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感想を書いてくださったりや誤字報告してくださった方も本当に感謝ですー。
微妙にGW感覚を引きずったままですが更新頑張りますー!
決して広くはない夜の道を騎馬の集団が蹄の音を蹴立てて移動する。周囲の森に振動と騒音が乱反射しているようだ。魔獣とかはどうでもいいが野生の生き物には悪いことをしているな。
馬の息が上がってきたのを見計らい、全隊を停止させる。
「馬の乗り換えを行う! 各自水の補給!」
「固形物は口にするな! 目的地までは酢水だけで行くぞ!」
マックスたちも自分の隊に指示を飛ばしている。と言うかここまでの強行軍は俺にとっても初体験だ。問題がないかマックスやオーゲンたちに確認しながらになる。
別に悪意があって食い物禁止と言っているわけじゃない。この世界の固形物は文字通りの意味で固いものがほとんどだ。胃に貯まりすぎて移動優先の時には不都合になる。バナナとかありゃ良かったんだが。
酢を飲むのが疲労回復にいいというのはこの世界でもあるらしい。濃さに関しては好みがあるけど。
馬の乗り換えと言うのは非常時に良くやる方法だ。疲労困憊になる前に空荷の馬に乗り換えて軍馬の負担を減らす。空で走れば馬の疲労も少なくて済むんで複数の馬でローテーションすれば距離を稼げる。
とは言え負担がないわけじゃないんで今回みたいな最大行軍速度指示が出た場合のみに行う。
なお最大行軍速度と言うのは文字通りの意味で最大。「行けるところまで行く」と言うレベルの強行軍指示だ。ほぼ丸一日移動に費やし最大で七〇キロは進む。
普通の行軍では一日二〇から三〇キロぐらいが相場だから倍以上走り抜ける、あまりやりたくはない行軍だ。馬上とは言え尻や太腿が痛くなるし歩兵に至っては脱落者も出る。
一応、最後尾で脱落者の確保をするためにバルケイの隊が歩兵と馬車、それに荷車をひきながら行軍している。消耗品である矢や簡単な食料も運んでいるがそっちは最低限だ。
本当にもう歩くのもダメな奴は荷物扱いで馬車に突っ込まれて運ばれることになるが、バルケイの隊に拾われるまでに魔物や野生動物に襲われる可能性もゼロじゃない。
そういう意味では戦う前に損害が出るんで本当にやりたくないんだよな。
そういえば前世で羽柴秀吉の中国大返しが早すぎるから秀吉が本能寺の変の黒幕だとかトンデモ論が浮上したことがある。七〇キロ弱を一日で移動したのが怪しいらしい。
いやオカシイのはその発想の方。提唱者はきっと日本の戦国時代の専門家ではあったんだろう。あくまでも一〇〇年間程度の。四〇〇〇年の世界史レベルで見てみるとそれほどおかしくはない。
例えば第二次ポエニ戦争時のローマ執政官ガイウス・クラウディウス・ネロ(暴君ネロとは別人だ)の軍は一昼夜で一〇〇キロ移動してそのままメタウルスの戦いに参戦している。
また中国では魏の曹操が一日で約一〇〇キロの強行軍で相手を追撃して襲撃を成功させている。この二人は記録がしっかりしているほう。
記録に残っていないが一日だいたい七〇キロ移動を成功させているっぽいのはほかにも何人もいる。有名どころはエジプトのラムセス二世、ローマのユリウス・カエサル、中国明の永楽帝あたりか。使ったルートによっては八〇キロ超えてそうな奴もいる。日本でも上杉謙信や高杉晋作あたり必要があったらやりそう。
このほかにそもそも記録に残すという発想も方法もなかったが、モンゴルの
世界史に詳しい人ならこの辺りであの名前がない、と言う人もいるだろう。マケドニアのアレクサンドロス三世ことアレキサンダー
その最高移動速度、三日間進んで二七六キロ。
にひゃくななじゅうろっきろである。三日間で東京発から名古屋あたりまで進んでる。歩兵も連れて。当時のロクに整備されていない道を。
そりゃ兵士からサボタージュ食らうわけだよな!? 考えるのもおかしいが実行しちまうあたり本物のバケモノである。
アレクサンドロスはともかく、世界史レベルで見れば一世紀に一人ぐらいは世界のどこかでだれかが秀吉と同程度の高速行軍を行っている。その後すぐに戦争してない移動に限れば珍しくはないと言うレベルだ。確かに戦国時代では珍しいがそれでおかしいと言うのはどうかね。
閑話休題。
「刻線が燃え尽きました」
「解った」
刻線ってのは前世で言う所の線香みたいなもの。ただ別に香りが出るわけじゃなくて燃え落ちるまでの時間を図るためのものだ。長さが同じなら大体一定時間で燃え尽きるんでこれで時間を計る。
機械時計はデカくて持ち運びできるようなものじゃないし、砂時計はなくもないがガラスが高価なんで単価が高い上戦場に持ち込んでも割れる危険性の方が高い。と言うわけでこの程度の線香モドキが実は一番いい。欠点は流石に雨の時には使えないことか。
