<< 前へ次へ >>  更新
12/110

――12――

少しずつ評価とかブクマが増えているのでうれしいです。

お読みくださっている皆様ありがとうございます。

 怒声。悲鳴。液体が大地を打つ音が耳に響き自分の呼吸と周囲の騒音も良くわからん。

 体感では三十分ぐらいか。この世界で精巧な時計はないから実際はどうだろう。もう現実逃避の方が普通になりつつあるな。


 「三歩前、押せっ!」

 「おうっ!!」


 複数の声が俺の指示に合わせ、数歩前に出ながら一斉に眼前の敵に向けて武器を突き出す。魔物の集団がたちまち骸になって転がった。


 「本隊に連絡、少し後退!」

 「はっ!」


 我ながらよくこんなに声が出続けるな。いや、がらがら声になってるのは確かだ。明日は声が出なくなってるかもしれん。


 そんな思いと裏腹に声に応じて隊の人間が少しだけ後方に駆け下がり、そこで武器を構えなおし、時々飛んでくる石礫などをぎりぎりで避けながら隊列を組みなおす。

 誰だ前世で石なんか武器として役に立たないなんて言ったバカは。鎧着ててもペットボトルサイズの石飛んできたら普通に怖いわ。顔面直撃でもしたら怪我じゃすまんし。

 コボルドとかゴブリンとか手を使える魔物が危険なわけだよ。ゴブリンにはたまに魔法使う奴もいるけどそんな強くなくても普通に危なっかしい。

 撤退戦のしんどさを実感している。終わりが見えねぇ。



 騎士団のバヒテル卿との打ち合わせを終えてから本隊の前に割り込むのはうまくいった。

 王太子殿下は数少ない弓隊や魔法隊を左右両翼の支援に回していたようだ。近衛の実力を信じていたんだろうしそれは間違っていない。

 実際、魔物の攻撃をものともしていないところだったしな。


 左右両翼と違い弓や魔法が飛んでこなかった為、突出していた敵中央部隊は近衛の実力に弾き返されたうえ、その左側面に俺の部隊が突入した事で一気に追い立てられた。

 そしてそのまま本隊の前に割り込んだ俺の隊は、敵との戦いの最前線に立ち続ける事になったわけだ。

 用意してきたポーションがなかったら倒れてる奴続出だろう。鎧着たままバスケやサッカーの試合を数時間休みなしで続ける方が多分楽。実戦は命がかかってる分神経も磨り減るからな。

 交代要員が豊富な大軍が有利なわけだよ。


 「裏崩れ、ってのはどういう事かよくわかるわ」


 ぶん、と槍を横に薙いで相手の足を引っかけ倒す。そこに周りの騎士が武器を突きこんで死体に変えた。

 中には負傷しただけのゴブリンとかもいるが、倒れた敵の身体自体が敵の進軍には障害物となるため放置してさらに数歩後退する。


 戦記ものとか歴史小説で裏崩れというのがあるシーンがある。戦場で後方部隊が勝手に逃げ出し、前線の部隊も巻き込まれるように崩れる状況だ。

 今ちょうど逆の状態になっている。後方に近衛隊がいるから下がるに下がれねぇ。

 見ようによっては前線部隊を戦わせる為に後方部隊がいるようにも見えるが、いざと言うときには交代してもらえるだろうという安心感もあるんで踏みとどまれる。

 と言うか、後方に部隊がいなくてただの空き地になってたらさっさと尻尾撒いて逃げ出してるねこれは。


 「投石紐(スリング)隊に合図!」

 「はっ!」


 性懲りもなく突撃してくる魔物軍を確認すると指示を出す。

 汚れて擦り切れて何とも味のある状態になった大きな旗が振られると少し遅れて後方から無数の壷が宙を舞い、敵の前衛部隊よりやや後方に着弾して炎が上がった。

 何のことはない、火炎瓶ならぬ火炎壷である。ただ魔法のある世界だ。本来なら魔法の方がよほど効率がいい。爆発燃焼するガソリンはないしな。


 だが、精油であるターペンタインがこの世界にはあるのを知った時は驚いた。典礼大臣である父によると本来は薬油として開発されたらしい。今は香油として用途が多いそうだが。

 とは言えむっちゃ高く普通は量が揃えられない。無理やり買い占めたのは外交儀式なんかでも香油を使う事があるため流通を把握していた伯爵家の実力だ。

 勝手に父の名前で買い占めたんで後で怒られるだろうが死ぬよりまし。短時間で量がそろったのは王都付近での戦いだからで、この点だけは有利に働いたな。


 所詮というか、十人程度の投石紐(スリング)隊だ。火炎の壁ができたりするわけじゃない。

 だが魔法は被害を与えるとすぐ消えるが、火炎瓶ならぬ火炎壷の炎は魔物相手でも一度着火したらすぐに消えないのだ。この辺、どういう原理かよくわからん。そもそも魔法の原理が謎だ。

 とりあえず使えるので理屈は気にしない。


 火炎壷の直撃を食らった魔物が転がりまわる。熱いものは熱いらしい。その転がりまわる魔物そのものが障害物となって集団としての敵の動きを阻害する。

 第一陣となる目の前の敵と、第二陣になるはずの次の敵との間に間が生じる。そうなると、目の前の敵を倒せば後退する余裕がほんの少しできる。


 「押せっ!」

 「おうっ!」

 「この野郎っ!」


 何度目かのやり方なので部隊の面子も慣れたようで、火炎壺が飛ぶと反撃の準備を整えていたので指示への反応が早い。

 接敵距離にいる敵前衛を殲滅してまた少しだけ下がる。本心では走って逃げたいけど後ろに味方の軍がいるので踏みとどまるしかない。

 弓や魔法での支援は時々もらえるし、負傷者は本隊の方で引き取って庇いながら後退しているようだから文句も言えないが。

 もっとも魔獣のほうが人間よりもはるかに足は速い。全軍が背中向けて逃げ出してたら逆に犠牲者増えまくっていただろうな。


 「ヴェルナー様、そろそろ火壷も切れるとのこと」

 「おーう。荷物持ちと狩人隊はポーションまで使い切る前だが撤収許可する。馬だけはツェアフェルトの屋敷に連れてってくれ」


 緊張感が抜けたような返答になってしまったが、これは大声で指示を出すほどの体力も惜しいからだ。敵の圧力が減らないので心理的にきつい。そういえばゲームってレベル限界まで敵を倒し続けても絶滅しないよな。どっから湧いて出てくるんだろうか。

 王都の城壁はだいぶ近くなってきたが、いよいよ切羽詰まってきたのが自覚できる。最後に派手に火炎壷を投げて足止めしたら魔物との徒競争始めるか?


 そんな覚悟をした直後、急に目の前の敵の動きがおかしくなった。なぜここにいるのか、というような戸惑いを浮かべる奴、目の前に人間がいるのを見て逆にうろたえる奴。虫型の中には他の魔物の中に駆け込む奴までいる。

 俺は理由を理解するのではなく直感で感じ取った。


 「いまだ、押し返せっ!」

 「ヴェルナー様!?」


 何人かが驚きの声を上げたが、その声を無視して前進し槍を相手の一体に突きこむ。開戦直後から俺の指示をずっと聞いていたツェアフェルト家の騎士と従卒たちが僅かに遅れてその周囲の魔物を突き倒した。

 さらに遅れて臨時配属されていた連中が続く。結果的に俺の隊は紡錘陣形となり、魔物暴走(スタンピード)ではなく、ただの魔物集団となった敵の列に食い込んだ。


 ……実はそのあとのことはあまり覚えていない。後で聴いたところによると俺は狂戦士のように目の前の魔物を突き斃し、打ち倒し、戦意を失った敵の群れの中で大暴れしたらしい。

 むっちゃストレスたまってたんだろうな、たぶん。

 さらにその後、戻った王太孫と随従の騎士たちの報告があったのか、急遽編成された第二軍が王都から出撃、王太子の軍と合流し敵の集団を撃砕。相手を文字通り追い散らした。


 「勝った……」

 「勝ったぞぉぉぉっ!!」

 「我々の勝ちだ!」


 方々から勝利の歓声が沸き上がる。その中で何とか槍を杖にして俺は立っていた。


 ……あれ? 嘘だろ? 勝っちゃったよ!?

 やらかしたかもしれない、と今頃になって状況を理解したが、そこでスタミナ切れ。俺は意識を手放した。

この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…


作品・続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです。

<< 前へ次へ >>目次  更新