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 水不足なんて聴いたことなかったから結構本気で驚いた。さすがに表情には出てしまっていたが、そこを指摘されなかったのは正直ほっとしたが。

 内心で安堵してる俺にセイファート将爵が説明を続けてくれる。


 「人口増加に水道を対応させるのが難しくての。とは言え為政者が市民に水を回せないなど国の恥じゃ。魔法使いや魔道具を最大限回して不足が知られないようにはしておる」

 「それでも貧民層や王都下流末端の方の井戸などは危機的な状況でした」


 水路局長官が口をはさむ。さらに王太子殿下が口を開いた。


 「面子もあるからな。貴族の屋敷や外国からの商人が来る商業区域は優先的に水を回すようにしていた。そのため気が付いていない貴族も多い。卿の父君ならご存じだが」


 あー、典礼大臣だからな。国の面子の重要性は嫌と言うほどわかってる。なるほど、確かに行商人に水不足を知られると外国まで流れていくわな。って言うか気が付かなかった俺ダメじゃん。


 「難民を受け入れる際の問題のひとつもそこでな。王都に一時的にでも五〇〇〇の人間を引き受けると王都の民を養う水さえ足りなくなるかもしれないという問題に頭を悩ませていた」

 「なるべく早くほかの貴族に押し付けようとしておったのだよ」


 陛下、その言い方は露骨すぎませんかね。とは言えどこか明るい表情を浮かべているのは突破口が見つかったという事だろうか。

 それにしても王都でも水不足だったとは。知識不足を痛感する。いや国が隠していたんだけど貴族と言う立場ならそこに気が付かないといけないよな。

 うん、反省終わり。落ち込んでる場合じゃない。


 「工部大臣は先ほどのツェアフェルト子爵の技術がどの程度の高さまで有効かを研究せよ。寝る暇はないぞ」

 「かしこまりました。承知の上でございます」


 さらっとブラックなセリフが出ませんでしたか陛下。いや軍務に携わってるときの騎士はみんなそんな感じではあるけどさ。殿下もそれに続いて発言する。


 「水路局長官、水道橋の基本部分はそのままでよい。ツェアフェルト子爵のあの技術を組み込め。三日で図面を完成させよ」

 「ははっ」


 え、三日? と思ったが水道橋本体の図面はあるのか。もともと上下水道が完備されている王都だ。利水技術そのものは低くないんだろう。

 水道橋って長さによってはものすごい計算ずくでないと作れない。特に自然流下方式を使っている場合。ローマ水道の中には十キロメートル進んで高低差は二メートルしかないものもあるぐらいだから、そうすぐには設計できないはず。どうにかクルムシェの湖から水を引っ張ってこれないかはだいぶ前から研究されていたっぽいな。


 こういうのは専門家に任せるしかないんで俺は口出ししようがない。むしろやれとか言われないだけありがたいとも言えるんだが。

 それにしても王都の水不足は俺の想像以上に深刻だったんだろうか。税収の関係上、人口は国で確認はしているだろうけど、戸籍謄本とか公開されてないから人口の増加率とかわからんのよね。


 「子爵にはこの技術を王家に提供してもらいたい。対価は払おう」


 提供というか提出ですよね。いや献上か。パワーバランスがあるから一貴族に独占されたくないってこともあるんだろう。まあそのうち外国とかにも気付かれはするんだろうが。

 特許とかない世界だから真似られても文句は言えない。けど王家公認となれば別だ。勝手には使えなくなる。それに対価は貰えるというのもおいしい。権力で取り上げることもできるんだからな。

