――5――
「出陣!」
総司令官である王太子の声と共にラッパが鳴り響き軍が動き出す。歩兵騎兵併せて約四二○○人、それに傭兵隊二〇〇人と学生による支援隊約一○○人が後方から続く。
戦場が王都付近なので輜重隊が少ないのは行動の速度を速める事にはなっているが、地方に配属されている貴族領の兵士が間に合うはずもないので王都所属軍が中心だ。
魔物暴走とは言っても普段はそうそう大きな規模にならないので、甘く見ているのだろう。俺だって知らなければそうだったろうしな。
戦場予定地が王都と目と鼻の先なので補給物資を集める時間がなくても数を動員できたのはあるか。
主力は王都の第一、第二騎士団の合計二三○○人である。他に本隊三〇〇人が近衛の精鋭だ。
残りの内約一〇〇〇人が貴族私兵の混成部隊、そこに傭兵隊の二〇〇人が付随する。計算が合わないようにも見えるが、貴族私兵隊である奴隷兵がここには含まれていない。
とは言えほとんどの奴隷は戦闘力も高くないので数合わせだったり見た目の水増し人数だったりする。
もっとも奴隷と言っても前世での一部ゲームのように手ひどく扱われる例はほとんどない。この世界では奴隷も資産だからだ。高い金払って買った奴隷を乱暴に扱って使いつぶすなんてもったいないの極みである。
それどころか優秀な技術を持つ奴隷は下手な兵士より給与がいい。奴隷である以上移住の自由とかはないものの、それほど不便な生き方はしてないはず。その意味では古代共和制ローマとかに近いな。
ちなみに俺の伯爵家隊は奴隷兵がいないが、俺がいらんと押し通したからだ。そういえばゲームでは奴隷の存在も説明なかったな。
そもそもゲーム的には何の意味もない情報だ。記憶を思い出したときにこの世界に奴隷っていたのかと驚いたのも今じゃいい思い出。奴隷出身のキャラは当時のゲームではまずいなかったしな。
奴隷って存在がゲームで描写される前のゲームの記憶か。これもジェネレーションギャップかねえ。
それはともかく隊の方だ。正確には伯爵家の騎士と縁者や組下貴族の騎士らで構成されていて、通常貴族の配下の場合騎士一人に付き従卒などが三人から五人付く。
騎士十五人の我が伯爵家の部隊は従卒七十一人と何とか雇った
伯爵家と言う規模の家柄なのに全体から見れば少数である。形だけと言われてもまあしょうがない所だ。
もっとも、他の貴族家の隊もその辺多かれ少なかれ変わらない。魔物暴走は突発事件だからとっさに一〇〇人集められるだけ伯爵家はすごいとも言える。
単独で参加してる男爵家クラスだと全員で三人とか五人とかだから義務以外の何物でもないな。学園生の参加と同じようなもんか。
ただ、伯爵家隊は数の割に荷物が多めなので別の部隊からは物珍しそうに見られる事もある。
「しかし、ここまできっちり隊を分ける必要がありますかな」
そう声をかけてきたのは、事実上の部隊指揮官であるツェアフェルト家所属騎士の団長マックス・ライマンである。貴族家所属の騎士は隊の規模で騎士団ってほどじゃないがそういう風に呼ばれるのが通例だ。
マックスは四〇代後半ぐらいの年齢で一見して大柄なパワーファイター風。騎士としては優秀だし統率力、忠誠心も問題はない。父も信頼している人物である。
だがこの中世欧州風ゲーム世界では、騎士は個人武勇が全てと言った風潮がある。元がRPGだからだろうか。だが今回はそれではだめなのだ。
「こんなところで怪我でもしたらつまらないからな」
「はあ」
まだわからない、と言うような口調である。負け戦だからと説明するわけにもいかないし、逆らわないからまあいいや。
内容としては別にそこまで複雑な編成にはしていない。従卒は騎士の周囲にいて戦いを支援する事。これは当然だ。
その上に五人の騎士を一組にしてその組長を決め、組長命令を厳守するように指示を出す。そしてだいたい三〇人一組での小隊を三つ作った。
俺や副将のマックスは実質小隊長三人に指示を出すだけの形で、指揮系統を確立させただけだ。
なぜそうなのかはわからないが、古代ローマ帝国でも古代中国でも軍隊の最小ユニットは五人一組で、大体その上も代表五人一組で組織が作られていく。ちなみに
この数字は所謂ダンバー数より少ないんだが、学者が計算で出した数字より、古代ローマにしろ古代中国にしろ、戦争ばっかりだった国で実際に運用されていた制度の方が恐らく現実に即しているだろう。
戦争と言う時に混乱も起こる状況で、一人が管理できる人数は五人までが普通の人間というか兵卒レベルのリーダーの限界なのかもしれない。リアルタイムの通信システムもないしな。
敗戦で乱戦になった時、指揮系統がきっちりしていれば生き残る確率は高くなるし、いざと言うとき三人の小隊長にだけ指示を伝えればいいのでこっちが楽だ。
彼らの出番が来るときにはややこしい指示を出してもその通りには進まないだろうしな。
「王太孫殿下の初陣としてはいささか地味と言う気もしますがな」
「まあ、なあ」
小隊長を任せた騎士の一人、オーゲンが反対側からそんなことを言ってくる。こっちは内心頭が痛い。
ゲームではこの戦いで王太子と王太孫はそろって戦死した事になっていた。多分、王太子の戦死が騎士団壊滅と共にこの後に響くことになるのだろう。出来ればそれは何とかしたいが高望みかもしれない。
しかしどうでもいいが王太子は三十八歳、初陣の息子、つまり王太孫は十歳。後に勇者パーティーに参加する第二王女は御年十五か十六だぞ。国王張り切りすぎだろ。
これからの戦争に全く無関係なしょうもないことを考えていると、魔物暴走の情報があった森を前にした平地に到着した。
振り返れば王都の城壁が小さく視界の中に見える。俺の感覚では城壁まで三キロか四キロぐらいか?
馬ならともかく鎧を着た歩兵が走り切るにはちょっと遠いな。
気のせいか前方の森の奥からは得体のしれない空気を感じる。馬が怯えたように身を震わせたので首筋を軽くたたいて落ち着かせた。
ここで王太子が全軍に布陣を命じる。中央が第一騎士団、右翼が第二騎士団、左翼が貴族混成軍と冒険者隊である。
左翼が指揮系統的に真っ先に崩れそうな気がするが、なにせ情報不足なので何とも言えない。先入観はひとまず置いておこう。
左翼指揮官はノルポト侯爵と言う名の見た目ダンディなオジサマだ。侯爵家は普通北方国境の警戒と治安維持を任されているんで部隊指揮官としては適当ではある。ゲームには登場しなかったんでどんな性格かは知らん。
事実を知らないからとはいえ魔物暴走を甘く見ていて部隊単位で勝手に戦え、みたいな態度なのでここではあまり頼りにしない方がよさそうだ。
「よし、騎士全員を集めてくれ」
「はっ」
マックスがすぐに小隊長に伝達し、小隊長たちが騎士を連れてくる。うんうん、一応機能しているな。
全員が集まったところで、俺は今回の戦いのやり方を伝える。
負け戦で損害を少なくする為の事前指示だ。
※五人一組だと班と呼ぶ事が普通ですけどここでは組としました。
この世界では組が普通ということで。
この時点ではそこまで厳密に組織化していないとも言えます(笑)
この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
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