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「三班、五班を左から回らせろ!」
「はっ!」
旗と金鼓を使い、やや遠方にいる集団を前進させて魔物の移動先を塞がせた。やや坂になっている丘陵地だが特に足場が悪いと言うわけでもない。注意は不要だろう。
気配を察したハンターウルフの一団が逆にこっちに向かって走り出す。八匹か。まあ想定の範囲だな。
「落ち着いて各班毎に敵を倒せ。その後は班長の指示に任せる。真ん中の奴は俺がやる」
「了解」
「行くぞ!」
どっ、と前に立ちはだかるように進み出るとハンターウルフが牙をむいて向かってくる。逆にこちらは立ち止まり呼吸を整える。次の瞬間。
「押せっ!」
「おりゃぁっ!」
「この野郎っ!」
こちらの攻撃範囲に入ったところで全員が一斉に動き魔物に刃を叩きつける。俺の槍は確実に一頭を葬り去り、返す刀(槍だが)でもう一頭の命も奪った。
うん、やっぱり中盤あたりで買えるこの戦士の槍なら、
俺の隣でノイラートも一人で斃している。シュンツェルはちょっと梃子摺った様子で他の隊が参加してから倒した。魔物の個体差もあるんでまあ御の字だろう。
「けが人は?」
「全員無傷です」
「よし、魔石だけは回収しておいてくれ」
「はっ」
もちろん取り出すのは従卒の仕事。騎士たちは俺が何も言わなくても周辺警戒モードだ。うんうん、だいぶ慣れてきたな。
先日、と言ってももう二週間ほど前になるが、あの日取り急ぎ作成した提案書は父に提出済み。父からは「お前は余計なことにまで首を突っ込む」と感心だか呆れだかよくわからない感想を頂戴したが。
それでも「伯爵家として提出しておこう」と言ってもらえたんでひとまずほっとしてる。やっぱりいち子爵名義と伯爵家名義だと受け取る側の印象が全然違うしな。
そして現在、本来の仕事になった水道橋工事現場の警備活動に従事しているところである。
とはいえ、単純に警備任務をしていても飽きそう……ごほん、無駄がありそうだったので、いっそ逆転の発想と言うことで組織だって動くための訓練に使うことにした。
現在ツェアフェルト伯爵家騎士団は大きく四隊に分かれている。今日は俺が指揮する第一隊が積極的に魔物を狩り出す遊撃隊。オーゲンが指揮する第三隊が水道橋近辺で巡邏警備中。バルケイの第四隊は今夜夜勤。
先日夜勤だったマックスの指揮する第二隊は今日は休日だ。ローテーションなんで明日は俺の隊が巡邏警備になる。
しかしまあ鷹狩は訓練になるって言ったのは織田信長だったか徳川家康だったか忘れたが、ほんとそう。特に離れた位置にいる相手に声が届いているかどうか、指示が行き渡っているかどうかの判断は経験あるのみだわ。
こういう広いフィールドで多人数を指揮して相手を狩るってだけでもいろいろ学ぶ事は多い。特に騎兵と歩兵を連携させるタイミングとかは経験に勝るものはないからな。そもそも学生だった俺からすればいい研修期間だ。
教材になってもらっている魔物には同情はしない。と言うか以前から人を襲う傾向はあったが明らかに狂暴になってるもんな。これも魔王復活のせいだろう。
ちなみに狩った魔物に関しては、工事現場を襲ってきたわけではないので報酬は出さないが素材は自由にしてもよい、という扱いである。太っ腹なのかケチなのか微妙。
提案に関しては通ったものと通ってないものが半々という所か。巡回班の補佐として難民や
まあこれに関しては数日ちゃんとした食事を提供して、これ以降も食事を提供してほしければ労働に従事しろと通知をしてからの結果。
数日の間パンとスープにおかずまでついてる食事をした後で、ただ恵まれるだけなら明日からは薄い麦粥一日一杯ね、ただし仕事をする気があるなら食事に場所も準備するよ、と言われると仕事する気にもなるだろう。腹いっぱいになって体力回復した後だからというのもある。
疲労困憊のところに明日から働けって言ったって誰もやる気にはならんのは理解できるわな。
このほかにどうも王都付近で何を作るのかは知らんが、一次産業をやることも決定したらしい。柵や土壁作ったりと並行して、難民の糞尿も一カ所の建物に集めて肥料づくりが始まった。後々農耕用の牛馬の糞尿もそこに回収するらしい。
糞尿からの肥料づくりって実は相当に重労働なんだが、命の危険はないしそこそこ報酬も出るってことでそっちにも従事する人が出始めてる。数年たてば硝石丘になるかもな。
