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 ついて来たノイラートやシュンツェルをそこまでで帰らせて、冒険者ギルドに入ったら喧騒が凄い。いや違うか。静かな王城で書類仕事していたから入った時のギャップに耳が慣れていないんだろう。オフィスから居酒屋に入った時みたいなもんか。


 「おうっ、子爵様じゃないですかい。ご無事を祝って乾杯しましょうや」

 「またの機会にな。そん時は奢らせてもらうよ」

 「お久しぶりです、子爵様。お噂は聞き及んでますよ」

 「勘弁してください本当に」


 早速色んな人に声をかけられた。荒っぽい祝いの言葉はともかく、露出高めのおねーさんが撓垂れかかってきそうになるのを避けつつカウンターに向かう。それでも話しかけてくる人が多いなあ。


 「さすが子爵様。すっかり有名人ですね」

 「いやフィノイのあれはマゼルの戦功だから」

 「いやあ、知人として鼻が高いですな」

 「そりゃよかった」


 事実なんだけどこういうのはなかなか聞き入れてもらえない。あとどうでもいいが友人知人が急に増えるのは勘弁してくれ。鋼鉄の鎚(アイアン・ハンマー)の連中ならともかく俺はお前さんのことを名前ぐらいしか知らんっつーの。

 中にはこの時間に既に出来上がってる奴もいるが、とりあえずその辺をあしらいつつカウンターに到着。


 「早速ですが仕事を頼みたいんです」

 「いきなりですねぇ」


 受付のお姉さんに苦笑されてしまった。いやまあ俺も結構疲れてまして。それに移動も考えるとちょっと時間が微妙だし。


 「斥候を十数人、二人一組で行動してもらい、調査を頼みたいんです」

 「今度は何をさせるんですか?」

 「まだなんとも言えないんですよ。なので調査要員です」


 いくら自国の事だと言っても他の貴族領なんてそんな詳しいわけじゃない。もともとクナープ侯爵とツェアフェルトの関係は良くなかったし。

 ただ王都の守備は守備として、もし第四の魔将が生き残ったり復活してきたりしたら旧トライオットでどう動くかわからないんで警戒しておきたいってのが理由だ。いや本来は王家が動くんだろうけど、良い案があればとか王太子殿下にも言われてるしなあ。

 最低限とりあえずは地理と、人口というか人心の赴く方向を調査しておきたい。けどツェアフェルト家の関係者が行くと政治的に色々ややこしいんで冒険者に調査に行ってもらうつもり。


 「地理、ですか?」

 「山とか丘とか、あと窪地とか。とにかく地形が知りたい。ただあんまりツェアフェルトとして調べてると知られたくもない」

 「今更では?」

 「……そうなんですかね?」


 グサッと来た。俺、そんないろいろ企んでるように見えるんだろうか。死にたくないから備えてるだけなんだけどなあ。なんかえらい不本意だ。とにかく別に政治闘争したいわけじゃないんで、むしろそっちには近づかないように頼む。


 後は商業ギルドにも話を聴きたいんだけど、絶対長くなるのが解ってるんで今日は止めることにした。俺の方は話聴くだけでいいんだが館の執務室に積んである書類を思い出して内心で溜息。この点、前世の知識なんて流通状況やギルドの立場を考えると大して役には立たないんだよなあ。この世界、独占禁止法なんてものはないし、強力なギルドの裏には実力者の貴族がいて商業イコール政治になることも珍しくない。そんなところまで首突っ込んだらさすがにキャパオーバー。


 残念ながら鋼鉄の鎚は留守か。まあしょうがない。その後小さな陶器の壺で酒を買うと傭兵ギルドにもちょっと顔を出してゲッケさんに伝言を頼み、ギルドを後にした。ゲッケさんがいればよかったんだがそう何でも都合よく一度には終わらんよな。




 仕事を終えて冒険者ギルドまで行って話をしたりしていたらだいぶ日が暮れてきた。そろそろいいだろう。途中で古着屋に寄って古着に古いマントと、ふと思い直してボロ靴も購入し、店で金を払って着替えさせてもらう。貴族がお忍びで夜遊びすることもあるらしく、好色そうな笑顔で着替えの場所を借りられた。複雑な気分だ。ともかく顔を含む全身を隠し、裏街(スラム)方面に足を向ける。

 書類の記録だけなんで少し探すことになったが目的の相手を見つけた。道に座り込んでいる物乞い風の男に近寄る。ちらっとこっちを確認した目はぼさぼさの前髪に隠れているが、気配は明らかに警戒してるな。こういうのに敏感になったのは戦場経験の賜物だろうか。


 「旦那、お恵みをいただけませんかい」

 「ああ、かまわないぞ」


 銅貨を数枚渡すと、その横に座り込む。ちょっと臭いがするけど戦場の血煙に比べればまあ気にならない。


 「……何です」

 「俺はヴェルナー・ファン・ツェアフェルトって言うんだ。お前さんたちの顔役に会いたいんだが」


 名前を聴いたあたりからあからさまに警戒を始めた。当然だろうな。こういうのは普通合言葉とか符丁があるもんだ。その辺すっ飛ばしてるから警戒されない方が不思議。


 「何のことだか」

 「そう言うのはいいから。俺は大体把握してる。あんたやほかの赤毛の奴とか、普通の物乞いなら毎日同じところに座ってるだけなんて効率悪すぎだろ」


 子供は残忍だね。ゴミ拾いでこの辺りを担当していた孤児院の子たちの書いた日報にはいつも同じ汚いおじちゃんが座ってるとかそのあたり遠慮なく書かれてる。そしてこいつらもゴミ拾いで小銭稼いでるらしい子供までは警戒しなかったわけだ。

