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立ち上がると同時に大きく横に薙ぐ。槍は突く方が殺傷力があるのは当然だが、実のところ振り回すだけでも遠心力も込みで結構な威力が出る。その分空振りすると余計な体力を消耗するが、この位置と距離でならそんなヘマはしない。
もともと質のいい武具だ。胴体を貫通させていた
リーチが長い方が有利なのは当たり前で、剣で長物武器を相手にするときは三倍の技量が必要だと前世日本では言われてた。三倍って数字に根拠があるのかどうかはともかく、剣より槍の方が有利だ。少なくともこういう開けた場所なら。
一方相手は魔法使いが立ち直ったってことでプラマイゼロぐらいだと思っておこう。まだこっちが不利かもしれんがここで弱気になるほど馬鹿じゃない。気迫で負けたら負けだ。やせ我慢でも笑って見せると落ち着いてくる。
ちなみに心理学的には楽しいから笑うんじゃなくて、笑顔を浮かべるから楽しくなるらしい。脳細胞ってのはどうなってるんだか。
ちらっと女の子の方を見ると目は空いてるんだが濁ったガラスみたいで何も見ていないような雰囲気。混乱かなんかの状態異常系魔法の影響だろうか。放り出して頭とか打つと怖いな。マゼルの妹ってことは当然俺より年下だろうけど年齢差は一~二歳ぐらいか?
顔は煤かなんかで薄汚れてるがまじまじと見てる場合でもない。とりあえず暴れたりしないだけ良しとしよう。
「さあ、かかって来いよ」
言葉が解るとは思えないんだが死体剣士はじりじりと距離を詰めてくる。相手の狙いは当然ながら俺の左側だ。女の子抱え込んでいるんだから当然だな。死霊の欠点と言うか頭のなさがよくわかる。
俺は前を向いたまま、いきなり後方に一度だけジャンプした。
死体剣士は表情こそ変わらないものの急いで間合いを詰めようと踏み込んでくる。だがそれは俺の予想通りだ。バックジャンプで稼いだ距離は相手が踏み込む歩幅より長い。そして相手が俺のどっち側を狙うかはわかってる。
そこは
踵で踏みとどまると逆に反動をつけて前に出た。結果的に相手が槍の範囲に飛び込んでくる格好になる。体を半回転させて女の子を後方に庇うようにしながら右手一本で槍を突き出す。やや前傾になり体重まで乗せた一撃だ。
ひねりを加えた槍先が正確に相手の顔面を田楽刺しにして肉片をまき散らした。
そのまま相手の腹に蹴りを入れて胴体を吹っ飛ばす。勢いで槍が抜けたんですぐに槍を構えなおし魔術師の方に向き直った。
「これで一対一だぜ」
笑って見せたが実のところ半分以上ハッタリだ。結構距離がある上、相手は魔法使い。遠距離戦になるとこっちが不利だし何より疲労がきつい。向こうがこの子もまとめて殺す気になったらどうなるかわからん。
だがこっちがやせ我慢してると教えてやる気はない。むしろ自信満々に槍を構える。奴が悔しそうに口を開いた。
「貴様、何者だ」
「名前を聴くんなら自分から名乗るのが礼儀じゃねぇの」
こいつも魔族か。喋れたのかと多少驚いたがヴェリーザ砦の時ほどじゃない。ドレアクスの部下に魔族がいるならベリウレスの部下にいてもおかしくはないからな。
歯ぎしりしてるような気がするがトカゲって歯ぎしりできるんかね。魔族だからか。いや魔族が歯ぎしりするのも新発見だが。
「……取引をしてやろう」
は? 一瞬何を言われているのかわからなかった。取引? 魔族が? 人間相手に?
