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総合評価2,200pt超え、ブックマークも430件超えましたー!

また評価してくださった方も150人にもなりました。

毎日評価やブクマが増えているのが頑張って続き書こうと思えます。

お読みくださっている皆様、評価やブクマ入れてくださっている皆様に感謝を!

 夜間の天幕の中からごしごしと物を擦る音が聞こえる。兵士たち皆が鎧を磨いている音だ。


 運動部で部活ランニングとかやってたのならわかると思うが、集団で走ると本人も汗をかくし周囲の人間の吐く息もあり周囲の湿度が上がる。普通に歩くだけでも結構むっとするぐらいになる。

 軍隊での行軍となるとそれがさらにひどいことになるわけだが、部活動と違うのは着ているものが金属の鎧だということだ。


 鎧というものは多かれ少なかれ鉄が使われているし、可動部がありそこには歩いているだけでも埃も溜まる。埃には水分もつく。それ以外のところにも湿度高い中でずっとさらされている。汗には塩も混じる。

 結果どうなるか、と言うと単純なことだ。錆びる。そりゃもうあっさり錆びる。不純物含有率によっては信じがたいかもしれないが、一日で赤錆が浮くことさえある。

 そのため、騎士や兵士の夜の仕事は自分の鎧の手入れだ。武器も手入れをするが移動中は鎧の方が重要。可動部が錆びたりすると翌日の行軍から影響が出る。

 胸甲も? と思うかもしれないが、腰のあたりの可動部が錆びて動きが悪くなると、肌着ごと肌を延々擦り続けるんで潰瘍になったりする。とにかく錆が浮かないように掃除して油を差さなきゃいけない。


 俺みたいな貴族階級は従卒に磨かせればいいんでまだましだが、兵士は自分でやらなきゃいけないんで大変だ。騎兵の場合は鞍や馬具、蹄なんかも手入れしなくちゃならない。まあそれも馬丁の仕事だが。

 魔法のある世界なんで状態固定系の魔法で錆びないようにしてある鎧もあるが、それもやっぱりお値段がするんで大体貴族用。兵士は黙々と襤褸切れで鎧を擦るしかないわけだ。

 それでも文句が出ないのは鎧の手入れは文字通り命がかかっているからだろうな。もちろん武器の手入れだって負けず劣らず重要ではあるんだが、鎧の方が形状が複雑なんでどうしても時間がかかる。

 ちなみに兵士泣かせ、従卒泣かせは鎖帷子だ。理由は察してくれ。


 こういうのを任せられるのは貴族階級に生まれた特権だよなあ。そんなことを考えながら歩いていると本陣の天幕に到着する。


 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト、到着いたしました」

 「しばし待たれよ」


 本来の手順……魔物暴走の時はこれもすっ飛ばしたな……で本陣付き衛兵に到着を伝え、衛兵が本陣内に入って確認を取って戻ってくる。


 「どうぞお通りください」

 「ご苦労さま」


 俺よりがっしりした体格で槍を持っている衛兵に応じて本陣に入る。へこへこしていると貴族らしくないし、相手の方が年上だからあんまり偉そうにもし難いしで挨拶が難しい。


 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトです」

 「入られよ」


 中から許可を得てから入る。俺以外の首脳部はもう全員揃ってた。任務があったとは言え最後だったのは気が引けるが、気にする人たちじゃないのは助かる。


 「ご苦労だった、子爵。中はどうか」

 「落ち着いたものですね」


 エンゲルベルト伯爵に短く応じる。今日は俺が陣営内部の巡回査察の順番だったのだ。合計六〇〇〇人のキャンプ地を回るんだから面倒なことこの上ないが、指揮官級が回らないと軽く見られる。

 毎日じゃないから良しとするべきだろうな。


 「隠れての問題もあるだろうとは思うが」

 「『後ろ足の砂かけ』刑を実感した者たちからの声がありますからな」


 俺より先に応じたカウフフェルト子爵の発言に全員が苦笑する。もちろん俺も苦笑するしかない。あれはなあ……。


 こういう時に大体起きるのは風紀の乱れ、特に春を売る女性の問題だ。普段自由意思でやる分にはそれはそれで立派な職業だが、現在のような避難移動中にやられると迷惑以外の何物でもない。

 ただでさえ昼の移動距離が短いのに、夜に体力使われても困るという散文的だが深刻な理由もある。いつ後ろから魔軍が襲ってくるかわからないんだからな。


 というわけで風紀の乱れを起こしている現場に兵士や騎士を案内した者には多額の報酬を出す事と、風紀違反者には厳罰を与える旨を告知してある。

 実際に風紀の乱れを告発、現場を抑えるのに協力してくれた相手には、一家族が二か月は食っていける量の金貨と銀貨を衆人環視の中で報酬として出した。

 おかげで最近は鵜の目鷹の目でそういう行為を難民同士が見張っている。現ナマの威力はすごいね。


 他方の罰則はある意味凶悪だ。買った方も売った方も、通常は夜警の歩哨であるにも関わらず寝てしまった兵士に与えられる『後ろ足の砂かけ』刑に強制参加させられる。


 要するに陣営のトイレ始末なんだがこれがもうめんどくさいのなんの。穴掘って板を渡しただけのボットントイレとは言え六〇〇〇人分のトイレだ。数が半端じゃない。

 ここに全陣営から騎兵や荷馬など騎兵の馬だけでも二〇〇頭、荷牛と荷馬もほぼ同数になるんだが、その約四〇〇頭分の排泄物を可能な限り集めてきてトイレの穴に放り込む。

 さらに夜警の際に使った篝火や食事の際に炊事場から出た大量の灰を集めてきてその上に入れる。灰を集めるだけで咽そうになるが、その灰を持って陣営中歩き回るんだから結構つらい。