 酒を渡しながら言葉を続ける。


 「どうしても聞きたいことがあるだけだ。それだけ聞けば全部忘れる。あんたたちに迷惑はかけないし金も出す。何なら剣を預けてもかまわない」

 「……ついてこい」


 俺の足元を見てから立ち上がった男に大人しくついて行く。少し歩くと意外なほど小奇麗な建物に案内された。入り口に座っていた別の男が、案内してくれた男と少し話をするともろにこっちを睨んでくる。おお怖い。


 「剣を預かるぜ」

 「ああ」


 槍じゃないから持っていてもしょうがない、とまでは言わんが実際持っていても疑われるだけだしな。一応酒場風になっているが客はいないようだ。そこで少し待たされたのは中で相談でもあったんだろう。やがて中から出てきた男が厨房に向かう扉を開けると、俺の後ろに二人ついた。少しは殺気隠せよ。

 更に中に入ると結構年齢の行った老人が机越しにこっちを見てきた。ごついおっさんを想像していたんでちょっと意外だ。この爺さんが裏街の顔役と言うか、情報屋ギルドの顔役の一人ってわけか。


 「おぬしがツェアフェルトの若いのか」

 「ヴェルナーと言う。まず時間取ってくれた事に礼を言わせてくれ」

 「どうやってわしらを知ったのじゃ?」

 「そいつは悪いが秘密だ」


 半分は前世の知識だけど。盗賊とか物乞いとかも大きな街だと組織化されて相互扶助組織になるのはどこの国でもおなじ事。テーブルトークRPGなら盗賊ギルドとかになるんだろう。この世界でもこいつらの子孫がそのうちヤクザとかギャングとかみたいになるのかもしれんなあ。


 「それにしても、俺が言うのも何だがよくあってくれる気になったな」

 「フェリから名前を聞いておった。それにうちの若いのの中にはお主に世話になった者もおるでな」


 水道橋工事の時とかで難民や裏街の住人にも仕事を回してたし、前から俺の名前を知ってたってわけか。フェリも含めこういう所出身の冒険者や斥候もいるだろうしな。どうやら俺の事を褒めてくれてたらしいフェリが紅茶に砂糖ドバドバ入れるのは黙認することにしよう。本当はこのためじゃなかったんだが布石が生きたようだ。


 「それにお主は素人ではないようでもあるしの」


 ボロ靴を見ながら爺さんが独り言ちる。ここまで案内してきた男もそうだが、マントだけでなく靴まで偽装していたのが評価されたらしい。まさか前世のドラマで靴から怪しまれたシーンを見ていたのが役に立つとは。何が役に立つやらわからんもんだ。


 「それで、何が聞きたいんじゃ」

 「人を探しててね」


 ピュックラー卿の外見を詳しく説明し、王城内部で騒動を起こした人間だとだけ説明する。木を隠すなら森の中だし人が隠れるなら裏街だろう。人の姿と言うべきだろうか。

 裏街に姿を見せていないなら部下が黒い宝石だけ持って逃げたと考えていいだろうから、まずは可能性を潰していく。


 「死体なら死体でもいいし生きていても追跡なんかもする必要はない。ただ放置しておくと王都だけじゃなく裏街一帯にも影響が出かねない相手だ。足取りだけは確実に追いたい」

 「今すぐには答えられぬ」

 「当然だ。わかったら伝えてくれりゃいい。冒険者ギルドにも顔は効くんだろ? そっちから伝言流してくれ。報酬は先払いさせてもらうよ」


 用意してきた結構な金額を積む。それを黙ってみていた爺さんが口を開いた。


 「受けるとも受けないとも言っておらぬぞ」

 「受けないなら持って帰れというだろ」

 「変わっておるな、お主」

 「よく言われる」


 いや面と向かって言われた経験はあまりないが。先に金を払ったのはそっちの方が信用されるからだ。貴族って存在が彼らから見れば信用しがたい相手であると言うことは理解しているつもり。もっとも貴族の側でもこういう人たちを胡散臭いと思っている人間がいるからお互い様か。


 「そこまで儂らの事を見下さぬ貴族と言うのも珍しいの。よかろう。儂はベルトじゃ」

 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。よろしく頼む」

 「二人とも、ヴェルナー殿を送っていけ。妙な真似をするでないぞ」


 一応信用されたと思っていいのかねこれは。ちゃんと剣を返してもらって外に出る。顔は平然としていたつもりだが胃が痛い。この空気に耐えられたのは戦場帰りのおかげかも。少なくとも学生の頃だったら無理だっただろうな。




 そしてその日の夕食後。


 リリーさんに描いてもらった図を見せてもらい、細かい部分の調整、修正とかを相談していたら、なぜか俺だけではなくリリーさんまで一緒に父から来客が来たので顔を出すようにとの呼び出しを受けた。

 思わず二人で顔を見合わせてから資料の整理をフレンセンに任せ、来客とやらのいる応接室に入った、のはいいんだが。


 「大変申し訳ありませんでした」

 「謹んで子爵、そしてハルティングご一家にお詫びいたします」


 えーと。俺はこちらのご当主とお会いするのは初めてだったな。確か父とは派閥も違うし。同行している騎士さんもだがご当主様も結構なナイスミドルだ。顔面偏差値以下略。思わず現実逃避してしまった。

 父や俺、それにハルティング一家の目の前でビットヘフト伯爵と、同行してきたらしいビットヘフト家騎士団長が頭を下げていらっしゃる。


 「ええと、まず頭を上げてください」


 マゼルの両親とかリリーさんが狼狽えまくってるじゃないですか。話進まないから頭上げて。

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