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食事をしながらハルティング一家にマゼルの王都での生活を説明する。俺の視点ではあるがそれでも興味深そうに聞いているのは家族だからだろう。留学先の話を聴いてるようなもんなんだろうな。
「……ってな感じで、学園でのマゼルの模擬戦の勝率は誰よりも高い。今のところ相手は教師も含めて四十六戦四十五勝一引き分け」
「その引き分けはヴェルナー様ですか?」
「いや、俺はマゼルには全然勝てない」
今ならマゼルは木の枝かなんかを得物にしてる状態で、俺が真槍持ってるハンデ戦でも俺の方が負けるんじゃなかろうか。
「そうなんですか? ではどんな方が……」
「いやそれが何と言うか」
俺たちの世代では伝説化している逸話だ。入学間もない頃だったその日は屋外修練場での授業で、腕試しの模擬戦をやることになった。マゼルの相手は某貴族の三男。まあ弱くはないというレベルなんで普通ならマゼルの方が勝っただろう。
両方が定位置について剣を構え、審判役の教師が「始め!」と言ったその瞬間、三男坊の頭の上に鳥の糞がべちゃりと音を立てて落下。そして一瞬の沈黙。
観戦していた俺たちクラスメイトは大爆笑してしまい、相手は硬直して動かない。そしてどうしたらいいんですかこれと心底困り果てたような表情のマゼル。あんなマゼルの顔は後にも先にも見たことはない。
教師も笑いを堪えるような表情のまま引き分けとジャッジしてその試合はそこで終了。相手に頭を洗ってきなさいと指示を出した。マゼルも苦笑してジャッジを受け入れてたんで戦績としてそのままカウントされてる。今のマゼルの実力も考えれば学生時代唯一の引き分けって事になるだろう。
「あの時はとにかく笑ったね」
と話を締めくくったら目を点にしていたハルティング家の皆さんも笑いだした。うん、笑えてよかった。あんな形で生まれ故郷の村を出てきたんだもんな。気を張っているのが当然だ。
そこにノイラートが近づいて来たんで残った肉の切り身を口に放り込んでから顔を向ける。
「ヴェルナー様、全員食事が終わりました」
「ああ、馬はどうだ」
「十分休みが取れたかと」
「よし」
ハルティング一家にも出発準備をするように伝え、代わりに騎士たち全員を集める。多少は休めたんでようやく頭が回り始めた。
「二名ほど選抜する。こっちは荷車付きだから時間がかかる。先にツェアフェルト家の軍に戻り近況を報告してほしい」
「解りました。ヴィリーとフィラットでいかがでしょうか」
「ああ、二人に任せよう」
まあ全員ツェアフェルト家の騎士として相応の実力者なんで誰でもいいんだが、ここは先達の推薦を容れよう。それよりもやってもらうことがある。
「近況を報告したら、マックスに俺からの指示を伝えてほしい。アーレア村であったことを総大将と王都の父に伝えてくれと」
あの村長だと自分に都合のいい嘘を並べて訴え出かねない。先にアーレア村が腐ってることを王都に伝える必要がある。父に伝われば後は動いてくれるだろう。
人間心理として、ほとんどの人間は先にある情報と比較する形で後から来た情報を判断する。先に一方がとんでもないという印象があれば、後から来た方の言い分はどうしても言い訳を言っているように見える。裁判は訴えた側が有利なゆえんだ。ああいう自己都合がすべてに優先すると思ってる奴を相手にするときは時間を味方につけないと、俺たちが悪いという先入観を王都の人たちに持たれてしまう。
俺がそう説明すると皆感心したように頷き、ヴィリーたち二人もそういう事ならツェアフェルト隊で報告後にそのまま自分たちが王都に向かうと言ってくれた。ここは躊躇していられん。
「では二人には王都に向かう際に
「は、はあ」
「同時に、その効果に関しては一切の口外を禁止する。魔道具の使用に関しては今許可書を書くから少し待て」
ヴィリーたちはよくわからんという顔をしていたがまあしょうがない。
紙もないんで木片を刻んで作った筆を使い、布を裂いてそこに許可内容を簡潔に記す。指先を嚙んで血で拇印を押せばこれでも臨時の公式文書だ。
中世欧州だと指輪印章とかあったんだけどこの世界にはなぜかないんだよな。ひょっとして指輪印章を売り物にしたら儲かるだろうか。
「俺たちはこのままヴァレリッツにまっすぐ向かう。マックスにハルティング一家を王都まで護衛する部隊を編成し、途中で合流できるように手配を頼んでくれ」
「かしこまりました」
