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※説明回です。途中からざっくり飛ばしても本編にそれほど影響はありません。

 「まずは戦功一位、ヒュベルトゥス・ナーレス・ヴァイス・ヴァインツィアール。よくやった」

 「すべて陛下のご威光の賜物にございます」


 国王が王太子を褒めてるのを耳に挟みつつ肩を竦めないようにするのに多少努力した。まあ総指揮官だから勲功一位になるのはしょうがない。そう言うものだしな。

 参謀の功は将軍に帰すというが、今回の軍の勝利は王太子の功績になる。ヒュベル殿下万歳、ってわけだ。

 一応王太子といえども報酬は出ている。金銭の他に王家に伝わる宝剣とかで、これで王太子の地位は盤石だな。身も蓋もなく言えば箔付けだ。


 「続いて第二位、インゴ・ファティ・ツェアフェルト。卿の部隊はこの度の戦いで重要な働きをもたらした。その功績を高く評価するものである」

 「ありがたき幸せにございます」


 父が頭を下げる。俺は今回父の代理として出陣したんであくまでも家の軍の評価となると褒められるのは父ということになる。これも当然。

 報酬に結構な額の金貨が出てるのでちょっと安心。油の代金をチャラにしておつりが出るぐらいだ。香油不足は……これからそんな国際晩餐会なんかしばらくやる暇なくなるはずだし。

 ツェアフェルト家は文官系というのが一般的な評価だったが今回ひっくり返すことにもなったしな。


 「また、それに付随して卿の嫡子たるヴェルナー・ファン・ツェアフェルトに子爵を名乗ることを許す」

 「過分なる報酬に感謝の言葉もございません」

 「……謹んで陛下のご高恩に感謝申し上げます」


 俺が連れ出された理由はこれらしい。そうきたか。一応現場指揮官だった俺向けの報酬というわけだな。

 そう思いながら斜め前にいる父に倣って深く深く頭を下げる。



 ややお勉強じみた話になるんで面倒ならこの先は最後の数行まで読まなくても問題はないんで飛ばしてくれ。話はこの国の爵位に関してだ。


 だいたい、爵位は公・侯・伯・子・男の五段階に分けられてる。たまに男爵の下に準男爵とか准爵とか勲爵(勲功爵)とか士爵なんて言う準貴族の爵位があったりもするが、まあ貴族の基本は五だ。

 なので我がヴァイン王国も五つ……と言いたいところだが、我が王国は貴族に六段階あったりするんで面倒くさい。

 その中に普段王宮で仕事をしている宮廷貴族と地方に領地を持つ地方貴族があるのはもちろんだけど、ちょっと変わった爵位もある。俺の知ってる貴族階級と違うって当初は面食らったもんだ。



 男爵は想像してる男爵とあんまり変わりはない。騎士が功績をあげたり王のお気に入りの平民とかが男爵号をもらって宮廷官僚になったりもする。

 騎士との違いは例えば宮廷晩餐会とか王族の結婚式に列席することができるということだな。騎士だと護衛として会場にいることはできるが参加することはできない。

 領地はないかあっても農村レベルで猫の額だ。自分で畑耕す男爵もいる。貴族らしい優雅な生活なんかはまず無理。

 反面、一代限りの男爵号だと授与する土地とかもないので、名誉職と言うか名誉称号として権力者側から見れば使い勝手はいい。準貴族より上で一応貴族扱いになるがメリットってあんまりない。

 貴族には法的に軽い犯罪とかで逮捕されにくくなるとか、都市間を移動した際の通行税とかが優遇はされるとかはあるけど、男爵レベルだとそもそもそんなこともあんまりないと言う。



 子爵。男爵より功績をあげた奴がなる爵位で済めば話は楽なんだがそれだけでもない。なんせ中身が三つに分かれてる。

 もともと子爵ってのは伯爵補佐の意味がある。だから伯爵より狭い領地だと辺境子爵になったりするが、高級官僚にも子爵位が与えられる。

 この場合官僚子爵とか略して官爵とか言われたりする。王家の領地の代官なんかは大体この官僚子爵だ。この国では男爵だと大臣になった例はないと思ったが子爵だとたまにいる。本当にたまにだが。


 地方に領地を持ってると辺境子爵もしくは地方子爵だ。どういうわけか地方子爵は王都の高級官僚的地位に就くことはない。不文律みたいなものがあるんだろう。

 というかだいたい領地に引きこもっていてたまに王都に顔を出す程度だ。ぶっちゃけ全員の子爵の顔を覚えてるやつは同じ子爵の中に一人もいないと思う。

 管理できる面積もそれほど広くない。町一つ持ってたりすると結構有力な子爵だ。大体は村以上町未満ってところ。もしくは小作人もいるレベルの大きな農村。


 また、侯爵とか伯爵の息子とかが今回の俺みたいに“副爵”に任じられることもある。子爵とほぼ同じ地位で子爵を名乗れるが、子爵とはちょっと違う。名誉子爵のほうがイメージは近いか。

 「子爵に任ずる」だと文字通りの子爵で「名乗ることを許す」だと副爵だという事。この辺の言い回しが実に微妙だと思う。

 副爵はもとは子爵と別の一個下に位置する階級だったらしい。最初は六段階ではなく七段階だったわけだな。


 この副爵になったからと言って俺にメリットはあんまりない。一応少しだけ宮廷俸給は出る。男爵の俸給とほぼ同じだけど。家族がいるなら養えるが問題はそこじゃない。

 この地位の目的はむしろ「王家が認めた侯爵家や伯爵家の後継者」であり、父親が宮廷貴族の場合はその貴族の領地を預かる代官職がくっついてくることがある。

 兄が生きていたら俺が兄を飛び越えて次期伯爵が確定したことになるんだろうが、今現在子供は俺一人なんでお家騒動の心配はない。


 問題なのは代官職の方だ。代官ということは領地を守る仕事もあり、当然そこには自衛戦力としての貴族騎士と私兵がいて、代官はその指揮権も預かっている。

 平たく言えば「父親である大臣は戦場に出ていけないからお前がこれからがんばれ」と王様から言われたわけだ。

 なお何で副爵なのに子爵と言われるかというのは簡単。子爵クラスの副爵と子爵のどっちが偉いのかで揉めた歴史があるから。


 身も蓋もない言い方をすれば後継者認定で親の補佐官でしかない副爵より、中央で財政とか行政の高級官僚としての子爵のほうが国政での業務権限は強い。

 ところが副爵の親が侯爵で大臣だったりするとややこしいことになってしまう。大臣の息子とは言え副爵に官僚子爵が忖度するだのしないだのですったもんだが起きるわけで。

 その手の騒動が頻発したので書類上は副爵、呼び方や立場は子爵という形に落ち着いた。扱いは全員子爵相当だ。

 宮廷晩餐会なんかの列席順位は国政における本人の功績、社会的地位、親の立場、婚姻先の家柄、本人の年齢とかを総合的に判断して決められるが、大体席順で一番もめるのが子爵らしい。

 だからなのかどうなのかよくわからないが、晩餐会の出席条件が伯爵以上になっている事が大変に多いのもまた事実。男爵もだが子爵も爵位のありがたみないよな。



 伯爵も宮廷伯と都市伯、辺境伯に分かれる。とはいえ伯爵ぐらいだと領地を持っているのが当然。呼び名が分かれているのは普段の活動拠点がどこかという程度の差だな。

 まあ中にはどうしようもない程荒廃した土地しか持ってない伯爵家もあるが。親とか祖父とかが遊び人だったせいもあるんで一概に本人が悪いとは限らないけど。


 都市伯ってのは大きな街ひとつを所有している貴族で、農地もあるけど面積は狭い。街や商人からの税金、関税なんかが主要な収入源ってわけだ。

 それだけ聞くと大したことはないように思うが、港町で軍船なんかを所持してる都市伯もいるんで馬鹿にならない。あと鉱山に近い街の都市伯は技術者集団に顔が利くから嫌われると面倒。

 街には冒険者もいるし傭兵志願者なんかもいるんで質的に戦力を整えやすいメリットもある。商人とのつながりも強いんで流通に詳しかったりと、要するに隠れた実力者が都市伯だ。

 これも前世とだいぶ違って混乱した。前世の都市伯は子爵より下だもんなあ。


 辺境伯は逆に広い農地が売りで、農産や畜産、林業で領地が成り立っている。

 現実の中世もその傾向はあるが、この世界でも農村のほうが圧倒的に人口は多い。というか農業って実はものすごい人数の労働力を必要とする。

 この世界でも産業革命が起きて魔力で動くトラクターとか出てきたらわからんが、現時点では労働力の基幹は農村だ。

 ということで、いざという時は農民を動員できる辺境伯の影響力は結構でかい。そもそも食い物を押さえている時点で影響力がある。

 軍事的には武器を持ち慣れてなくても輸送部門とかでは力だったりするし、魔法がある世界でさえ公共工事なんかでも人手は必須だ。解りやすい実力者が辺境伯だな。


 宮廷伯は伯爵だけど宮廷で働くもの、という方が近い。元々伯爵ってのは地方の領地を持つ人間に与えられた爵位だからだ。

 ただ普通は領地で働くのが伯爵なので、宮廷伯って言うとむしろ地方に領地を持ってはいるが中央で働けるぐらい政治的に優秀な人、ってイメージが強くなる。正直父が政治的に優秀なのかどうかはよくわからんが。

 そういう意味では前世では辺境伯の方が有力者扱いされることが普通だがこの世界では辺境伯の方がやや立場が弱い。前世だと辺境伯って侯爵とだいたい同格、下手すると公爵レベルの実力者だもんな。



 侯爵は都市に広い領地持ち、というのが基本。複数の伯爵領と同等の領地を持ってるのが侯爵だと思って間違いないか。

 ただ侯爵は普通は中央にいる。だから辺境侯って表現はまず聞かない。領地に帰らないわけじゃないが普通は領地を治めてるのは子爵とかの代官だ。

 中央にいないのは外交官で外国に赴任してるとかの本当に特殊な例だな。


 暗黙の了解的なものが多いのが侯爵家だ。騎士団長とか軍務大臣とか、国政の中枢で公的に軍系の役職には侯爵がなることが多い。

 あと管轄地域ごとに軍事指揮権を有している。それなりの数の騎士団団員を持っているのは侯爵から。国境防衛を担う役目も基本は侯爵がやる事になっているらしい。いつも王都にいるけどな。

 あと制度的には王妃が選ばれるのは侯爵家以上と言う事になってる。まあお妾さんとかはそんな決まりはないけど。搦め手を使った伯爵家出身の王妃もいないわけじゃないしな。


 また侯爵領からはある種の特権があり一部だが司法に関する権限が移譲される。要するに「侯爵領独自法」ができるわけだ。伯爵家まではそれがない。

 ある侯爵家では「山賊は必ず死刑」って法律を作ったら領内から山賊がいなくなったなんてこともある。その分山賊の移動先になった近隣の領主が迷惑したわけだが。

 もちろん国法と侯爵領法の前後が矛盾した場合は国法が優先される事が多いが、それでも両方の法律を比較調査して侯爵領法の結果が承認されることもある。

 国法が古くなって時代にそぐわなくなった時に現場に近い方が優先されるというのは悪いとばかりも言えないだろうな。



 本来ならこの次は公爵になるわけだが、この部分は日本人である俺の知識だとより中世欧州に近い。この世界では公爵が二段階ある。


 というより、もとの世界でも実際は二段階あるにはあるんだ。日本語訳だとどっちも公爵だが、西洋イギリスというべきかで言うPrinceとDukeの両方をこの公爵に突っ込んだんで混乱してる。

 西欧におけるPrinceは基本的には小国の君主や王族の称号。王太子もPrinceだ。王に濃いつながりを持っているとPrinceってことだな。

 一方Dukeは大諸侯の称号。侯爵よりでかい貴族だ。大きな街を複数持ってたりも珍しくない。戦功上げた貴族が付くことが多いな。ほとんど独立国並みに権限持ってる。

 実質独立国だったことも珍しくはない。


 何がこの差を生んでるかというと、ぶっちゃけ王族の数。日本や中国の漢字文化圏だとお妾さん当たり前でその子供も普通に王族とか皇族として扱われている。

 それに対して欧州の暗黒時代と呼ばれる時代では教会の力が肥大化していた。王の子が次代の王になるためには親より教会に認められなきゃいけなかったぐらい。

 そしてキリスト教には有名な一文がある。「汝、姦淫するなかれ」って奴だ。

 結果、教会に認められるためにはお妾さんなんかとんでもないということになる。実態はともかく。


 そうすると当然ながら王族の数は全然変わってくる。お妾さんの子はストレートに王族とは認められないからな。

 国王が励んで毎年子供産んでもそんな増やせるはずもないので、勲功を上げた貴族家はDuke、王族はPrinceと分かれててもしょうがない。むしろ分けたほうがわかりやすい。

 Princeの方は政略結婚があるんで隣の国の王位継承権までもてたりするんでややこしくなるし。

 その一方でDukeですら教会が「神がこの者を国王として認めたのじゃー!」と言い出したら王に即位できる時代を経ていたというのもあるだろうが、この二つを分けても問題はなかった。

 分かれたまま制度が残ったんで、よそから見れば理解はしやすいといえる。


 一方の漢字文化圏ではお妾さんの息子だろうが娘だろうが父親が王なら王族だし皇帝なら皇族だ。権限はなくても看板としての価値は十分。

 中国の皇帝には娘だけで二十人以上なんて例もあるんで、一族として婚姻関係を結んだ家もPrinceの資格を持つ。

 極端な例だとある貴族の息子に皇女が降嫁したときに父親には公爵号が持参金扱いでついてきた事も。

 はっきり言えば漢字文化圏の公爵はPrinceとDukeを分ける必要性がなかったわけだ。分けたほうがややこしくなることさえある。


 そのくせ王位とか帝位継承権には公爵とは違う基準があるんで別の意味でややこしいことこの上ない。

 日本の公爵家、例えば山縣有朋が天皇になれたかってーとなれないのと同じだ。西欧風に言えば山縣有朋はDukeの方の公爵家だったわけだな。

 平安時代の藤原一族も藤原姓だと天皇にはなれないのもこの別基準の例にはなるか。俗に言う『外戚』の扱いが西洋と東洋だと違うってことになる。


 しかも公爵の権限そのものが時代によって変わりまくってるのも漢字文化圏の公爵の特徴だったりする。中国で皇帝が変わると同じ公爵と言いながら中身が全然違うとか普通。

 だから西洋のPrinceとDukeを漢字文化圏で公爵と表現するとき、どの時代の公爵を根拠にしてるのかがさっぱりわからん。というか都合のいいところを継ぎ接ぎしてる可能性がある。

 山縣有朋公爵に皇族と血のつながりがないあたりも西欧寄りだな。

 要するにややこしいのはだいたい欧州の政治制度を無理に漢字圏の表現に落とし込んだ明治政府の御用学者のせい。


 ものすごーく大雑把にまとめると

 欧州的公爵:王族との関係がある家(Prince)とない家(Duke)がある/王族との関係がある家(Prince)は王位継承権を持つ

 東洋的公爵:(欧州寄りの明治政府を除き)ほぼすべての家に何らかの形で王族と血縁がある/基本的に王位継承権とは関係ない

 こんな感じか。これでも結構誤解されそうな感じだけどな。



 んで我がヴァイン王国では西洋寄りというかこの辺が分かれてる。

 Princeのほうは公爵だが、Dukeの方は“将爵”という別の呼び名があるんだ。元々勲功を上げた将軍がついたためこう呼ばれていたらしい。

 王太子は同時に公爵だし、宰相殿とかは将爵だったはず。わが国では公・将・侯・伯・子・男の六段階というわけだ。


 さらに王太子の名前にあるヴァイスは王と次期国王のみが名乗れる。例えば勇者パーティーの第二王女はフルネームがラウラ・ルイーゼ・ヴァインツィアールでヴァイスはない。

 今ヴァイス公と言えば王太子のことだとわかるわけだな。言ってしまえばこの世界での「大公」か。前世世界での大公はちょっと違うが。




 この世界に生きている貴族として長々と復習してみたが、制度の話はここまで。



 要するに陛下は俺に「まだ学生だけど伯爵は間違いなくお前に継がせるから、その分軍事行動とかでは働け」と言ってきたわけだ。

 本当にどうしてこうなった。

 ※爵位は本作内限定です。説明に出ている現実の爵位も時代や国ごとにかなり違うので偏っています。

  ヴェルナーの知識が偏ってると思ってください。

  現実世界の爵位を解り易く説明している方がいらっしゃいますのでこちらご参照ください。

   → https://ncode.syosetu.com/n3373cw/7/

  この辺の設定しておくとリアリティが出るかとは思いました。


  あとあんまりおもしろく無い回だったと思うので0時ごろにもう一話アップします。

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