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総合評価1,700pt超え、ブクマ340件超え、評価してくださっている方も120人を超えました。

やっぱり土日は読んでくださる方が多いんでしょうか。ちょっとびっくりしています。

読んでくださっている方が楽しんでいただけるように頑張りますー!

 翌日は早朝から登城である。本当なら学園に向かう時間なんだがこればっかりは仕方がない。

 社会人時代よりまじめに仕事してるなとは思うが、王族からの仕事をしないとどうなるかわからん。そういう意味では前世会社員は仕事できなくても給料もらえる奴もいた分……やめやめ。


 「ツェアフェルト子爵が到着されました」

 「入られよ」


 今日は騎士団との合同会議ということもあり軍事関連の会議室だ。俺自身がではなく衛兵が扉の中に声をかけ、中からの許可を得てから扉を開く。手続きみたいなもんだな。

 しかし軍事部門専用だけじゃなく財務専門の会議室とか法務専門の会議室とか広いなこの城。ゲームではこんな広くなかったが。いや実際にデータ化したら無駄以外の何でもないけど。広いだけのマップとか苦痛だもんな。


 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトでございます」

 「うむ。座るとよい」


 セイファート将爵はもう六十代後半、ひょっとすると七十代のはずだ。どっちかというと噂通りの言い出したら聞かない頑固爺って外見だが、若いころはいい男だった雰囲気が残ってる。

 その横にいるのは今回の副将格であるエンゲルベルト伯爵だな。こっちは四十代の苦み走った風貌だ。切れ者と評判高くてクール系。正直苦手なタイプだ。うん、外見偏差値高いよね。

 その他もろもろ、文官も含め三十人前後の椅子と資料が用意されている。軍事行動の会議としては全体人数がやや多いな。難民対策もここでやるのか?

 いずれにしても俺みたいな若造が最後にならなくてよかったぜ。末席に座ってこっそり安堵のため息をついてしまう。


 周囲を忙しく動き回って資料の準備をしてるのは文官が多いが、前世での小学生ぐらいの少年も多い。実はこういった少年たちは貴族の跡取りだったりする。

 彼らは秘書とか使用人とか言う形で、発言権はないが会議に参加する。軍事だけじゃなく財務会議や外交会議なんかでもああいう貴族家出身の少年使用人がいる。これはいわば実地研修というわけだ。

 単純に国内外の問題を理解するためだけじゃなく、話し方とか話す順番とかのマナーは自分の目で見ないとわからないからな。俺も学園入学前に何度か参加した。士官学校生が従卒になるのに近いのか。

 伯爵以上の貴族の子弟になると政治や外交のほかマナーの勉強やらなんやらと学園以外でやることも多いんだよなあ。それでもたまにとんでもない馬鹿が発生してしまうのは特権階級ゆえだろうか。


 「皆、揃ったようじゃな」


 つらつらそんなことを考えていると全員集まったのか、椅子が埋まったところでセイファート将爵が口を開く。全員起立、そのまま右手を胸に当てて軽く頭を下げる。国王陛下御臨席じゃないからこれで十分。

 個人的には前世の敬礼とかも好きなんだけどな。将爵が手で座るように促すのを見て席に座りながら思わずそんなことを考えてしまう。

 しかし毎度のことながら周りは年長者ばかりだな。まあ俺は父の代理なわけだが。父の年齢ならここにいても不自然じゃない。


 「さて、皆話は聞いておるじゃろうがトライオットが滅ぼされた」

 「事実なのでしょうか」


 将爵の発言に上席に座る貴族の一人がそれに応じる。この時間は室内席で言えば大体真ん中より後ろの席に座ってる人間には発言権はない。ずっと座ってるわけじゃないがまずは上位の人たちの話を聞く時間だ。


 「まず間違いはない。事実、難民が領内に入り込んできており報告の内容もほぼ一致している」


 応じたのはエンゲルベルト伯爵だ。どうやら参謀長も兼ねてるっぽいな。


 「難民対策も当然だがトライオットの情勢、国境保安問題、治安維持、敵に対する備えなど包括的に話をまとめねばならんが時間もない」


 エンゲルベルト伯爵が冷静な口調で話を進める。

 ちなみに議題が同じように聞こえるがそれぞれ違う。情勢ってのはこれから発生する第二次難民対策とかを含む。国境保安は現在難民が起こす問題。相手の国はもうないが一応外交系だな。

