ、注意深く敵の動きを見続ける。やがて遠目からもひときわ巨大な影がフィルスマイアーたちの目に映った。
「よし、魔術師は合図を。全軍後退。あれとは戦うな。犠牲者を残すなよ」
フィルスマイアーの指示に従い、魔術師がひときわ大きな火球を空に向かって打ち揚げる。やがて第一騎士団は魔術師隊の支援を受けながら後退を始めた。
代わって動き出したのは王国軍最右翼に配置されていた第二騎士団である。
第二騎士団は第一騎士団の戦闘地域から火球が揚がったのを確認すると、こちらは騎馬の勢いをかって強烈な勢いで戦線が薄くなっていた魔軍に突入し、そのまま大神殿の門を目指すように食い込んでいく。
「間違えるなよ。大神殿に入るふりをするだけだ」
「しかし団長。このままなら大神殿に入れそうですが……」
第二騎士団の団長であるヒンデルマンにそばにいた騎士が語りかける。だがヒンデルマンは首を振った。
「第二騎士団が入ってしまうと大神殿の糧食が持たぬ」
「悔しいですな」
周囲の魔物たちが次々と突き崩されている。魔軍の主戦力が魔将ベリウレスと共に第一騎士団の方に向かっているためだ。ベリウレスについて行かなかった魔物たちが、大神殿に王国軍が近づかないように懸命な抵抗をしている。
だがその抵抗は無理を重ねているため、必然的に魔軍の損害は増加を続けていた。
「団長!」
「来たか! 火矢!」
巨体の影を確認した騎士が上げた注意喚起を受けてヒンデルマンが火矢を討つように命じ、傍にいた騎士が馬上で器用に火矢を空に向かって打ち揚げる。そのまま第二騎士団は潮が引くように急速に後退をはじめ、魔将ベリウレスがその付近に到着した時には既に離脱を始めていた。
爬虫人の死体が転がる場所に到着した直後、ベリウレスは別の喊声を耳にする。第一騎士団の隣に配属されていた貴族軍が、戦場のベリウレスの離れた地点に突入を敢行したのである。
ベリウレスは露骨なまでに怒りの表情を浮かべて戦闘が激しく行われている場所に足を向けた。
「ヴェルナー様、こんなことでいいので?」
「いいんだよ。まずは魔将がいなきゃそこそこの勝負ができる、と兵に自信回復してもらう必要があるんだから」
奴隷兵とか数合わせの下級兵士とかはそう簡単でもないだろうけどな、と思いながらマックスの問いに答える。もちろんそれだけが目的ではないんだが。そんなことを考えながらマックスに白眼を向けた。
「別に笑ってもいいぞ」
「いえ、もう十分笑わせていただきました」
「そこは嘘でも否定しろよ!?」
思わず怒鳴るが他人がこの格好してたら俺だって笑いを堪えるぐらいはしただろうとは思う。なんせ今の俺は女性物の純白ワンピース、素足にサンダルと言う姿だからだ。うう、足元がすーすーする。
この格好は無断での戦場離脱行為に対する処罰として行われる。前世日本だと女性陣がさぞやお怒りになると思うが、女性はか弱いって言うまあそういう女性蔑視時代の産物だ。今は女性騎士や女性冒険者もいるんだけどな。
この世界はどうしても武勇尊重と言うかとにかくそういう方面が重要視される世界なんで、あいつはひ弱だというのが侮辱罪のように扱われる。その結果がこれだ。この格好だと騎乗も禁止。徒歩で移動するから周囲からじろじろ見られる羽目になる。
俺は逃亡したわけじゃないんで逃亡罪の方は適用されなかったが、無断での戦場離脱行為そのものは間違ってない。しかし自分がこの格好すると何と言うか……うん、周囲の好奇の目が辛い。明日もこの格好なのが更に辛い。
とは言えこの処罰中は逆に戦場に出るのは免除してもらえるんでそこはまあ助かる。鎧着てないのに戦場に突っ込めだと死刑と変わらない。ちなみに逃亡罪の場合は死刑か良くて無謀な命令が出る。そっちじゃないだけ良しとしよう。
しかしこの女装する処罰は髭もじゃのオッサンとかにも下ることがあるんで、それはもう別の意味で犯罪じゃね?