 これからやらなきゃいけないこともあるし、そのための予算と言うか臨時収入と思おう。諸々考えればおとなしく差し出す方がメリットがでかいか。


 「謹んでお言葉に応じさせていただきます」

 「感謝する、子爵。将爵、動員する兵数を変える事を覚悟しておいてほしい」

 「はっ」

 「二人ともご苦労だった、下がってよい」

 「失礼いたします」


 元々王都の防衛のための兵力は減らせない。ドレアクスの脅しもあるしな。難民対策の人数が減らされるのはしょうがないところだ。

 陛下のお言葉を受けて二人で一礼して軍議の会議室に戻る。無駄に長い廊下を歩きながら途中で将爵が微妙な表情で口を開いた。


 「やれやれ、この状況で人数が減らされるのも困るが仕方があるまいの」

 「……もしよろしければ、少し提案をさせていただいても?」

 「ふむ?」


 簡単に考えを説明する。この国の騎士にはなかなか受け入れにくい提案だと思うのだが、将爵は歩きながら顎に手を当てて考えると頷いた。


 「状況が状況じゃからの。王国騎士団ではなく貴族騎士が中心となるじゃろうから考慮の余地はある。提案書の形で出してくれぬか」

 「解りました」


 実際、動員できる正規軍はむしろ水道橋の工事現場警備に使いたいところだろうからな。俺としても受け入れてもらえるのはありがたい。ただ今日は提案書作成で徹夜かなあ。

 ついでと言うとなんだが失礼かもと思ったが歩きながら将爵に城内の噴水のことを聴いてみた。


 「あの噴水は魔道ポンプで水を噴き上げておるのじゃよ」


 まさかの力技だった。


 「地下水の井戸から水をくみ上げるために設置されておる、城内三十八個の魔道ポンプに朝と夜の二回魔力を注いで、動作異常がないか確認するのが平時の宮廷魔術師隊の日常業務でな」


 ……意外と地味な仕事してたんだな、宮廷魔術師隊……。そりゃまあ訓練だけしてるわけはないと思っていたが。


 四〇カ所もあるのは厨房とか洗濯用とかの普段使いの上水道はもちろん、庭園の散水用とか後宮の浴場用とかが独立しているためらしい。暴走して水が出ないのも問題だが、止まらなくなっても困るということだそうだ。

 止まらなくなるなんてことがあるのかと思ったが、複数の魔石を使っていると魔力供給バランスが狂うのか、たまにそういうことも起きるとか。そんなこともあるのか。魔石に関しても知らんことが多いな。


 外部には知られていないが、以前には王城中庭が水没して責任者の首が飛んだこともあったそうだ。当時の王が特に気に入っていた寵姫が大事にしていた花壇も水没してしまった結果なので、物理的にというのが笑えない。

 何その知られざる王宮秘話。怖いよ。


 「城内の魔道ランプの整備も宮廷魔術師隊の平日業務じゃな」


 将爵がなぜか楽しそうにそう説明してくれる。いや確かに魔術師隊とかすげぇ華々しい花形職場だと思ってたから地味すぎて意外だけど。その感想も表情に出てたと思うけどっ。どのぐらいの数の魔道ランプチェックするんだ。


 「予備や夜間見回り分も含めると大体毎日一〇〇個じゃ」

 「うわぁ……」


 何も言ってないのに答えを言わないでください将爵。そんなにわかりやすく顔に出てましたか。そして城内そんなに魔道ランプ使うのか。冒険者ギルドで魔物が落とす魔石の買取が常時行われてるわけだわ。

 前世バビロンの空中庭園には魔道ポンプがあって魔術師がいたのかもしれない、などと現実逃避してしまった。しかし魔石と言う乾電池がなくなったらこの世界どうなるんかね。



 なんか色々知りたくないことも知りつつ軍議を行っている会議室に戻る。精神的に無駄に疲れた。

※異世界にその技術がないなら何故その技術がないのか、を考えてみるのも面白いですよね。


 ちなみにバッキンガム宮殿の部屋数が七百七十五室なので、城規模の面積全体だとランプの数は一〇〇〇個じゃ足りません。

 たぶん今日は騎士団用、明日は城壁用とかのローテーションでやると一日一〇〇ぐらいのチェックで済むのでしょう。

 機械は壊れるものです、ええ(卒論の提出日三日前にパソコンがクラッシュした悪夢が……)。


 それにしても、部屋数で考えると中世の宮廷で使用された蝋燭の数とそれに火をつける手間って信じがたいほど面倒でしょうね……。

 “利水”と“水利”の違いとか、小説書きながらも勉強することが多いです。


この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…

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