 その上からさらに葉っぱや草、牛馬が食い残した飼葉なんかを放り込んで、汚物に灰と草木で蓋をしてから土をかけて埋め戻す。最後に穴に渡してあった板をきれいに洗ってようやく作業が終わる。


 この一連の作業、はっきり言って重労働の上に、臭いが肌にしみこむとまで言われるほど臭い。その日一日何を食っても味がしなくなるぐらい嗅覚がやられる。一度やったら二度とやりたくないだろう。

 だがこの刑罰の恐ろしさはむしろその後の移動中にある。何しろ臭うのでほぼ一日中周囲から白い目を向けられるんだ。事実上晒し者になる。これがきつい。移動で体力使うのに精神的にもきつい。

 それが知られるようになったのか最初の数日は春の売り買いをしていたのもいたが、四日目に最後の注進があってからはぴたりとやんだ。職業兵士ですら辛いもんなこれ。


 いささか悪質な冗談として、兵士は寝る前に誰か違反者が出ますようにと祈ってから寝るというのがある。違反者が出ればそいつが後ろ足の砂かけ刑でこの作業をやるからだ。

 誰も出ないとローテーションで順番が回ってくることになる。いやまあ違反者だけにやらせると量が多すぎて終わらないんでローテーションは毎日あるんだが。

 それでも違反者には罰と称して一番きついところを押し付けられるんで誰か違反者が出ますように、と祈るわけだ。やらないわけにはいかない作業だけに切実だよなあ。


 「クレッチマー男爵、後方はどうかの」

 「現状ではトライオット方面からの侵入はない模様。脱落者もおりません」


 クレッチマー男爵はうちのマックスに引けを取らないぐらいのがっしりした体格でいかにも猛将って感じがする。セイファート将爵が殿を任せるぐらいだから実際将才もあるんだろうな。

 次に将爵が声をかけたのはフォーグラー伯爵で今回は兵站部門がこの人の指揮下にある。責任重大だ。俺なら胃が痛くなってるだろう。


 「フォーグラー伯、この先は」

 「二十八番、二十二番には食料の補給と医薬品が到着しております。警備の兵から異常なしとの連絡あり。十八番と十五番は現在王都から輸送中。三日後には到着いたします。周囲の治安も通常状態を維持。幸い雨も降っておらず道の不都合もありません」

 「うむ。ツェアフェルト子爵、行軍時の状況と敵の出現状況分布を」

 「はっ。まず周囲の魔物出現頻度や状況についてですが……」


 俺か。今回俺は冒険者・傭兵・斥候隊の責任者だからそういった情報は必然的に俺に集まるからしょうがない。一応可能な限りリスト化してデータにしてあるし。


 こうやって司令部会議が毎日行われる。必要な業務ではあるんだがしんどい。翌日の移動で橋とかがあるとその時点における対策打合せなんかも必要だからそうなると会議も長引く。

 今日は自然の川の水を煮沸して使うが、村や町の井戸水だったりすると使用料を支払ったりするし、その交渉も首脳部の仕事。もちろん食料や薪の購入などでも金銭は動くしそれもチェック対象だ。

 意外と買取で金がかかるのは薪だったりする。なにせ数千人分の食事を作るのと、夜間警備の篝火で大量に消費するからだ。自然に落ちている枝とかを拾ってくるぐらいじゃとても足りない。夜営陣構築の際に切り倒して柵として使った木々を朝に分解回収し、数日の間荷駄に積んでおいて、乾燥したら薪代わりにするなんてこともやっている。


 消費した食料や飼葉、その他消耗品――実は靴の消費はものすごく激しい――なんかもちゃんとリスト化する。必要経費はあとで王宮に戻ったら請求するわけだが、領収書なんかないんで、申告を忘れてたりすると自腹切る羽目になる。

 全隊単位のものと各貴族家単位での消耗品はちゃんと分けておかないと後々揉めるんでしょうがないっちゃしょうがない。ローマの軍団兵が受け取る給与の三分の一は靴とかの消耗品で消えたっていうしな。経理担当者はそのうち夢にまで数字が出てくるらしい。

 ゲームだと移動にかかる予算は宿代だけで済んだんだけどなあ。世知辛い。


 それはともかく、夜にはツェアフェルト隊の陣地で冒険者や傭兵たちから報告も受けている。報酬を支払う一方でどんな魔物が出たのかとか、どうやって倒したのかとかを聞き取りをしているわけだ。

 その際ツェアフェルト隊の騎士や兵士をそばに控えさせて、一緒に話を聞いているのは今後に備えてだな。知識だけでも危険かどうかを知っていることは役に立つはずだ。


 病人や負傷者の対応や物資の残量確認も必要だし、功績をあげた相手は評価しなきゃだし、規律違反者の罰則も仕事だ。この辺りはある程度副将のマックスに任せているところもあるが。自分だけでやってたらパンクする。

 個人の業務では魔物の出現状況や分布をデータ化するのなんか深夜になることも。真面目にやろうとすると仕事はいくらでもある。指示だけ出して遊んでるわけじゃないんだよ。

 おバカな貴族の副将とかになったら心労さらに倍だろうなこれ。

この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…

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