 治安維持は逆に国内の方で流言対策とかどさくさに紛れて難民を襲撃しようとする山賊対策とかも含む。餌があれば賊が集まるって理屈だ。敵に対する備えは言うまでもない。

 優先順位が高いのは敵に対する対策、次いで治安維持の順かな。情勢問題はこの場でなくてもいい。国境保安は敵に対する対策とセットでいいし。


 そういう優先順位をしっかり決めて会議は進めなくちゃいけないし、それを肌で経験しておく必要があるわけだ。壁際で緊張してる次世代の少年たち頑張れ。

 俺、世代的にはそっちに近いんだけどな。


 「まず先に理解しておいて欲しいことは難民の総数だ。現在の情報を総合すると老若男女全体で五〇〇〇人からそれ以上になりかねない」


 会議室に唸り声が上がる。俺も思わず唸った。五〇〇〇人かよ。多すぎ。


 なんかこう、ゲームの世界基準で五〇〇〇人とか聞くと大したことない人数に思いがちだが、実際はそんなことは絶対にない。

 と言っても想像しにくいだろうからローマ軍(あいつらほんとシステム化するの好きだよな)を例にすると、一個軍団、五〇〇〇から六〇〇〇人の行軍中に消費する食料がサンプルになるだろう。


 まず穀物が一八〇〇〇ポンド、ローマポンドなんで解りやすい度量衡に換算すると大体八〇〇〇キログラムだな。水は成人男性一日二リットルと俗に言われるから一二〇〇〇リットル、これは最低値で季節や気候によってはもっと増える。普通余裕を持つんで一五〇〇〇から一八〇〇〇リットルぐらいだ。なお軍馬を含む牛馬の分は別。加えると一気に倍以上に跳ね上がる。

 その上、騎兵の数とかで多少左右されるが騎兵用の馬と荷駄をひく牛馬の飼料が四〇〇〇〇ポンド、キロ換算で一八〇〇〇キログラムになる。これ全部の量を一日で消費する。


 間違ってないぞ。一日の消費量だ。六〇〇〇人の穀物だけで八トン前後。水がいっぱい入ったドラム缶四〇本分と同じ重さの穀物が毎日毎日毎日毎日なくなる。

 仮に十日食わせるとそれだけで八〇トンの穀物が消えていくことになる。D51蒸気機関車(デゴイチ)と同じぐらいの重量だ。五〇〇〇人十日分の食料ってのは人と馬と牛を使って機関車を運ぶことになる。穀物だけでこれ。

 さらに輸送する牛馬とか輸送部隊の人員がまた飯を食うわけで、もうこうなるとどれだけ食料が必要なのやら考えたくなくなってくる。考えないと集団を指揮することはできないわけだが。

 ローマの一個軍団六〇〇〇人を一年間食わせるためには三〇〇〇トンの穀物プラスほぼ同量の副食が必要とされる事になる。消費量がでかすぎて前世の記憶がある俺にさえ想像できない。合計六〇〇〇トンって船とかの重さだよな。


 ここにさらに各種準備が必要になる。病気や負傷に備えての医薬品、野営用の天幕や毛布、雨天用の雨具、調理用の道具や共有食料品……ぶっちゃけて言えば酒とか。兵士の食器は自分持ちだが寸胴とかは輸送品だ。

 夜営時にないと困るんで篝火用の薪も最低限は運ぶし、季節によっては防寒具も必要だ。万一橋が落ちていた時に備えての斧や鋸とか釘などの工具もある。軍隊ならさらに消耗品の矢や医薬品なんかも必要になる。

 だいたい毛布五〇〇〇枚だけでも膨大な量だ。毛布一枚一キロで考えても五トンになる。負傷兵の血が付いたものなんか衛生面からなるべく使わないようにすると予備もいる。馬車や牛車といった荷駄がないと長期行軍できない。