してやろうという言い方は上から目線だがそれはまあいい。まさか魔族が人間相手に取引と言い出すとは驚いたな。思わず沈黙していると蜥蜴魔術師はさらに語を継いだ。
「お前もその娘も見逃してやろう。娘を連れて早々に立ち去るがよい」
「断る」
躊躇せず回答は口をついた。
だがおそらくこの選択は間違ってない。こっちに利がありすぎる。理由は解らんがこいつは今すぐにでも俺にここから離れてほしいんだろう。どうやら第三者が見れば俺の方が有利な状況らしい。
「いいのか? せっかく拾った命を無駄に捨てることになるぞ」
「別にお前に生かしてもらってるわけでもないからな」
じりじりとお互い移動する。俺としては槍の範囲に入りたいが女の子抱えているんでどうしても動きが鈍い。一方の奴は至近距離に入られるのは不利だという自覚があるんだろうが、ここから逃げるに逃げられない感じだな。
俺が槍を投げたのを知っているというのはあるんだろう。実際、背中を見せたらその時は遠慮なく投げるつもりだが、どうもそれだけじゃない。ほんの少しずつだが俺の位置を誘導しているような感じがある。
どこかから遠ざけようとしているみたいだが一体何が理由だ。最初はこの子が理由かと思ったが、連れて逃げてもいいとまで言った以上別の何かがあるんだろう。
奴が爬虫類顔の上、月の光だけじゃ視線がどこに向いているのかわからん。狙いはどこの何だ。
お互い次の一手を狙いながら相手の隙を窺う。短い間だったが緊迫の時間。その均衡は不意に破れた。それも俺にとって最高の形で。
「ヴェルナー様っ!」
「ご無事でしたか!」
「そいつを逃がすな!」
草叢をかき分けて出てきたノイラートとシュンツェルに、直接の返事より先に怒鳴るように指示を出す。蜥蜴魔術師が身を翻す。俺の声に反応した二人が距離を詰めて同時に剣を振るう。
二人の剣が左右から奴を切り裂いた。体液が飛び散るが、武器の質の問題もあるのかまだ斃し切れていない。奴が二人に向き直り反撃をしようとするが、それは俺に対して隙を見せることになる。
「おらぁっ!」
気合を入れて一投。土壇場で気が付かれたのか僅かに避けられ致命傷にはならなかったが、俺の槍は奴の太腿に突き刺さった。今度は俺の方を睨む。おいおい、目の前目の前。
俺に気を取られていた蜥蜴魔術師にノイラートとシュンツェルが肉薄し、渾身の一撃を食らわせた。蜥蜴魔術師は体から二本の剣を生やす形となり、血を吐いてその場に崩れ落ちる。
気が抜けた俺も思わず倒れ込みそうになったが、その瞬間、女の子がいきなり電流でも受けたようにのけぞったんで慌てて支えることになった。戦闘終了したんで状態異常の魔法が解けたのか。
「ヴェルナー様、お怪我は」
「無傷じゃないが大丈夫だ」
心配そうに聞いてきたシュンツェルに疲れた声でそう返す。
「よく来てくれたな」
「爆音が聞こえましたのでよもやと思い」
「なるほどな」
さっきの魔法か。まさかこっちに味方するとはな。結構ぎりぎりだったんで正直助かった。
本心で言えばこのまま寝ちまいたいとさえ思ったんだが、さっきまで虚ろな目をしていた女の子がかたかたと震えているのに気が付いた。俺の服をしっかり掴んでいる手も小刻みに震えてる。
そりゃそうだ、魔物に拉致されそうになったんだから怖くて当然だ。この状況で引きはがすのも気が引ける。とりあえず落ち着くまではどうしようもないか。
「ノイラート、シュンツェル、そっちの二匹の所持品を調べろ。剣士の方は後でいい」
「はっ」
斃したローブとマントを調べるように指示を出してから、女の子の背中を軽くたたいてやる。金属製の籠手を装備してる状況だからあまり優しくはならんだろうがまあしょうがない。ゲームではチップキャラだけでスチルとかなかったんだよな。
「ヴェルナー様、どちらも大したものは持っていなさそうです」
「そうか」
「あっ、あのっ」
俺の腕の中から女の子が突然声を上げた。まだ声も震えてるがそれでも何か伝えたいことがあるんだろう。俺だけでなくノイラートたちも視線を向ける。
「あの、あっちに倒れているほうが……その、何か、手に持っていました」
「何か?」
「何か、私に、飲み込ませようと、していたみたいです」
思わずノイラートとシュンツェルと顔を見合わせてしまった。なんだそりゃ。毒かなんかか? 解らんがそう聴いた以上気にはなる。まだ震えてる女の子も一緒にローブ男に近づく。
