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自分のうっかりに凹みつつ続きがんばりますー!
五〇〇〇人の難民の周囲を囲むのは八〇〇人の歩兵と二〇〇の騎士。人数が当初予定の半数近くになったが、正規軍の多くが水道橋の建設作業場に割かれた結果である。
とは言え一〇〇〇人が毎日食う食糧だけでも馬鹿にならん。その一方、難民を暴徒化させないためにはどうしても抑止力としての完全武装兵が必要になるのでこれはもう仕方がない。
しかも難民ならではの問題が。
「やはりと言いますか、移動に時間がかかりますな」
「仕方がないさ」
何分着の身着のままで、普段肉体労働なんかしていなかった町住まいの女性とか子供とか年寄りとかがいるので、とにかく移動速度が遅い。予想の中でも最低を極めそうな勢いである。最遅って言葉あったかな。
まあともかく時間がかかって仕方がない。馬がなんだか退屈そうである。
「無理はさせるな、だが国境から距離は取るぞ」
「病人は馬車に乗せるが限界がある、歩けるものはちゃんと歩け」
兵士たちが難民に声をかける。とは言え難民の中にもいろいろな人物がいるもので、自分は被害にあったかわいそうな人間なのだからもっと助けろと言い出すようなのがいるのも事実。
そういう相手は油断すると列から脱走して賊になるので、兵士で囲んで脅迫まがいの説得をすることをすることもある。人権? 前にも言ったがこの世界にはそんな言葉はない。
第一いつ魔物が襲ってくるのかもわからないのに、少数のわがままに付き合っていられない。強権発動もやむなしである。俺もこの世界に馴染んだなあ。
「将爵の判断は正しかったですな」
「年の功というか流石と言うしかないね。フランク卿は苦労してそうだけど」
兄君である故オリヴァー・ハインリヒ・クナープ前侯爵の弟であるフランク・パブロ・クナープ新侯爵の顔を思い出し同情しつつマックスに応じる。
実のところ難民の中には貴族階級の人物もいたのだが、そういう人物は今後もトライオットの情報取集の参考情報を得るためと称してクナープ侯の領地に留めてある。
生活に不自由はしない水準での処遇という面もあるが、難民と一緒に移動している間中ずっと文句を言われると困るというのが本心。押し付けられた新クナープ侯は大変だろうけど。
ちなみにクナープ侯の関係者とか親族から数人とかの単位で騎士や兵士が貸し出され、合計五〇人ほどの人数が俺たちと同行し、侯爵領にそのまま援軍として残っている。親しくなったというほどの事はないが無事は祈りたい。
マックスが更に何か言おうとしたところで笛の音が聞こえ、全体に緊張が走る。だが全員歩みは止めずにしばらくすると、道の脇を逆走してきた兵士が俺の前で足を止めた。
「報告します。
「了解した。引き続き警戒態勢に戻ってくれ」
「了解いたしました」
兵士が駆け戻っていく中でほっと息をつく。マックスが笑いかけてきた。
「うまく機能しておりますな」
「安心してるよ」
防御、警護と言えば基本的には守りの態勢になるだろうが、俺は逆。斥候に周辺を探らせ発見した魔獣や魔物を冒険者たちに積極的に刈り取ってもらう選択肢を選んだ。
と言っても俺の知識でいえば珍しいことでもない。魔物=Uボートに見立てて斥候=偵察機、冒険者や傭兵団=掃海艇や駆逐艦と置き換えた船団護送艦隊方式を取り入れただけだ。
難民の周囲には正規兵が前後左右に分かれて警戒しつつ、さらにその周囲に複数の冒険者や傭兵団がいざという時には迎撃に出られるよう準備、さらにその外側を斥候たちが警戒のため動き回っている。
斥候が魔物を発見したら笛を鳴らし、笛に近い冒険者や傭兵がその笛の先に向かい、魔物が難民の列に接近する前に倒して元の場所に戻る。基本はこのローテーションだ。
冒険者や傭兵団には何もなくても日当の賃金は出すし、魔物を倒したときは報酬も追加、素材は倒したグループのもの。ただし横取り厳禁。横取りの罰は二日連続の夜警だから、相当にしんどいこともあり違反者は出ていない。
計画段階では騎士が出ているのに冒険者ごときがとか言い出す奴もたまにいたんだが、今回は人数を水道橋の建設警備に割かれているから人手不足だという理屈で押し通した。
