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番外編 ゾリーク王太子の回顧録3 佐伯剛の独白

 

 自分には前世の記憶がある。物心ついたころから繰り返し見る夢の所為だ。しばらく見ていなかったが最近また見るようになった。いつもはっきりと覚えているわけではないが、目が覚めた時に胸が苦しい。しなければならないことがあったのに、誰かを救いたかったのに手遅れだったのだ。その夢を見た後は焦燥感、そして無力感に苛まれるのだった。


 小さいころから自分は恵まれていたと思う。裕福な家庭に生まれ両親の愛情を受けて育ち、少し努力すれば勉強でもスポーツでも人並み以上にできるようになった。ただいつももっと頑張って力をつけなければ、という焦りのようなものがあった。“誰か”のためにいつか自分の財力や力が必要になる。周りからは野心があると思われているかもしれないがそれだけではない何かが自分を追い立てる。自分の感覚を頼りに会社を興し、人脈を広げいろんなところにアンテナを張ってきた。


 妙に気になる芸能界に伝手を作って名の売れている脚本家渡利紘一に会った時はっきりと前世を思い出した。そしてなぜ自分がここにいるのかも確信した。だからその後せっせと彼の手掛けるドラマや映画のスポンサーをしているのはビジネスのためではなかった。周りには相当渡利のファンだと思われているようだが。最近企画中の新しいドラマに出演予定の俳優に興味をひかれた。なぜか、“こいつだ”と思った。


 名前は南条みつき。本業はモデルだ。彼の父親と交流があったため会う機会は何度かあった。興味を引かれた、と言っても、こいつはなんといっていいのか、気に食わない。モデルとしての実力は認める。 “邪魔な奴”だと思った。なぜか…


 その理由はすぐ分かった。彼はあのミシルカの生まれ変わりだったからだ。みつきを認識したときには不快感を隠し切れなかった。前世でもいろいろと気に食わなかったが、生真面目でレイシャーンに対する独占欲を隠しもせずに俺を睨みつけてきた。ところが今生ではどうだ。


 パーティー三昧の気まぐれ王子。取り巻きにちやほやされている(つら)がいいだけのモデル。

 何の冗談かと思った。それでもなんとか奴の尻を蹴飛ばして渡利紘一と南条みつきと連携しながら計画を立てた。さすがに、記憶を持ったまま転生を繰り返してきたと聞くと同情はした。


 そして葛城玲に出会った。玲も前世での輝きはなりを潜めていたが、会ってしまえばどうしようもなく魅き付けられた。いっそ前世のことなど放り出して今生を楽しめばいいじゃないかという気持ちになった。

 試しに口説いてみたが、結局自分でそれを冗談にしてごまかしてしまった。俺らしくもない。

 普段の俺なら強引に手に入れようとする。そしてこちらを向かせられる自信もある。今までそうやって欲しいものは物でも仕事でも、男でも女でも手に入れてきた。

 でもなぜかだめなのだ。玲には南条が必要なのだとわかってしまう。一体何なんだ!


 認めたくないが…本当は俺は知っている。

 俺の役割を。

 玲を手に入れることではなく、愛することでもない。

 俺は今度こそ、玲を助けなければいけない。それが俺の使命なのだ。玲の窮地には金でもコネでも何でも使って救ってみせる。玲の幸せこそが俺の望みなのだ。

 玲の幸せを見届けることができたら、もう夢は見なくなるのだろう。

 たとえ別の痛みがこの胸を苛もうとも。


 ~~~


 玲の濡れ衣は晴れ、スキャンダルは落ち着いた。玲がどんな状況にあっても友人としても、スポンサーとしても自分の立場は変わらず玲の側にあった。渡利と連絡を取り、金とコネを使い玲の嫌疑を晴らすため手をまわし、そして玲の復帰を後押しした。


 会社の人間にはリスクを考えず私情に走りすぎだと何度も進言された。

 何をバカな忠告を。もちろん私情だ。120%私情の行動だ。俺がこの時のために起こした俺の会社と金だ。文句を言われる筋合いはない。もちろんこれくらいでつぶれる程軟じゃない自信もあったが。



 ようやく、玲に忙しい日常が戻ってきたようだ。南条も見事に自分と自分の周りの人間の始末をつけた。気に食わないやつだがそこのところは認める。今はまだマスコミも世間もうるさいから日本を離れているようだがいずれほとぼりが冷めたらまた玲の傍に戻ってくるだろう。そして二人は今度こそは離れない。


 俺の役目は終わった。やはり夢は見なくなった。



 …だったらもう俺も自由にしてもいいのではないか?と、ふと思った。

 玲を救うための俺の使命は終わった。俺を縛るものも追い立てるものも、もう無い。

 だったら今度こそは自分のために生きよう。

 自分の思い付きに、胸のつかえがとれた。



 ‟社長、今夜の花菱産業の御令嬢とのお食事ですが…”


 秘書が確認に来た。


 ‟キャンセルしろ“


 “は?”


 親同士が決めた縁談の相手だ。別に条件さえよければだれでもいいと思っていたがこのご時世政略結婚もないだろう。前世では王の務めとして後継者を残すために結婚はしたが。

 慌てる秘書に適当に誤魔化すよう指示して部屋から追い出す。


 なんだかすごくいい考えに、心が浮き立ちスマホを取り出すと、目当ての名前を見つけてタップした。

 相手が電話にでた。


 “こんにちは、佐伯さん”


 “葛城君、来春の新作ドラマ出演決まったようですね。おめでとう。お祝いがてら今晩食事どうですか?今日は焼き鳥の気分なんだけどうまい店みつけたんですよ”


 スクリーンの向こうでクスクス笑い声がする。


 ‟佐伯さん、話し方がまた猫被りに戻ってますよ”


 耳も胸もくすぐったい。こちらも自然に笑いがもれた。


 ”ああ、そうだったな。じゃあ8時に迎えに行くぞ”


 鬼の居ぬ間に。


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