――6――
「正直、ヴェルナー様のご指示とは言え納得行きませぬ」
「魔物なんかに騎士の戦いを挑んでも無駄だ。狼の群れに一騎打ちを申し出るのか? 獣が受けるわけないだろ」
俺が全員に指示したのは徹底的な集団戦だ。魔物一体に最小単位となるチームの騎士と直属従卒が一斉に襲い掛かり、確実にしとめる。それが終わったら隣で戦う別の騎士のチームを助けに入る。単純だが効果的だ。
なまじ魔獣や魔物と戦った経験がある騎士には実力を軽んじられているように思えるのかもしれない。個人武勇の世界は頭が痛い。そうでなきゃ少人数の勇者たちだけで旅立たせたりしないか。
だが凡人の戦いはゲームの魔物討伐とはわけが違うんだ。
「魔物暴走と言う事だが、規模がどれだけかわからん。大集団だと丸一日かかるかもしれないが、その間戦い続ける事ができる体力のあるやつはいない。体力の温存だ」
そう考えるとゲームの勇者すげーな。寝ないでフィールド歩き続ける事もできるんだもんな。
「それに、集団に囲まれると怪我の治療が追い付かなくなる危険性もある。こっちは怪我をしないで相手を殺すのが理想だ」
「それは確かに……」
オーゲンが頷いてくれたので他の騎士も反論は控えたようだ。
「第一、今回はあくまでも王太孫殿下の初陣。あまり目立っても仕方がないだろ」
王太孫をダシに使う。大体、騎士団と本隊の支援隊も含めた総数から見ればツェアフェルト伯爵家隊は総兵力の約四〇分の一である。本来目立てるような人数ではない。ついでに言えばお世辞にも精鋭ではない。
そのうえ王太孫の初陣で伯爵家が目立ってもしょうがないと言われれば残念だろうが事実だと理解はしてもらえる。
「従って今回はほどほどに戦果をあげつつ、怪我をしないで引き上げる。犠牲者は出さない。それが伯爵家軍の目的だ」
そうはうまくいかないだろう、と俺自身は思っているがここで言ってもしょうがない。それに魔軍との戦いは勇者が魔王を倒すまでしばらく続くんだ。凡人はまず生き残る事が戦いだぜ。
ざわざわと肌が粟立つような感覚が迫る。これが戦場の空気と言うものか。
配置場所は左翼の第二列、中央部隊寄りの場所である。精鋭の第一騎士団がすぐ隣にいるのはありがたいが、ピリピリとした空気が平地全体を覆っているので安心感は乏しい。
緊張しながら前を見つめていると、不意に騒音と共に森の方から土煙と得体のしれない振動が向かってきた。
視界に魔獣が映りだす。ハンターウルフや六足兎とか、人を襲撃するタイプの動物系。普段森からはまず出てこないタイプもいるな。
それから虫系……大型犬サイズの蚤とかそれよりでかいサイズで牙まで生えたゴキブリとか、勘弁してくれと言いたくなるような魔獣が数えきれないほど
集団で押し寄せてくるので土砂崩れか何かのように見えなくもない。
「下馬!」
「馬から降りろ!」
相手がゴブリンぐらいの体高があればともかく、虫の体高では騎兵の高さの武器が届かないので必然的にそのような指示が飛ぶ。
この際、馬が逃げたりしないように確保するのも従卒の仕事だ。馬は高価なので立派な財産である。
ただそうなると戦力がひとり分減ってしまうので、後方の荷物持ちに手綱を預けてすぐに戻ってこい、と従卒に指示を出させた。
行動は基本チーム単位で戦うと周知徹底してなければ何処に戻るのかとか、ややこしい事になっていたかもしれないな。
「放て!」
方々から声が上がり弓兵と魔法兵が遠距離攻撃を開始する。弓矢だったり
本来ならそれで恐れて向かってこなくなる魔獣もひるまず押し寄せてくる。なるほど、暴走と呼ばれるだけはあるな。
俺はそう思っていたんだが一部の集団から動揺してるような気配を感じる。予想と違う、ということを感じ始めたのだろう。
こっちからも左翼の一部は前進を始めるが、ツェアフェルト伯爵家軍はその場にとどまった。やがて敵に向かっていった部隊から順に、敵集団と言うか壁に激突する。
少し遅れて伯爵家隊も向かってきた敵部隊と接敵した。
「突け!」
「突けっ!」
各隊長の指示で全員が一斉に槍を突き出し、目の前の魔獣を一度に骸に変える。俺自身は単独で一体
驚いたが訓練の賜物か、体は勝手に動いてそいつも叩き落とす。そうしたらすぐまた別の虫が眼前に出現した。
「これが、戦場、かよっ!」
一対一の戦いとはまるで違う。負けるまで続くのではないかと思えるぐらい休みなく相手が目の前に出てくる。もちろん負けるイコール死だ。エンドレスバトル状態だ。
文句を言いつつ槍を振るい、二匹、三匹と目の前の相手を
伯爵家隊も次々と相手を殺していくが、やはり後から後から押し寄せてくる。突出した部隊の中には敵中に孤立してしまったのもいるようだが、そこまで目を向ける暇はない。
「剣をいたずらに振り回すな! 周囲の仲間と動きを合わせろ!」
「前に出すぎるな! 左右の仲間から目を離すなよ!」
仲間を援護し、仲間に援護される。集団戦の基本だ。とりあえず口で説明しただけだったが目前の状況が状況だけに指示を良く守ってくれてる。死にたくないのはみな同じか。
それにしても、だ。
とは言え次から次に新手が出てくるのでもう気にしてる余裕もない。
「要するに今回の魔物暴走に野戦を挑んだ時点で油断だったんだろうな」
俺は愚痴を言いながら忙しく槍を振り続ける事になった。
この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
作品・続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです。