――2――
俺、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトは、今現在伯爵家の息子であるが、元日本人である。それもどっちかと言えば中流より下流に近い方だ。
普通の家庭に生まれて、普通に学校を卒業して会社員になった。別に会社にも人間関係にもそこまでの不満もなかった。
そりゃ後ろから蹴飛ばしてやりたいぐらい気に食わない上司とかはいたが、まあ良くあることだ。
だが世はおしなべて不景気だったこともあり、給料はあまり上がらず。
稼いだ金もどっちかと言うと趣味に使う方が多く、貯金と言えるものはほとんどなかった。
そんな俺があるとき気が付いたら中世西洋風の世界で子供に戻っていた。何があったのかはさっぱり解らない。幸いと言うか、記憶はおぼろげながらあるのだが、肝心なところが抜けているので一部状況不明なのだ。
それでも良くある異世界転生とか言う状況であることは理解出来た。してしまったの方が近いか。
驚きはしたが驚いている場合じゃないと開き直ったし、今もなんで自分が、なんて気にしてる暇はないと思っている。
まあ、前世では親不孝に違いないという意味では忸怩たるものがあるが……。
記憶が戻ったのは七歳の時だった。一家で王都に向かう馬車がひっくり返ったのだ。賊に襲われたとかほかの貴族の陰謀とかそんなセンセーショナルなイベントではない。本当にただの事故だ。
その時に頭を打った俺は日本人としての記憶を取り戻し、同時にこの世界での兄を失った。
魔法がある世界だ。王都に担ぎ込まれた日に治療は終わったが、兄の葬儀などでそれなりの日数は取られた。
葬儀が終わってからはほとんど時間を空けず、記憶を取り戻した俺は体を鍛え武芸の鍛錬に励むようになった。
この世界の両親や周囲の大人が痛ましげに俺を見ていたのは、仲の良い兄を失った幼い弟が、伯爵家次期当主になった責任感にかられたのだとでも思ったのかもしれない。
もちろんそれは事実じゃない。いや、この世界でかわいがってくれた兄を失ったのがつらかったのは間違いないが。
問題なのは取り戻した記憶から把握したのが、この世界が俺の良く知るゲームの世界で、ゲームスタート前の時間軸だった、ってことだ。
王道とはなぜ王道か。大当たりはしないかもしれないが大外れもなく、批判は受けるが罵倒は受けにくい。
要は結構広い客層に「外れではない」と受け入れられるから王道は繰り返される。ユーザーからすれば地雷をつかまされるぐらいなら王道の方がよほどいいし。
このRPGも「設定が古臭い」とか「音楽とキャラデザはいい」とか「芸のないストーリー」とか言われていたが、大外れではなかったのでそこそこの売り上げは出したらしい。
続編が出るほどではなかったが、コアでディープなファンもいたようだ。俺はコアと言うほどでは……それはまあいい。
問題は、このゲームのストーリー上の展開である。
中盤から後半辺りで四天王の三人目と主人公の勇者パーティーが戦っている頃、四天王の最後の一人が軍団を率いて王城を強襲。戦場になった王城は壊滅、勇者パーティーのメンバーであった第二王女を除く、生き残ってた王族を皆殺しにするのだ。
三人目の四天王を倒して意気揚々と王都に戻ってきたら街も城もボロボロになっていたあのイベントはなかなかインパクトがあった。まあ、エンディングで勇者と第二王女をくっつけて国王に即位させるための下準備イベントではあるのだが……。
プレイヤーだった頃は「即位はいいけど復旧大変じゃね?」とのんきな感想を持っていた程度だ。
だが、もしその場に出くわしたら貴族である自分も死ぬかもと気が付いた途端、他人ごとではなくなった。
実際、ゲーム中でもその時に騎士や大臣等も多数死んだという描写がある。貴族に関しては言及はなかったが、ゲーム中ではムダな情報だからだろう。そこまで設定が無かっただけかもしれない。
だがそれが現実にこの世界で生きる立場になると冗談ではすまない。はっきり言えば死にたくない。運よくその時に王都にいないという事もあり得るが、自分の身ぐらいは自分で守れた方がいい。
そう考えて、ゲームストーリーが始まるまでにある程度の武芸を身に着けようと、躍起になった。多分二度の人生でこの時期ほど必死に努力した時期はないだろう。
その努力の甲斐もあり、十二歳で伯爵家令息と言う立場だけではなく、実力で王都の学園に入学する事が出来た。
この世界ではモンスターと戦える人間の力は本来クラス+生来持つスキルで戦闘能力が決定される。魔術師のクラスと魔法の才能と言うスキルで魔法の効果が上がる、というわけだ。
スキルと言う才能を持っていてもクラスとしてのレベルを上げないとあっさり逆転されるとも言える。とは言えクラスの方はレベルが上がりにくいのだが。
そのクラスの基礎を学ぶことができる学園にトップクラスで合格できたのは努力のたまものだろう。
俺のスキルは《槍術》と言う、レアリティ低めスキルだったが……。
そしてそこで、改めてストーリーが進みつつあることを認識する。
同級生としてゲームの主人公、勇者マゼル・ハルティングと顔を合わせる事になったのだ。