――8――
少しずつ評価とかブクマが増えているのでうれしいです。
お読みくださっている方ありがとうございます。
時間は少々さかのぼる。
俺がいる伯爵家隊は、乱戦の中で組織的な戦闘態勢を維持し続けていた。
左翼軍の中では稀有であるが、所詮一〇〇人程度の兵力である。戦況全体には影響がない。
全軍が崩れないのは敵一体一体がこちらより圧倒的に弱いから。というか魔王は毎回勇者のスタート地点付近には最初雑魚しか配置してないよな。
舐めプのおかげで助かってるんで文句を言ったら罰が当たるか。いや今回は騎士団も舐めプしてたからお互い様か?
「クランク子爵が戦死した?」
「そのようです」
俺が血塗られた槍を手元に引き寄せたところで、両手持ちの剣で足の代わりに無数の人の腕を生やした巨大ムカデを両断しながらマックスが戦況報告をしてきた。
そんなこと俺に報告されても何の役にも立たないが、戦況が深刻になっていることの自覚にはなる。
「ヴェルナー様の判断が正しかったようですなっ!」
隣にいた騎士の一人が自分の従卒たちと共に三口狼……狼の姿だが前足にそれぞれ別の口がついている魔獣を串刺しにし、死体に目もくれず次の相手に向き直る。
彼が鼻血を流しているのは興奮したからではない。魔獣の体液の刺激臭や土埃などで鼻の粘膜がやられているからだ。涙を流しているのも目に埃が入ったりしているからだろう。
彼だけではなく周囲にも鼻血やら涙を流し、顔を土埃と返り血と返り体液で顔だけでなく全身を汚した者たちが武器を振るっている。
魔獣の体液に毒効が無いのは幸いだな。
更に倒した相手の内臓とか排泄物とかが地面にまき散らされ広がっているので、その臭いがまたすさまじい。鼻の粘膜がやられて臭いを感じなくなっている方がましだろう。
血と埃と体液などの刺激臭が否応もなく目と鼻と皮膚を突き刺し、騒音と怒声と悲鳴と苦痛と怨嗟の声が耳を乱打する。ドラマやアニメみたいにきれいな戦闘なんてもんはここにはない。
伝染病が蔓延して当然、そんなことを感じるほど清潔さからは程遠く、潔癖症でなくても逃げ出したくなるほど汚い。
移動しようとすると相手の死体や地面に広がった体液で足を取られないようにしなきゃならないし、手の方も油断すると柄が滑って武器を取り落としかねない。
戦場では立っているだけでも精神的な疲労が半端ないわ。
「集団戦でなければとうの昔に体力切れを起こしておりますよ」
先程の騎士の傍で戦う従卒がいささか疲れたような声で応じた。従卒はすでに剣に武器を持ち変えている。
ぶっちゃけ槍と言う武器は有効ではあるが長時間の乱戦には向いていない。単純に乱戦だとスペースが取りづらいというのもあるが、それだけではない。
槍の形状的には長い棒の先端が一番重い金属製で、その棒の反対側を持つのだ。バランス的にはテコの原理に真っ向から喧嘩を売る様なものである。長時間構えているだけでも腕の持久力が相当必要になる。
その上単純に振り回すだけでさえ空振りした時は慣性の法則で体がもっていかれるんで無駄に体力を消費する。はっきり言えば長時間使い続けるには向いていない。
一方、所謂大剣はまた別として、剣とか刀ってのは身も蓋もない言い方をすれば『振り回しやすい長さとバランスの金属の棒』である。この際刃の有無はどうでもいい。
体力とか腕の筋肉疲労の観点だけで言えば、傘は振り回しやすく、廊下掃除の長い柄のモップは長時間振り回せないのと本質的には変わりはない。
乱戦状態の戦場にいればいるほど、槍などの長槍武器は持ち続けていられず、取り回ししやすい長さの剣の方に持ち直すものなんだ。またそうでなければ何時間も戦場に立っていられない。
以前日本でも戦国時代に刀は役に立たなかったとか言い出した学者がいたが、傘より長いものは箒さえ持ったことが無かったんだろう。カーボン製の軽い釣竿ですら腕力だけで長時間横方向に構えたままでいると腕がしびれてくるんだからな。
柄も頑丈で重く、その上先端が金属製の長い棒である槍を何時間も戦場で振り回し続けられる奴がいたら見てみたいわ。
いやもちろんたまにいるんだが、そういう奴は小さいころから身体を作ることができる食生活ができて無駄のない槍の使い方を学ぶことができる時間もある俺みたいな
大河ドラマみたいに三〇分尺の短い時間で戦争が終わるのならありなのか?
まあ俺みたいに槍を自分の手足のように扱える《槍術》スキルでもないと普通は無駄に体力を消耗する事になる。……そもそもここはゲームの世界だった。スキルってやっぱ変だよ。
俺がカマキリの鎌腕を持つ猿を刺殺しつつ現実逃避をしている間に、少し前方にいた小部隊が丸ごと怪物の集団に飲み込まれた。確かミッターク子爵とかいう人の部隊だったな。前に出すぎだっての。
助けに行く余裕なんかあるはずもないので、そこから辛うじて逃れた従卒や騎士たちが逃げ出すのを横目に見ながら次の方法を模索する。
ばたばた死人が出ているのにどこか冷静なのはゲームの世界だと思っているせいなのか、この世界で十数年生きて来て変に慣れたのか。どっちだろう。
いや、そんなことは後で考えればいいか。
「雇った後方部隊はまだ残ってるか?」
「何とか。逃げるに逃げられないというのが本心かも知れませんが」
俺の問いに別の騎士が答える。後方部隊が荷物を持ち逃げするのは最悪だが彼らがいなくなるだけでもそれはそれで予定が狂う。
だがどうにかこうにか彼らも残っているようだし、今はまだ戦線も維持している。
まだ使いたくないんだが
「何だ?」
「ヴェルナー様、敵が引いていきます!」
言われるまでもない。目の前から急に全ての敵が後退していく。遠くの方で「騎士団が敵の親玉を打ち取ったぞ」と言うような声も聞こえる。
マックスが安堵の表情を浮かべた。
「どうやら騎士団がやってくれたようですな。我々の勝ちですか」
息を整えつつマックスの発言を咀嚼する。騎士団が親玉を倒した?
そんなはずはない。こいつら魔物暴走を操っていたのは勇者が倒す魔族だ。少なくともゲームで最初のボス戦でそう言われる。それに騎士団はまだ壊滅していない。ストーリーから見れば敵が引く方がおかしい。
もう一度敵の集団に目を向けた。……敵が一斉に引いている?
マジか。理由に思い至った俺は蒼白になった。
「マックス、部隊を纏めろ! 後方部隊の荷物にポーションがある、負傷してるやつに飲ませておけ! 撤退準備だ!」
「は、はっ?」
「ヴェルナー様、敵は……」
「いいから準備しておけ! 俺は本陣に行ってくる!」
マックスとほかの騎士の疑問を怒鳴る様に蹴飛ばすと、そのまま本陣に駈け出した。馬が無いのがもどかしい。
途中、何度か誰何されたがほとんど無視だ。全力で駆けて本陣前に到着すると、天幕の中に届けとばかり腹から声を出して怒鳴った。
「王太子殿下、進言したい事がございます!」
※槍とか剣に関する部分はヴェルナーの主観です。
この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
作品・続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです。