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「
朝一で突然聞かされた教師の説明に隣でマゼルが首をかしげているが、俺は表情に出さない様に苦労していた。
多分うまくいったのは貴族子弟としての訓練と経験の賜物だろう。ポーカーフェイスも貴族のたしなみだ。
そうだった。このゲームでのスタートは勇者が学生の頃に発生する。
王都付近で突然のモンスターの大発生が起こり、学生もサポートに駆り出されるところから始まるのだ。
ゲームでは主人公補正もあり、勇者が教師に話しかけるとなぜか回復アイテムがもらえたりするのだが俺にはそんなことはないだろう。実家で用意してもらえと言われれば反論の余地もない。これでも貴族だし。
「二〇年に一度ぐらい発生する、魔物の大規模発生だ。王都付近ではさらに珍しいがね」
教師が詳しく説明するのをおとなしく聞いておく。何か設定に違いがあると大変だ。
ちなみにこの世界では大雑把に獣・虫系の動くものなら襲うようなのを『魔獣』、もう少し頭良くなって独自の文化というか社会をもってるような奴やゴーレム、
知恵があり人間型……背中に羽が生えてたりするのは人間型と言っていいのか? まあとにかく二本足で立ってて作戦やら計略まで使ってくるのは『魔族』だ。魔獣でも魔法使う奴がいるんで魔法の有無はあんまり関係はない。
まあ分類する奴によって多少ラインがずれるんだが。
魔族も含めてのひっくるめた略称だと『魔物』とすることが多いな。『魔物暴走』も魔獣と魔物の両方を含んだ言い回しだ。
「大群で押し寄せてくるので放置しておくと村などは壊滅しかねないが、素早く対応すればそれほど脅威でもない」
いつもならな。
今回はRPGにありがちの魔王復活の影響によるものだ。魔族が裏で糸ひいてるから脅威なんだよな。言っても信じてもらえないだろうけど。
あいにく俺にはそんな伝手も名声も影響力もない。シナリオ上負け戦は確定しているだろうしその前提をひっくり返す方法もチート能力もない。徹頭徹尾、生き残ることを目的に利己的に動くしかないんだ。
この戦いでひょっとすると知り合いが何人か死ぬかもしれないが悔しいとは思わない、と言うか思えない。今の俺には自分の身だけで手一杯だよ。
「爵位を持つ者は王都の自宅に戻り、実家からの指示を待ちたまえ」
「解りました」
何人かが声を上げる。俺も伯爵家の息子としてはこっちだ。ゲームとは別の形でイベント参加か。
ほどほどにハマったゲームだがこの世界でも一五年以上生きているってことで、単純に考えると三〇年は前にやったゲームだ。記憶がおぼろげだったがどうにか思い出してきたぞ。
この初戦で油断していた騎士団は壊滅的打撃を受けて生き残った騎士が王都から離れられなくなる。そのせいで勇者パーティーが他国も含め大陸中を駆け回る羽目になるという設定なんだよな。
「爵位のない家出身の学生は輸送や怪我人の治療にあたる支援隊に参加だ。敵に襲われることはないだろうが気を抜くなよ」
「はいっ」
教師の声にマゼルも含めた学生が元気よく応じる。安全だと思っているんだろう。いや実際、学生に被害が出たという話はなかったような? いまいちその辺の記憶はあやふやだな。
そもそもゲームで貴族に言及なんかなかったし。まあプレイヤーには必要な情報じゃなかったしな。そんなところまで設定されるようなRPGはあのころにはまずなかった。
というかそもそも文官とか役人とかユニットあったかどうかさえってレベルだ。兵士や神官とかはいたけどな。ゲームでは必要ないから当然無駄なデータを削っていたんだろうが。
「ヴェルナー、考え事かい?」
「ああ、まあな」
マゼルの声にそれだけ応じつつ、俺は記憶の倉庫の奥をひっくり返していた。だめだ、解らん。と言うかそもそもイベント後に教師から聞く「騎士団は壊滅した」としか情報はなかった気がする。
……いや、もう一つ重要な情報があったか。
そっちを思い出して自分の顔色が変わる前に、話をそらす方向に続ける。その情報はここで口にはしない。なぜ知ってるんだとか言われても答えようがないし、悪くすれば不吉なことを言ったって事で怒られかねん。
「俺は家に戻るが、怪我人の治療とかも仕事になるみたいだし、回復薬とか持って行った方がいいぞ。先生に相談してみたらどうだ?」
「そうだね。念には念をいれて、か。意外と慎重だよね、ヴェルナーは」
「意外とは余計だ。気をつけろよ」
「ヴェルナーも」
反射的に軽口で応じたがこれはこれで良し。
この後で勇者と冒険者を含むグループは偵察を命じられて……学生に偵察行かせるなよ……謎の洞窟を発見、調査。そこで最初の魔族との戦いがあるのだ。
まあゲームの都合にいちいち文句を言っても仕方がない。と言うか正直そこまで気にする余裕はない。俺がストーリーの中央付近にいないことははっきりしたし、まずこのイベントで生き残る事からだな。
「父上は出ない?」
「はい、陛下の御傍におられるとの事です」
王都のツェアフェルト伯爵家邸に戻ったのはいいが、父の執事であるノルベルトの発言に俺が複雑な声で応じたのは悪くないはずだ。
まあ、伯爵であると同時に大臣でもある父が戦場に出るわけにいかないというのは理解できる。
父が昨年から就任した宮廷儀式を取り仕切る典礼大臣って地位、内政と外交では重要だが武勇は必要ないし、戦場に出る必然性は無い。だが、と言う事は。
「そのため、名目上ヴェルナー様が伯爵家の部隊指揮官となります」
「そうなるよなあ……」
「学生に部隊指揮やらせるなよ」
「実際には団長のマックス・ライマンが指揮官でございます。それに伯爵家は形だけの参加です」
別にノルベルトも俺を見下して言ってるわけじゃない。俺は貴族の跡取りとしてではあるが優等生として通っているしな。と言うか前半は当たり前のことである。
後半はどうかとも思ったが、この時点では規模の小さな魔物暴走だとしか思っていないんだろう。ツェアフェルト家は文官系の家だと思われているというか客観的な評価がそうだしな。文字通り義務的参加と言うわけだ。
そういえば亡き兄のスキルは《交渉術》だったらしいしな。普通に成長していたら外交官にでもなっていたんだろう。一族も含めツェアフェルト家で武闘系スキル持ちの俺はやや異端に属する。いやそれはどうでもいいか。
とにかくいかにも中途半端な立場でのこのイベント参加はこっちの命に係わる。前世とゲームの知識をフル回転させて、頭の中でこれからやることをどうにか纏めた。
「……ノルベルト、マックスを呼んでくれ。それと、買い出しと募集を頼む」
「買い出しと募集、でございますか?」
怪訝な顔をされた。まあ当然か。
だが負けると知っている戦いなのだから生き残る準備を怠るわけにもいかないさ。
この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
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