なお異世界チートの定番である火薬と銃は早々に断念した。硝石もそうなんだがもっと問題なのは調べた限り硫黄を産出した例がないことが原因。
火山はあるにはあるんだが、ゲームのマップで記憶している限り火山があるのは魔王城の傍。
ないものをねだってもしょうがないし俺の知識でマスケットが作れる保証もないんで、諦めるのは早いほうがいい。魔王が滅んだ後にも俺が無事生きてたら考える。先送りしてることが多くてそのうち忘れそうだ。
余談だが硝石は水に溶けやすいんで建物の中でないと雨で流れ出る。前世日本は雨が多い国だったんで、地面にしみ込んだ雨水と地下水に溶けてしまう。硝石の鉱脈がなかったのはこのせいだな。
そう考えるとこの世界でも案外硝石の鉱脈ってないんじゃないだろうか。何となく気候は日本に近い気もするし。
俺が屋内で処理することを提案したのは臭いがすごい事を口実にしているが、後々にはその辺も意味を持ってくるだろう。その頃にはルーウェン殿下が国王になってるかもしれんが。はてそうなるとマゼルの扱いどうなるんだろうか。
「ヴェルナー様、魔石の回収が終わりました」
「よし、周辺警戒しながらもう二~三群狩るか」
「はっ」
あと俺自身の訓練という一面もある。俺自身そこそこには強くなっていた。多分この間の魔物暴走で暴れたときに多少レベルも上がっていたんだろう。だからといってあんな状況には二度となりたいとは思わんが。
ただやっぱりこう、マゼルたちと比べるのは烏滸がましいかもしれんが、もうちょっと強くなっておきたいのも事実。そんなわけで積極的に魔物狩りもしているというわけだ。
幸い装備はいいんで敵を倒すだけなら楽。マゼルたちが槍じゃなくて剣を選んでくれたのはありがたかったねほんと。本当なら伯爵家隊の全員にこのレベルの装備を準備したいけどさすがに金がなあ。俺自身が腰から下げてる剣もそこそこ性能がいい奴だがこのクラスだって全員には無理だし。
それと乗馬についてもちょうどいい訓練期間だ。実のところスキルの関係上、俺は乗馬がそんなにうまくなかった。下手するとなんでも万能なマゼルの方が上手だったかもしれん。
だが一か月の難民護衛の最中、ずっと騎乗していたんで嫌でも馬に慣れた。いくら疾走とかさせていない、基本の動作ばかりであってもだ。一か月の間毎日八時間手習いしていれば多少は字が上手くなるようなもんである。
そしてここでの魔獣狩り出しで疾走や急停止、反転とかの動きを実践しているところ。少々慣れていてもやっぱり難しい。鐙も鞍もない裸馬に乗って自由に乗り回せたカエサルは異常だと思う。
そんなことを考えながら移動して魔物の出現しそうなところを巡回する。地理の確認という意味も兼ねてはいるがそれが役に立つかどうかはわからない。役に立たないに越したことはないか。
やや遠くに見える工事中の水道橋を確認する。よくもまああんな大規模なものをこの短い期間に。石材とかの加工技術力はこの世界どっちかと言うと高いよな。
「ヴェルナー様」
「ああ、気が付いている」
気が付いてるんだけど、
「四班、六班を右に展開。三班と五班は大きく迂回させておけ。最初から退路を断つぞ」
「かしこまりました」
「一班二班は
「はっ」
使番が走り去るのを見てから俺も
狙いを付けつつ呼吸を整えると視界の隅でチカチカと明かりが点滅する。これは鏡を連絡に使う実験だ。ガラスが高い上にモールス信号なんてもんはこの世界にはないんで、合図も全部考えなきゃいけないせいもありまだ試作と試行段階。準備完了の合図にぐらいなら使えるってところ。鏡そのものも実験作の銅板製だし。今の段階なら光が反射すればいいんだよ。
「両翼から合図確認」
「撃てっ!」
「撃て!」
合図とともに無数の矢が飛ぶ。いくつかは直撃した。当たってもまだまだ元気な奴もいる。やっぱりな。ひとまずそれはいい。
「突撃! 高く飛んで逃げられる前に倒すぞ!」
「ははっ!」
矢が届くと同時に駆け出していた右翼の四班と六班が先に接敵し交戦状態に入った。その後で俺の指揮する一班と二班もそこに駆け付ける。逃げられる前に倒せそうだな。
この後、さらに魔物の群れを三群ほど殲滅。魔石と素材の回収の方が時間かかったかもしれない。あと臭い素材を下げることになった馬の機嫌がむっちゃ悪くなった。馬丁にフォロー頼んでおかないと。