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今回は別視点なのでちょっと短めです…

総合評価1,100人超え、ブックマークも220件超えました。

毎日評価とかブクマが増えているので数字見ているだけでも嬉しいです。

お読みくださっている皆様、本当にありがとうございます!

 軍の指揮権を自分に明け渡せ、と本陣に入って来るなり怒鳴り出した若者に、その場にいた面々が揃って冷たい視線を向けたのはある意味当り前であろう。


 「砦内の父を救いに行く気はないのか!? 私は侯爵家長男であるマンゴルト・ゴスリヒ・クナープだぞ!」

 「この軍は私がお預かりしております。他者の命を受ける理由がありません」


 クナープ侯爵の長男であるマンゴルトの怒声にシャンデール伯は面倒そうに応じる。当然のことを言っているのだが頭に血が上っているマンゴルトはますます怒り狂った。


 「砦を守る好機なのだ! なのにこれだけの兵がいるのに傍観するのか! 臆病者め! 恥知らずが!」

 「勇気と蛮勇は異なりますぞ、マンゴルト殿」


 卿ではなく殿と呼んだのは嫌味である。礼儀知らずにはこのぐらいがちょうどいいというところだろうか。

 クナープ侯爵は武門の人物であるため多少強引ではあるがそれでも貴族の礼儀は守る。だがこの息子はどうやら自分の実力と家柄の実力の区別もついていないようだ。

 父親がまだ砦の中で戦っているという事を加味しても焦りより傲慢と言うよりほかにはないだろう。


 ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトより五歳以上年上に見えるが落ち着きといい態度といい、器は比べるまでもないな、とシャンデールは内心で冷たく見切った。

 ヴェルナーが落ち着いているように見えるのは砦が落ちるという事を知っているからでしかないが、無論伯爵はそんなことを知る由もない。

 なるほど殿下が気に入るわけだ、とヴェルナーへの評価を再確認している横でまだマンゴルトは何やら怒鳴っている。


 いい加減煩わしくなってきた伯爵は文書箱を持ってこさせると、中にある書類を取り出した。


 「何だそれは! そんなものはどうでもいい! 伯爵風情が次期侯爵である私の言う事が聞けないのか!」

 「この軍の指揮権は私にあると王太子殿下からの正式な通知書である」


 そっけない一言ではあるがマンゴルトの頭に冷水を浴びせるには充分であっただろう。マンゴルトを止めようとしなかった侯爵家配下の騎士たちもそろって顔色を変えた。

 止める気がなかったのか止められなかったのか知らんがこやつらも役には立たんな、とシャンデール伯は冷徹に評価を下しつつ言を継ぐ。


 「王太子殿下の直筆の指示があるにもかかわらず卿の命に従わねばならんと言うのはどういう事か説明を求める」

 「い、いや、それは……い、や、そもそもなぜ……」


 なぜ王太子からの通知書をわざわざ持ち運んでいるのかとでも問いたいのだろうか。だがそもそもなぜ軍がここにいるという疑問は持てているのか。都合がいいとしか思っていないのではないか。

 伯爵が一つ大きな溜息をついた。いずれにしても絶句している相手にこれ以上付き合うのもばかばかしくなり、周囲に控える自分の騎士に目を向ける。


 「お送りせよ」

 「はっ」


 お送りするという言葉よりもはるかに手荒く、マンゴルトとその配下を伯爵の部下たちが事実上追い出した。伯爵が首を振りながら書類を箱にしまう。


 「クナープ侯は息子の教育に失敗したな。しかし殿下もこのような状況を考えての通知書であったのだろうか」

 「恐らく本来は侯爵が指揮権を求めてきたときのためだったのでしょう。あの方は敗北を簡単に受け入れる方でもありませんからな」


 グレルマン子爵がこちらもあきれたように応じた。建国以来年月を重ねるとああいう勘違いを勘違いだと思わないような澱みが生まれるものだがそれにしてもあれはひどい、と顔に書いてある。

 魔王復活と言う状況が事実となれば今迄のままではいられない。王宮や王太子も動いており、ヴェリーザ砦襲撃の可能性を認めたうえで起きるだろう事件を利用する気があった。


 王太子やシャンデール伯もクナープ侯を排除するまでの事は考えていない。

 その一方、あまり危機感のない貴族――皮肉なことにその筆頭がクナープ侯だったのだが――の目を覚まさせるための荒療治の必要性も感じてはいた。

 その点、ヴェルナーと王太子の考えは一致していたといってよい。


 「クナープ侯の忠誠心には疑いないのだがな」

 「無事に逃れていただきたいものです」


 ただしヴェルナーと異なる点は王太子や貴族たちにとってはクナープ侯の失敗も十分に使える材料だと思っていたことにあったろう。

 クナープ侯が失敗してその高い鼻がおられればそれでよし。万一戦死したとしたらそれはそれで有力貴族の力をそぐことができる。どちらにとっても王家にはマイナスにはならない。

 その意味ではまだ彼らの中でも危機感が高いとは言えなかった。

この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…


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