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 深夜の時間帯に村を出発し、そのまましばらく移動して小川まで移動。水を確保できた時点でさすがに休憩とした。何より俺自身がきつい。それでも周辺警戒に睡眠は分けてとることになったが。

 皮肉なことに魔獣の方から向かってくるんで狩に出る必要はなかった。三角猪(トライデントボア)一頭で取り合えず十五人が一食食う分は足りる。人食い兎(キラーラビット)も二匹倒したし。正直なところ素材回収まではやる気にならなかったけど。


 ちなみにこの世界では兎も一匹、二匹で数える。一方、魔物の兎はその肉だけ食べていても死なない。前世世界ではウサギ飢餓って言葉があるぐらいで、遭難した狩人が兎肉だけしか食べられずに死んだ記録さえある。と言うことはこの世界では魔物の兎は外見こそ兎だけど兎じゃないのかもしれん。その辺さっぱりわからんが。


 肉の処理と料理はマゼルの両親がやりたいと申し出てくれたんで甘えることにした。いや貴族としては任せることにしたという所なんだろうけど。食肉にするための血抜きの仕方とかわからんし。今回は従卒連れてきてないからなあ。

 マゼルの父親はその辺も経験があるらしいんで助かった。山菜とか前世で言う所のジビエ料理が売りの宿だったらしい。ゲームではそんなところまで描写されてなかったし。そもそも飯食わんからな、あのゲーム。

 しかしゲームではあんな村長もいなかったし、マゼルの家族が村で孤立してるような描写もなかった。何なんだろうねこのずれは。考えようとしてひとまずやめた。優先順位としては低いから、暇なときにでも考えよう。


 夜の間は各自休憩したり怪我の手当てをしたりしながら交代で休み、俺は翌日の朝日で目を覚ました。なんか久しぶりに三時間ぐらいまとまって寝たな。前世でもなかったハードスケジュールだったが、最低限間に合ったんで良しとする。

 なお俺の背中は火傷があったが鎧は問題なかった。魔法って謎。皮鎧が燃えたりしないのはそのせいか。いやひょっとすると魔力による攻撃は人体魔力のほうにより強く影響が出るのかも。ちょっと実験考察の必要がありそうだな。

 なんせ昨夜の最後の方はとにかく休みたいという意識しかなくなってたんでいろいろ雑になってる。


 「あの、子爵様。飲み物を持ってきました」


 座っていろいろ考えてたら後ろから呼びかけれられて振り向き、一瞬呆けてしまった。


 そうだよな、マゼルはあの美形だし母親もきれいだった。顔面偏差値高い一家だとは思ってた。けど顔の汚れ落として日の光の下で見たら、リリーさんすげえ可愛い。

 この子、ゲームでスチルがあったら間違いなく大騒ぎだったぞ。


 「子爵様?」

 「ん、ああ、ありがとう」


 なんとか平静を装って声は出せたと思う。宿で燃え残ったらしいカップを受け取り、ごまかすように一口すすると飲みやすくて品のいいほんのりとした甘さが口の中に広がった。そういえば何か口に入れたのも結構前だな。


 「おいしい。ありがとう」

 「よかったです」


 ほっとしたようにふわっと笑った。宿の看板娘だったんだろうが笑顔がやばいこの子。癒し系だな。

 次の反応に困っているとマゼルの両親が近づいてきた。焼けた肉取り分けるのは騎士の一人が交代したみたいだ。話の接ぎ穂がなかったんで正直助かったと思ったのは我ながら情けない。


 「子爵様、この度は……」

 「ええと、まずその子爵様ってのやめてください」


 マゼルの父親が口を開いたところで割り込ませてもらう。いや本当に。あれ演技だから。あの貴族でございますって態度が素だったら生きてるのがつらくなる。


 「正直に言えばこの年齢に地位が不釣り合いだとさえ思っています。それにむしろお詫びしなくてはなりません」

 「そんな! お詫びを言われるようなことなど……」

 「結果的に村を出る形になってしまいましたし」


 うん、疲労困憊だったところにあれを見てついかっとなったのは否定できない。もうちょっとうまいやり方があったんじゃないかと反省してる。後悔は先に立たないが。

 だがマゼルの父親は首を振った。苦渋の表情を浮かべていたのは無理をしているのか貴族に気を使っているのか判断が難しい。


 「いえ、むしろ良い機会であったかもしれません」


 話を聴いてみると、なんでも村長の意向に背いてマゼルを王都に送り出した『責任』を取らされて重労働のようなことにも駆り出されていたらしい。どんだけ閉鎖された村なんだあそこ。

 確かにゲームだと近くに大きな町さえないけど。巡礼者とか来るのに内輪ではそんな独裁してるのか。これはきっちり報告上げないといけないな。


 「名乗りが遅れて失礼いたしました。私はアリー・ハルティング。こちらは妻のアンナ、娘のリリーです」

 「改めて、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトです。マゼルにはいろいろ世話になっています」


 わざと砕けた言い方をする。ほんとなら俺は貴族なんで平民相手に敬語使うのはおかしいんだが、そのひれ伏さんばかりの空気やめてもらうために年齢の方を前面に出した態度をとることにした。


 「以前は贈り物までありがとうございました」

 「いえ、挨拶が遅れてこちらこそ申し訳ない」


 つまらないもので恐縮ですって言うのが日本人(ぜんせ)の美徳だと思うが、この世界と俺の立場だとそうもいかん。ぶっちゃけ貴族からの拝領品を平民が断るわきゃない。


 実際、晩餐会の後には貴族が半分以上食った後の食い残しを平民に下げ渡すこともあるし、平民は喜んでそれを受け取ることも普通だ。貴族の館で開かれるパーティーの日にはその残飯を恵んでもらうために裏門付近に平民と言うか貧民が集まることも珍しくない。

 貴族は貴族でわざわざ残飯を用意する事さえある。例えば、皿の上に古く固くなったパンを敷いてその上でステーキを切り分ける。すると肉汁やソースが下に敷かれたパンに染み込むわけだが、その肉汁パンは自分たちでは食べず館で働く下級使用人の家族にお裾分けとして恵んでやるわけだ。ここはそういう中世風世界。

 とは言え前世の記憶がある俺は慣れてはいてもそれを普通だと思うのはだいぶ抵抗があるんだが。いやそれはこの際どうでもいい。


 「マゼルからご家族の話をもっと聴いておくべきだったと思っていますよ」


 と笑っておく。


 「子爵様の事は……」

 「子爵様はやめてください」


 お願いですからと思わず付け加えそうになった。なんかよほどあれな顔をしていたんだろうか。リリーさんが小さく笑って「解りました」と頷いてくれた。


 「ヴェルナー様の事は兄の手紙にもよく書かれていたので、一度お会いしてみたかったのです」

 「マゼルが?」


 あいつ何書きやがった。


 「はい、とても頼りになる親友だと。読んでいてもお人柄が解るようなことが書いてありました」


 親友と思ってもらえてたのは素直にうれしい。けどお前、親友で貴族がその家族にあんな安いものを贈るとか恥ずかしい事させんなよ。一言言っとけ。

 どうもその思いが顔に出ていたらしい。三人ともなんか好意的に笑ってる。硬さが取れたんならよかったが何となく釈然としない。


 「よろしければ兄の王都での事をお話しくださいませんか?」

 「マゼルの? そうだな……」


 あいつなんでもそつなくこなす優等生だからなあ。成績優秀だしこれと言って問題行動はない。とは言え家族が気になるのも理解できる。面白いネタを思い出しながら話すことにしようか。

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