このほかには鞭打ちや杖打ち、杖って言っても棍棒の方が近いが、ともかくそう言う物で殴られる奴とか、陣外夜警、食事抜き、軍務降格なんかも罰則としてはある。
陣外夜警ってのは文字通り夜営陣として作られた柵の外側での夜警だ。敵が夜襲をしてきたら間違いなく真っ先に狙われる。野生動物や魔物も危険なので精神的にとにかくきついらしい。俺は流石に経験がない。
軍務降格って言うのは独立貴族家軍としての行動が許されず、別の貴族の寄り子として指示を受ける立場になることだ。そうなると罰則なんで指揮系統的に上位になった貴族家にこき使われることになる。
罪を犯した本人だけならともかく、隊全体がそう扱われると結果的に被害が大きくなるんで、実はかなりの重罪でないと降格にはならない。その分、そうなった時は悲惨で、無謀な突撃を命じられて貴族家の中核騎士が軒並み戦死させられたこともあったそうだ。
また食事抜きってのも全部抜きじゃなくて、味の薄い肉なし麦粥と水だけとかそういうのが普通。平和な自宅でならたいして辛くないが、武器持って鎧着て動き回らなければいけないときに一日中粥だけってのは結構つらい。
罰なんだから辛いのは当たり前か。その意味で言えば罰金刑とか営倉入りってのは楽な方ではある。
それとは別に軽犯罪の場合、吸湿性の高い布を両足の膝から下にぐるぐる巻き付けて、朝露のついた草原をざくざく歩き続けるなんてのもある。朝露が脛に巻き付けた布に吸収されるんで、一時間も歩いて布を絞ると個人が飲むのに困らない程度の水が集められる。
ただほどほどの高さがある草地を延々と歩き続けるのって地味に面倒なんで、刑罰的な扱い。集められなかったらその日は昼まで水分抜きの罰に早変わり。散々歩いた後に水抜きで半日行軍とかすると、気候によっては死にかける。
この足に布巻くやり方、冒険者は水確保のためによくやるそうだが、数人単位ならともかく軍隊にこの程度の水じゃ足りんから罰以外の何物でもないよな。
あとこの世界らしいなと思うのは魔法封印刑や魔道具禁止刑か。封印できるような便利な道具はないんだが、魔法や魔道具を使ってるのを目撃されたらその瞬間に重労働の懲役刑に移行するという結構怖い罰だ。
よかれあしかれこの世界は魔法で成り立っているところも多いんで、魔法を使うなとか魔道具の使用を一定期間でも禁止ってのは地味につらい。長いと年単位だし。
前世で言えば一定期間ネット接続禁止や家電製品の使用を禁止されるのに近いかもしれない。一気に生活が不自由になるだろう。
「お」
「笛矢が飛びましたな」
つらつら考えてたら遠くの方から風に乗って鋭い音が聞こえてきた。笛矢ってのは前世日本の鏑矢みたいなもので、矢を放つと音が鳴る。いい音なんで俺は結構気に入っているんだが、合図に使うものだから普段は使えない。残念。
その音を合図に今度は第二騎士団の隣あたりから喊声が上がる。あのあたりに配属されていた貴族軍が戦闘に入ったんだろう。確かあの辺りにはハルフォーク伯爵の隊がいたな。ヒルデア平原でも一軍を率いていたらしいから引き際は解ってるだろう。
作戦としては複雑じゃない。王国軍はどうせ統一的な動きはできない。指揮系統的にもそうだし戦列も横に長すぎで細かい指示にタイムラグは絶対に避けられない。ならいっそのこと統一的な戦いを始めから考えずに、各個に動いている。
本来なら各個撃破の対象にしかならないのだが、ポイントは敵にベリウレス以外の指揮官がいない点だ。ベリウレスが来たら陣に閉じこもって遠方射撃戦に入り、ベリウレスがいないところでは積極攻勢に出る。
貴族同士で功績争いしているから、いいところを見せようとベリウレスがいないところだと積極的に攻め込む貴族もいるんで、その戦闘地域では魔軍の損害は無視できない水準になることもあるだろう。
一方の魔軍は内線作戦となるが、ぞろぞろと敵の主力がベリウレスと一緒に動くので引き際は解りやすい。あいつデカいから遠くからも目立つし。
ベリウレスが来たところは逃げる、そしてベリウレスとは別の場所で残った敵の二線級戦力を徹底的に削る。基本この繰り返し。これができるのは敵に機動力の高い騎兵がいないのも大きい。
敵が軍ではなくただの集団になればまだ兵士レベルでもやりようはあるということだ。とは言えこの辺りだと普通の兵士でもかなり厳しくはなっているようだが。
そして以前から気になっていた点も遠目に確認する。やはりと言うかベリウレスがいないところでは無数の個人戦と言う感じで集団戦とは言えないな。それに付き合う王国軍の部隊もいるわけだが。
ま、それは後で考えればいい。今考えてもない物ねだりだし。まずはベリウレスの堪忍袋を突っつきまくることからだ。
※女性に見える格好で軍務を行うと言うのは
帝政ローマ軍で実際にあった刑罰だったりします。