近くでよく見るとこいつヴェリーザ砦で俺が見た奴とは多分別だろうが、黒魔導師じゃねぇか。なんで黒魔導師がここにいる。ゲームではこいつもこんなところでは出てこないはずだ。
俺が顔をしかめているとシュンツェルが声を上げた。
「ヴェルナー様、ここに何か落ちています」
「何かってなんだ?」
「魔石……ではなさそうですが」
黒魔導師から少し離れた所に月光を受けて黒光りしている宝石のようなものが転がっている。確かに魔石じゃない。だが奇妙に怪しい雰囲気だ。
蜥蜴魔術師の奴が逃げなかったのはひょっとするとこいつのせいだろうか。そういえばさっき対峙していた時に俺の視線はこっちから離れる方向に誘導されていたような気がする。
「ノイラート、シュンツェル。念のためそれに直接触れるな。周囲の土ごと抉り出してその辺の奴の服で包め」
「はっ」
大丈夫だとは思うが慎重になるに越したことはないだろう。これが何であれどうせ魔族が持ってたってことはろくでもないもんなのは確かだろうしな。
「後は特になさそうです」
「解った。ああ、俺の武器とあいつらの剣拾ってきてくれ」
死体剣士はゲームだと結構レア装備の剣をドロップするんだよな。問題はもしゲットしたとしても俺ではほとんど意味がないことだが。
ノイラートが二本とも剣を回収したんで村に戻ろうとふと気がついたら女の子は素足じゃねぇか。この世界では風呂と寝るとき以外は靴を脱ぐ風習はないからどっかで落っこちたのか。しょうがない。
「俺で悪いが背負ってやるよ」
「え、あの、でも……」
「ノイラート、シュンツェル、前後を固めてくれ」
「解りました」
お姫様抱っこするほど俺の方に体力がない。妥協してもらおう。有無を言わさず指示を出して他の選択肢を消していく。魔物の靴とか履きたくないだろうし、万が一呪われたりしたら大変だしな。呪いの靴なんて装備はなかったが、そもそも魔族の装備を何でも持ち帰れる時点でゲームから離れてる。危険を冒す必要はない。
最初は遠慮していたが諦めて背負われてからは恥ずかしそうに大人しくしていた。俺の口数が少ないのは疲労のせいだ。鎧越しに体温感じられるほど器用じゃないし。
そういえば俺の背中の傷どんなもんなんだろう。ひりひり痛むのは確かだが、魔法だと鎧は壊れないんだろうか。あとで確認してみる必要はあるな。
「お父さん、お母さん……っ!」
「リリー! よかった……」
「無事だったのか!?」
幸い村まで魔物に遭遇することもなくたどり着き、宿の前まで行くと女の子は両親の元に走っていった。そうか、マゼルの妹はリリーってのか。そういえば名前さえ聞いてなかったわ。ゲームでも名前出てきた記憶ないし。
抱き合って泣きながら再会を喜ぶ家族の近く、燃え落ちてしまっている宿の周囲には俺と一緒に来た騎士たちもいる。俺の方を見て心なしかほっとした様子だ。
「心配をかけた。報告を頼む」
「はっ。村の内部に入り込んだ魔物は無事排除いたしました。まだすべての鎮火の確認は終わっておりませんがひとまずの安全は確保できたかと」
一番年かさの騎士が一礼して答える。マックスの推薦で連れてきたが、さすがに落ち着いているな。俺がいない状況でもうまくやってくれたんだろう。
「怪我人は」
「村人に多少の被害があるようですが確認中。あちらの宿の主も命に別条がないところまで回復。ポーションはすべて使い切りました。我々は軽傷者二名です」
「そうか。助かった、ありがとう」
「い、いえ、そんな」
俺が思わず頭を下げたのは前世の記憶か癖だろう。騎士たちが慌てている。貴族で指揮官が簡単に頭下げちゃいかんのは解ってるが、今回は俺の無茶に付き合わせたんだからこのぐらいはな。
「あ、あの、ありがとうございます……」
マゼルの母親が俺に礼を言おうとしたが、そのとたんノイラートとシュンツェルが警戒するように動いた。マゼルの両親にじゃない。俺がそっちに目をやるとなんか枯れ木みたいな老人が複数の男性村人ばかりを連れてこっちに向かってきていた。
あんな爺さんゲームにいたかなと思っていたら、その先頭に立っていた老人がマゼルの家族を指さすといきなり口を開く。
「お前たちの……お前たちのせいじゃ!」
はい?
※危機時状況で笑顔を浮かべると意識が上向きになる、と最初に知ったのは
池波正太郎先生の『鬼平犯科帳』でしたが、大学でそれが事実だと知り驚きました。
池波先生はどこでそういうことを学ばれていたのかなあ……。
ところでトカゲって歯ぎしりはともかく歯槽膿漏にはなるそうです(笑)