次へ >>  更新
1/230

――1――

 歓声が青空に響き渡り、賞賛と祝いの声が耳に響く。

 無数と言える賞賛を浴びているのは王都に戻ってきたばかりの騎士団含む軍隊だ。魔軍に占拠されていた自軍の砦を奪還したというのは勝利には違いない。お祭り騒ぎになるのも仕方がないか。

 最初に城門をくぐったのは総指揮官である王太子殿下を中心とした近衛軍。王太子も馬上で堂々としている。流石に慣れているなと無駄に感心してしまう。俺には無理。


 続いて市民たちの前に姿を現したのは軍馬が引く馬車の上に立つ勇者パーティー一行だ。最初市民の数に驚いていたような表情を浮かべていたが、先頭の『勇者』マゼル・ハルティングが市民に笑顔で手を振る。

 遅れてほかのメンバーも手を振ると喜びの声が一段と高くなった。


 で、そんな勇者一行を前にして、俺はと言うと。


 「危ないから前に出ないように! オーゲン、あっちも抑えろ!」

 「はっ!」


 部下を指揮して交通整理の真っ最中である。


 奪還軍のうち負傷していたために先に王都に帰還した一団が、大きな声でヴェリーザ砦の奪還と魔軍三将軍のひとりドレアクスの撃破を伝えてくれた。

 うん、それ自体は凄いことだし喜ばしい事でもあるんだが、彼らが歓喜して城門をくぐるなり、でかい声で戦果を声高に市民に語ったもんだからたちまち大騒ぎ。

 将棋倒し(と言う表現はこの世界にはないけど面倒だからこれでいいや)で市民が怪我をしたらいけないという事で、翌日の帰還に備えて急遽王都に残留していた貴族が私兵を動員しての交通整理に駆り出されたというわけだ。

 俺、戻ってきたばっかりなんだけどなあ。


 きゃーきゃー騒ぐ女の子たちが下手に前に出ない様に人垣を作って対抗する。耳が痛い。

 私兵と言っても一応騎士や準騎士、兵士といった専門職である。市民が無理やり押し通ろうとすることは無いが、声ばかりはどうにもならない。


 「まあ、これが当然の反応なんだろうけど」


 ゲームではイベントが進んでも市民のほとんどは何事もなかったかのように同じことを言うか、フラグが切り替わり唐突に別の情報を口にするようになる。

 しかし実際にはいつ魔王軍が攻めてくるかもわからず、城壁の外のモンスターにおびえて暮らしていた市民が、相手の大物を斃し奪われていた砦も奪還したと聞けばまず大騒ぎになるのは自然だろう。

 それは解るんだが、脇役ですらないモブキャラクターには面倒くさいという方が近い突発イベントの発生である。


 怪我人が出たらどこに運ぶか、最悪そのためには一本横道に馬車の待機も必要か。この時代救急車なんてものはないがイメージとしてはそれに近い。でもどこに待機させればいいんだろうか。

 そんな事を考えながら熱狂的な市民を押さえていると、ちょうど前を通りがかったマゼルがこちらに向けて笑顔で片目つぶって挨拶してきた。歯も光っていたように見えたが錯覚だろう。

 イケメンめ。悔しいが様になる。思わず苦笑いするしかない。が、そんなことを思っていられたのもわずかな間。


 「きゃー! 勇者様がこっち見てくださったわ!」

 「ウィンクまでしてくださったわっ!」

 「あんたじゃなくて私にウィンクしてくださったのよ!」

 「危ないから押すな! 下がりなさい!」


 ああもう、また騒ぎが大きくなった……恨むぞ、マゼル。



 その日の夜。

 何度目かの乾杯の声が響く、お祭り騒ぎの酒場の一隅で、突発業務の後のジョッキを傾けているとそいつが前の席に座った。

 ちなみに10歳以下が酒を飲む時は親同伴、というのがこの世界での暗黙のルールだ。法律的には赤ん坊が飲んでも構わない。自分から飲むことはないだろうが。


 「同席させてもらうよ」

 「座ってから言うなよ」


 苦笑いしながらフードを被ったままの男に応じつつ、底のほうに残ってたエールを飲み干す。


 「こんなところにいていいのか? 勇者様」

 「そういうあなたはいいのかな、子爵殿」


 お互いに軽口をたたく。まあその程度には気心の知れた仲だ。やや疲れたような声で、それでも声だけで分かる程度には機嫌よく言葉を継ぐ。


 「やれやれ、大騒ぎだね」

 「それだけの功績ではあるんだがな。と言うかお前が言うな」


 違いない、とマゼルは笑った。人好きのする笑顔だ。俺は店の親父を呼んで新しいエールを二杯とつまみを注文する。

 その間にマゼルは他の人から顔の見えない、壁側を向く席であることを確認してようやくフードを外した。


 「注文してからなんだが、腹に入るのか?」

 「口は会話の方で忙しかったなぁ」


 今度の笑いは苦笑交じり。美男子の勇者が語る武勇伝を聞きたい奴は多かったのだろう。特に貴族の女性陣には。

 ついでに言えばこの世界のメシは決してうまいとは言いがたい。庶民出身のマゼルには特にそうだろう。いや素材はいいんだけどな素材は。変な味付けしてるんだよ貴族階級が食うものは。


 まあどっちの理由であれせっかくの祝勝パーティーなのにご苦労さんだな、と思いつつ席に届いた新しいエールとつまみを受け取る。この店のソーセージは旨いんだよな。

 客の顔を確認しても何も言わない。さすがにこの店の親父は解ってる。噂じゃ王太子殿下も若いころここにお忍び来店して飲んでたらしいし。


 「無事の帰還に乾杯」

 「乾杯」


 互いに一気でジョッキを空にする。ぷはっ、と言う声が見事に重なり思わず二人で笑い出した。


 「僕はこっちの方が性に合ってるよ」

 「ま、向き不向きはあるしな」


 もっともそれを言うならお互い様である。元会社員には貴族のパーティーなんか性に合わないこと甚だしい。

 だからこんな街中の酒場の隅で飲んでいるんだが。

 ※ストーリーでいえば大体五十話当たりの話です。

次へ >>目次  更新