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番外編 ゾリーク王太子の回顧録2 王太子の悲しみ

第62話→第1話です。

 


 ‟父上!”


 王の執務室にずかずかと入ってくるなりゾリーク王太子は卓上に両手をつく。国王も宰相も慣れたもので礼儀のなっていない態度に驚くこともなくゾリークを見る。


 ‟父上、ロンズディン王の暗殺未遂があったとか”


 ‟父上ではない、陛下と呼ばんか。執務中だぞ”


 ゾリーク王太子によく似た面差しのカーメイの国王はさすがに窘める。


 ‟さすがに情報が速いな。命は取り留めたようだ。まだ犯人はわかっていないらしい”


 “すぐにでもレイシャーンを呼び寄せたいのです。疑惑がレイシャーンに向いているという情報が入っております”


 ‟お前はいったい何人自分の密偵を忍ばせいてるのだ。わしよりも情報量が多いぞ。一体お前はどこの国の王太子だ”


 カーメイ王はあきれ顔で言う。


 ‟これは王位継承権争いですな”


 宰相が言う。


 ‟レイシャーンがこのままロンズディンにいれば必ず敵の罠にはまってしまいます。誰が黒幕かははっきりしていないが狙いはレイシャーンだ”


 ‟だとして、理由はどうする。用もないのにそう頻繁には呼び出せぬぞ。仮にも他国の王位継承者の一人だ。しかもこの大雨続き。いつ災害が起こるかわからぬ。向こうもホイホイ遊びになど来られぬだろう”


 ‟だとしても!”


 ゾリークは唇を噛む。


 ‟ゾリーク、いくらお前でも出来ることと出来ないことがある。分かっているだろう。まぁ、何か正当な理由が見つかったなら許可してやる”


 カーメイ王は白いものが目立ち始めた顎髭をなでながらいきり立つ王太子を諭すように言った。

 それから間もなくゾリークはこの後国境付近で起きた土砂崩れを理由にロンズディンに救助協力の要請をし指揮官にムンバートリ副将軍を希望した。彼女が来れば直属の部下であるレイシャーンがついてくるからだ。

 しかし、レイシャーンは来ることはなかった。カーメイに向かっていたはずのレイシャーンは、刺客からミシルカを救うために隊から離れ進路を変え、ミシルカ救出後ロンズディンに戻りそして投獄されたのだ。