「靴と靴紐の確認を終えたら行くぞ」
「はっ。休息終わり、準備が済んだものから騎乗!」
マックスの声に合わせてほぼ全員遅れることもなく馬上の人となる。俺が一番遅いんじゃないかと思うぐらいだ。ツェアフェルト伯爵家は文官系の家だったはずなんだけどなあ。ものすごい武闘派になってる気がしてきた。
内心で複雑な感情を抱きつつヴァレリッツに向けて進軍を再開させた。
ヴァレリッツ付近に到着したのは結局翌日の夜だった。とは言え普通は三日ほどかける行程を丸一日で駆けたんだから上々。皆よくついてきてくれたな。
兵士たちを休ませるよう指示を出し、俺個人はノイラートやシュンツェルを連れて騎士団の司令部に到着の挨拶に向かう。補給面の相談もしなきゃならんし。先行して到着していたのは第二騎士団か。
一見すると奇妙なのはヴァレリッツが真っ暗なことと、そこに騎士団が入場していないことだろうか。攻め落とされたってことはロクに休憩できるところがないのかもしれないな。
この時はまだその程度の認識だった。
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト、到着いたしました」
「ツェアフェルト子爵ですね、どうぞお通りください」
簡易的な陣だからか、ストレートに入れるのは楽でいいな。そう思いながら本陣に入らせてもらう。
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトです」
「ツェアフェルト子爵か、よく来てくれた」
「早い到着だな」
第二騎士団の団長と副長だろうか。どちらも俺の父親世代かそれよりもちょっと上だ。だが随分疲れているようにも見えるな。無理もないか。
「歩兵はだいぶ遅れてはおりますが」
「急ぎだったので致し方あるまい。今のうちに兵と馬を休ませるがよかろう。副長、子爵の隊に簡単な糧食と補給物資を」
「はっ」
おお、助かる。街道を通れば輸送部隊も同行できるからこそだ。大回りしたツェアフェルト隊は補給に関しては完全に置き去りだからな。
「ただ、予想より状況が悪い」
「ヴァレリッツの問題でしょうか」
一瞬沈黙。その後で団長は苦渋の表情で口を開いた。
「あまりいい気分はしないだろうが卿も見ておいた方がよいかもしれん。ヴァレリッツの町中を見てくるとよい」
「は、はい」
なんだかよくわからんが頷いておく。そしてその後でものすごく後悔することになった。
「うぐ……」
「これは、何と言いますか……」
ノイラートとシュンツェルがそこまで言って絶句する。俺も何と言うか言葉がない。城壁だったものはただの崩壊した石積みになっているし、中には人どころか生き物の気配がない。俺の印象で言えば無差別大規模空襲を受けた後みたいだ。
そしてそれ以上にせめて昼間だったらマシだっただろうと思うのは、所々に転がっている
「臭いもものすごいな」
「日数を考えるとこの状況になったのは数日前だ。やむを得んだろう」
二人の会話を耳から耳に素通りさせながら周囲を見やる。崩れた壁、燃えた後の家、道路に散らばる様々な生活品、そしてどす黒く乾いた血の海となっていただろう道路。
ネズミとかなら魔物は丸呑みしてしまうだろう。逆に言えば丸呑み出来ないサイズの生き物は噛り付くことになるわけで、食い散らかされた数日前まで生きものだった肉塊がそこかしこに散乱している。犬、猫、馬、そして人。お構いなしだ。
これは確かに城内に泊まれない。生理的にも気分悪くなるし疫病とか恐ろしすぎる。と言うかもうここは街中全体に火をかけて処置するしかないんじゃ。伯爵が行方不明なのもやむなしって感じだ。
そしてこの虐殺をやった集団が今フィノイに向かっているのか。ドレアクスが温厚に見えるぐらいだな。魔軍を甘く見すぎていたかもしれん。
「胃が痛くなりそうだな。戻ろう」
「はっ」
「はい」
道路の隅に転がっていた小さな靴とそこから伸びる足首だけを目にして思わずため息をついてしまう。ダメだこりゃ、気が滅入ると同時に怒りが沸き上がってくる。怒る相手はここにはいないんだが。
くっそ、ゲームじゃないとわかっているつもりでもこういうのを見るとむかむかしてくるな。こんなものを見て平然としていられるような人間にはなりたくないけど。
いささか顔色を悪くした俺たち三人がツェアフェルト隊の宿営地に戻る途中、簡易的な陣地の直前でまさかと言う声が聞こえてきたんで足が止まった。
「あっ、兄貴!」
……フェリぃ!? なんでお前がここにいるの?
※高速行軍ってどのぐらい行けるんだろうと思って調べてみたら
「事実は小説よりも奇なり」なんですね…。
わざわざ記録を残すぐらいなんで珍しいのは確かなのでしょうけど。
ティムールとかホスロー一世とかハーリド・イブン・アル=ワリードあたりは
もっと詳しく調べてみたくなりました。