 補給を考えない戦いなんてもんは本質的には存在しないし、そんなことを考える奴がいたら本物の能無しだということだ。牛馬は人間より食うんだしな。


 しかしそういう意味で本当に謎なのは第二次ポエニ戦争時、ハンニバルの食料調達方法だ。補給線がないのにどうやって数万の兵士を食わせていたのか軍事史上屈指の謎になってる。

 いやほんとどうやって敵の領土の中でほとんど略奪もせずに兵士食わせてたんだ? コツをぜひ知りたい。


 この世界には魔法鞄(マジックバッグ)なんてものがあるがこれだって限界はある。と言うか俺が知っている魔法鞄の容量はたかが知れている。ゲームだと鎧を複数とかやたらと入ったんだが、そのあたりリアル補正とでもいうんだろうか。

 あるいはとんでもない大容量のものもあるのかもしれないが、少なくとも俺は知らないし、あったとしても相当にレアアイテムだろう。その辺の軍にほいほい支給されるようなものじゃない。

 大体、魔法鞄だって支給されることがほとんどないけど。魔法鞄そのものがレアなんだよな。俺も欲しい。


 思考がずれた。軍事行動じゃなくて難民問題だから牛馬の食い物に関してはとりあえず考えない。とは言え衣料品やら医薬品やらと言う問題に関しては消えてなくなるわけでもない。大体五〇〇〇人が住むところをどこに準備するか。こういうとなんだが周囲を城壁に囲まれている王都にはそんなスペースを急には作れんぞ。


 ついでに言うと出す方も考慮しなきゃならない。いきものだもの。トイレは行くのよ。

 成人の尿は一日一リットルから一リットル半。計算面倒なんで一リットル×五〇〇〇人で換算してみると五〇〇〇リットル、もしくは五立方メートルだ。つまり五トン。

 尿だけで下手をするとこれが毎日垂れ流しだ。冗談じゃない。病気のもとでもある。


 もちろん難民の場合全員が成人ではないのであくまで概算になるが、だからと言って消費量も出す方も半分になるほど減るわけじゃない。七割から八割ってとこだろう。


 今国境近くにはそれだけの消費と排泄をする集団がうろうろしてるという事になるんだ。早急に手を打たないと問題が拡大するのが避けられない、というのは理解できる。したくなくてもできてしまう。いち侯爵領で支え切れる数じゃない。

 しかもこれから増える可能性のある五〇〇〇人の問題と聞いて頭痛くなる。もっとも俺は頭痛くなる程度で済むが、経済官僚は現実逃避したがってるような顔してるな。


 「全部農民なのですか?」

 「いや、トライオットの首都にいた町民も含まれる」


 ごっちゃというわけだ。二重の意味でなおさら頭痛え。肉体労働できるタイプとできないタイプで対策変えなきゃいかん。女子供だけでも大変なのになあ。

 まあその辺は俺が考える事じゃないか。俺はあくまでも軍事面での父の代理だ。今回は護衛と言うか護送と言うか、それをまず無事にこなすことを考えないといけない。


 「負傷、および病気は?」

 「無傷なものばかりではないようですが詳しくは不明です」


 まあそうだよなあ。大体そんな状況をデータ化するって発想があるのかどうかも謎だ。言い方は何だが基本的に脳筋だもんなこの世界の人。

 とは言え病気持ってたりすると疫病発生の原因にも……あ、疫病対策って言うか衛生管理どうなってるんだ?

 気にはなったが今はまだ上位者の時間だ。面倒くさい。かといって王太子殿下相手みたいに一対一ってのも疲れるし。利点と欠点の差がどっちもでかいのが困る。

※真面目に物資消費量を調べてみたら想像以上の数字にちょっと茫然。

 ローマポンドと度量衡間違ってないのか何度も計算しなおしました…

 そしてハンニバルがとてもとても異常な存在だと改めて思った。

 あの人どこぞの大王やどこぞの蒼き狼と並んで人類史のバグじゃないのかな?


この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…

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