指揮系統の関係上、冒険者や傭兵団、斥候たちは全員ツェアフェルト伯爵家隊の下に配属されている。他の貴族家が嫌がったというのも否定はできない。まあプライドってのはどこの貴族にもあるが、武門の家だと特にこだわるしな。
とは言え俺としてもこの世界に今までなかった戦術を実行してるんで、説明の手間が減るという意味では都合がいい。将爵もよくこんな計画許可出してくれたもんだ。その分ツェアフェルト隊の人数は少ないが。
そんなことを考えているとさっきとは別の騎兵が駆け寄ってきて俺に話しかけてくる。
「将爵からです。この先の三十六番で本日は夜営するとのこと」
「承知した」
夜営に向いた土地ってのは意外と限られているので、街道沿いの場合は大体把握されている。ただ名前までいちいちつけていられないので番号呼びだ。予定通り今日は三十六番と呼ばれている場所での夜営が決定。
この世界で集団の夜営は楽じゃない。まず水が確保できるか、その集団が寝るだけのスペースがあるか、排泄物の対応ができるかが重要な問題になる。排泄物を放置すると病気のもとだからな。
皮肉なことだが、長期対陣目的ならともかく、一泊の夜営の場合は陣の設置場所が防衛しやすいかどうかはほとんど考慮されない。優先順位が低いからそこまで考えていられないんだ。したがって一泊するだけでも周囲に柵や簡易の堀を作るなどの準備が必要になる。なんせどっからともなく魔物が現れるんだから。
それもあって工兵隊って言うのは大きく二つに分かれている。一隊は先行部隊に付随して野営地の設定と区割り、例えば司令部を配置したり、特に柵を頑丈に作るところを選別したり、炊事場とトイレの場所を分けて設定するとかも彼らの判断になるな。だから測量知識を持った工兵部隊の兵士が先行部隊に同行する。
ちなみに雨が降ったりした後だと測量士を含むこの先行の工兵隊は本隊がその道を通れるかどうか、通れるとしても路面の整備や橋の強度確認なども任務になる。責任が重大。近代戦以前のこの世界での国家間戦争の場合、この先行隊の測量知識を持った兵士を狙い撃ちすることさえある。罠とか待ち伏せしやすい地形とかを測量されると困るからだ。
野営地に到着後、先行隊が大枠の区割りが済んだ頃に本隊が到着するんで、本隊の工兵隊が兵士を指導して堀を掘ってその土を積み上げて簡単な堀と土塁を作ったり、司令部のテントを立てたり、ゴミ捨て場やトイレの穴掘ったりする。
この柵や堀は外敵からの防衛だけではなく、内部からの脱走者対策を兼ねている。兵士だって脱走する奴はいるし、今回は難民が賊になるのを阻止する意味もあるから深刻だ。しっかり柵も作らなきゃいけない。
この野営地の設営には思いっきり簡略化しても一時間以上、実際は三時間弱かかることが珍しくない。柵だけなら一時間もあればいいけど万一に備えた火事の対策とかまであるからな。
これを暗くなる前にやるんだ。軍事行動ってのは軍隊をただ移動させればいいってもんじゃない。
前世の戦国時代ネタで行軍速度がよくネタになったのはこの点があまり理解されていないせいもあるだろう。ぶっちゃけ、地図の上で何キロ、移動速度何キロなんてのはあんまり意味がない。
その先にしばらく夜営できる場所がない場合、一日の行軍限界距離のはるか手前で一泊せざるを得ないことも多々あるからだ。距離と日数で算出した平均速度なんて実際に歩く地形と環境の前では机上の空論。天候にも移動距離は左右されるしな。
それはともかく、集団行動では地図の重要性や敵地の情報、先行偵察部隊の能力がどれだけ必要とされるかは明らか。着いてみたら夜営するのに不適格でした、だと兵士に無駄な負担を強いることになる。夜営予定地についてみたら寝られませんでした、じゃ不満もたまるし。
まあ今回は国内での移動なんでそのあたりの軍事的な配慮とかはそこまで重要ではないけど。街道だってよく把握されている道だ。代々のクナープ侯がしばしば通っていた道なんだから当然か。
この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
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