 そしてゾリークがそれを知る頃には何もかもが終わっていた。


 ~~~


 土砂崩れの被害はそれほど大きいものではなくゾリークは後は部下に任せて早々に王宮に戻って来た。モイランからレイシャーンが来なかった理由を聞くと焦燥は高まるばかりだった。


 “父上、私をロンズディンに行かせてください”


 早朝からゾリークは父王に噛みついていた。もう日課である。


 “ゾリーク、お前がロンズディンに行っても出来ることは無い。下手をすると内部干渉になる”


 うんざりした顔で言われ更に食い下がろうとした時、侍従が恐る恐る部屋の扉を開け顔をのぞかせた。


 “あの、王太子殿下、外にロンズディンからの密書を携えたものが来ております。無理やり門を通ろうとしているので門兵が取り押さえようとしているのですが”


 長く使えた侍従は最近のゾリークの焦燥を知っているので気を聞かせて報告をしてくれたのだろう。

 ゾリークは物も言わずに駆け出した。

 門のところでは薄汚れた男に門兵が今にも刀を振り下ろそうとしていた。


 ‟刀を引け!”


 制止の声に門兵は腕を止めるが近づこうとするゾリークに


 ‟殿下!お待ちください“


 と焦りの声を上げる。それを手で制して男に近づき抱き起した。それはロンズディンに赴いた時何度か見かけたことのある顔だった。


 ‟お前、レイシャーンの副官だな?何があった?”


 腹の底でぞわぞわと蠢く不安を押さえ努めて冷静な声で問う。ゾリークの顔を見た男、ダン.グレイドは驚き、次に安堵そして苦痛に顔を歪めた。そして懐に手を入れ紙を出す。それは王族からの密書というにはあまりにも粗末な薄汚れた折りたたまれた紙きれだった。


 それはレイシャーンからの嘆願状だった。このような粗末な書を送る非礼を詫び、ギルアドニアの脅威が迫っているが自分にはもうそれに対抗する力はない事ため厚かましい願いながらカーメイから援軍を送ってほしいという事。そして…


 ―もうお目にかかることはかなわない身ゆえ、このような文で失礼いたしますが今までの御厚意に感謝いたします。


 紙のあちこちには汚れと赤茶けた染みがついていて文字はまるで力の無い老人が書いたように乱れていた。それを見るだけでレイシャーンがどのような状況にいるのか察せられた。レイシャーンの腹心の部下が滂沱の涙を流しながらゾリークに取りすがる。


 ‟刑の執行はいつだ“


 怒りを抑えて声を絞り出す。


 ‟本日…正午刻にございます!”


 “!”


 ‟どうか…レイシャーン様をお助けください…どうか“


 ダンは泣き崩れた。

 もう日は昇っている。全身から力が抜け、次にこの身が爆発してしまいそうなほどの怒りが吹きあがった。

 門兵にダンを休ませるように命じるとゾリークはその場から立ち去った。




 腹の底からせりあがってくる怒りに任せてやみくもに歩いていたが気が付くと鍛錬場に来てきた。鍛錬をしていた兵士たちは一斉に礼の姿勢をとる。ゾリークはそこにある者の姿を見つけ、大声で呼ぶ。


 “セレス!セレス!来い!相手をしろ”


 いきなり名を呼ばれたものは慌ててゾリークのもとに歩みよる。漆黒の大男は右足を少し引きずりながら近くまでくると跪いた。ゾリークの尋常でない様子に周りも息をのんで事の成り行きを見守っている。

 ゾリークは剣を抜きセレスの前に突き付ける。


 “かかってこい!手加減するな”


 意味が分からないながらも、命令に背くこともできずにセレスは立ち上がり剣を構える。その男はゾリークより優に頭一つは背が高く一回りは大きな体躯をしている。単純な力比べならばゾリークよりも強いだろう。

 始めの合図と同時にゾリークは攻撃に入る。いつもの彼らしくない荒っぽい動きだ。手加減するなと言われても、そんなことをする余裕もない。セレスも強い剣士だが必死で対抗する。しばらくゾリークの猛攻を防いでいたセレスだが左わきを狙ってきた剣をかわそうとし体重を右に寄せた時、ガクッと膝が崩れた。それを見た瞬間ゾリークがハッと我に返ったように剣を止めた。


 “参りました”


 と言って跪き礼をした後、おそるおそる顔を上げたセレスが目を見開いた。

 ゾリークの双眸からは涙があふれていた。


 “王太子殿下…?”


 その場にいた兵士たちもあっけにとられた。それにも構わず涙をぬぐいもせずにゾリークはセレスに伝える。


 “セレス、お前がいつか、もう一度会いたがっていたお前の恩人はもういない”


 “?!”


 “レイシャーンはもういないのだ”


 “レイシャーン様が…?”


 愕然とするセレスの前に膝をつき、その肩に手を置く。


 “なぜ頼ってこなかった。あれほど言ったのに”


 ゾリークはむせび泣いた。





 レイシャーン処刑後、ギルアドニアのロンズディン侵攻を知りながらもカーメイは動かなかった。きちんとした調べもせずにレイシャーンを処刑したロンズディンへの私情を含んだ腹立ちもあっただろうが、ギルアドニアの侵攻の陰にロンズディンの宰相の影がちらついていたこと、それに対抗してモレスロントが介入する可能性などから無駄な争いに首を突っ込みたくないというのがカーメイ王の冷静な判断だったようだ。

 ロンズディン王のもう一人の王子ミシルカはレイシャーン処刑後失意の余り病で亡くなったと伝えられた。しかしひそかに噂されているのは、ミシルカ気が狂ってしまい見舞に訪れたドートリアニシュ神官長を切り殺し、その後自害したという痛ましい話だった。


 ロンズディンは滅亡した。カーメイはその後長きに渡って焼け出され救いを求めてカーメイに逃れてきたロンズディンの難民を救済した。



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