本当はここから王都に向かわせたいんだが、一家の護衛も必要だし、食事の問題がある。冒険者とか騎士なら王都までの数日、魔物狩って料理してでも済むが一般人にそれはきついだろう。普通はそもそも狩れんし。
数人程度なら食える野草とかで食いつなぐことはできるだろうがそれも今は危険すぎる。護衛はどうしても必須だ。
その一方でまだ王国軍がヴァレリッツ近郊にいるかと考えるとそれも可能性は低い。フィノイの方に向かってると考えるのが妥当だろう。軍の正確な位置もわからんしどこかで合流するほうが少しでも早くなる。
こんなことなら飛行靴を持ってきておけばとも思うけど、アーレア村でのトラブルは想定してなかったし。そういえばヴァレリッツはあんな状態だが廃墟に移動するのにも使えるんだろうか。
そもそも持ち合わせていないんだから考えてもしょうがないか。
「それ以外の者たちは俺と一緒にハルティング一家を護衛しながら護衛部隊と合流。一家にはそこから王都に向かってもらう」
「解りました」
それにしてもすまんなほんと。あっちこっち引きずりまわして強行軍なんてレベルじゃない。
しかしこれで俺が確保していた飛行靴は予備まで全部使い切ったことになるのか。どうにかして補充したい。手に入れたら分けてもらえるようマゼルにでも頼もうかな。
途中魔物を狩ったり状況を説明したりマゼルの子供時代の話を聴いたり二泊キャンプしたりしての三日目の早朝。
「ヴェルナー様」
「ああ、思ったより早かったな」
馬車まで用意した一団が近づいてきて一瞬身構えはしたが、先頭で馬を駆っているのは水道橋巡邏任務の時の二班班長だった騎士だ。メンバーも全員一班と二班でそろえているようだな。
顔見知りばかりなんで偽装した山賊とかの偽物が入る余地がないのはありがたい。
「ヴェルナー様、お待たせいたしました」
「いろいろ心配をかけた。だがその辺は後にしよう。卿らはハルティング一家を連れて王都の父のところに向かってくれ」
「承知しております」
いい返事だ。頼んだぜほんと。
「戦況はどうなっている」
「はっ。王国軍はフィノイ大神殿を攻撃中の魔軍後方を逆に襲撃、戦線は数日ですが膠着状態です」
「フィノイは」
「今のところ健在です」
内心で安堵の大きなため息。どうやらフェリもうまくやってくれたみたいだな。そしてうかつもうかつだが肝心なことを確認していなかったんで聴いておく。
「そういえば結局総大将は誰なんだ?」
「グリュンディング公爵閣下です」
うげ。現王妃様の実家の当主かよ。大物だ。思わず遠い目をしてしまう。説教で済めばいいなぁ。
そうか、よく考えればラウラの母方の祖父になるのか。私情入ってんなこれは。って言うかラウラの祖父もゲームには出てきてなかったよな。まあそれはいい。
「他には?」
聞いて後悔。第一、第二騎士団はもちろんだがノルポト侯にシュラム侯、魔術師隊まではいい。伯爵や子爵が合計一七家も寄り子も引き連れてきているってどんだけ兵力投入してるんだ。と言うか補給もつのか?
これ、負けるのはもちろん長期戦になるだけでもやばいぞ。
「ほかに先日セイファート将爵が補給部隊を率いてまいられております」
「あー、わかった」
補給部隊も
そんな大軍、ゲームでは動くことはなかった。と言うかゲームだと勇者パーティーしかいないし。なんか色々ストーリー変わりすぎててどう反応していいやら。逆にマゼルたちがフィノイの外にいたら貴族がなんか勝手に依頼とかしていそうだから、既に籠城側としてフィノイの中にいるのはよかったかもしれん。
いずれにしてもその大物ぞろいの皆様の前に出なきゃいかんのか。胃が痛い。いや軍務を勝手に離れた俺が悪いんだけどね。
「解った。俺はこれからフィノイに向かう。一家の方は頼む」
「ははっ」
ハルティング家にも挨拶に向かい、ここで分かれて軍務に戻ることを伝えに行く。一応状況は説明してあるんで向こうも理解している。
「ヴェルナー様、お気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
リリーさんが心配そうに言ってきたんで笑って応じる。
ってあれ。なんかこう普通に心配されたのってすげぇ久しぶりじゃね?
想像以上に俺の職場はブラックなんじゃなかろうかと、気が付かない方が幸せなことに気が付いてしまった。
※後年に書かれた勇者の伝説を記した書物では
「勇者マゼルは学生時代から無敗でした」と書かれることになります。
万の字が消えてなかった…(凹)